1-55:77年目の秋はまだ続いてます
今年の木の実をどうするか考えていたはずの樹です!
秋になってどうしようかと考えていたはずなのに、いつの間にか他の事を考えていた樹ですよ?
え?いつもの事ですか?今回はきちんと覚えていられたですか?偉いですか?
ふふふ、当たり前ですよ!前世から数えると100歳超えてるんですから!
昔から蟹の甲羅より亀の甲羅って言うじゃないですか!どんな意味か解りませんけど、確か亀の甲羅の方が年季が有って美味しいでしたっけ?
亀って食べた事が無いからわかりませんよね、スッポン料理とか名前は聞いたことありますけど何かグロテスクなイメージがありますし、好き好んで食べる者ではないですよね?
えっと、何の話でしたっけ?
え~~~っと、あ!そうですよ!木の実の話です!
危ないですね、また脱線して終わるところでした!
昨年は確か人型木の実さん大活躍で始まって、人族さん進化出来て大喜びで終わったんですよね。
でも、何かもう人型さんを作るのはちょっと控えようって思ったのを覚えてます。なんでそう思ったのかは忘れちゃいましたけど、でも覚えてるのですよ、偉いですね!
そうするとですね、通常の?木の実さんになる訳でですが・・・何か面白くないですよね?
ワクワク感がちょっと足りないと言うか、こう何って言うんですか?わたし頑張ったっていう、そうです!達成感が感じられない気がしませんか?
え?変な事は考えるなですか?
何を言ってるんですか?変な事は考えてないですよ?
素晴らしい事を考えてるんです!わたしの存在意義を高めるために頑張りましょうという事なのです!
んん?味覚開発はどうしたですか?そっちの研究をするべきで木の実は後にした方が良いですか?
ほむ、その意見には一理ありますね。
でも、子供達はなぜそこまでわたしのやる事を心配するのでしょう?
わたしの方が年上ですから樹生経験も上です!ましてや前世での人族としての経験もあります。
何と言っても社会人としての経験もあるのです!これは大きなハンデです!
え?ん?皆さんなんでわたしがハンデって言った瞬間に一斉に同意するのでしょう?これだけ色々お小言っぽいイメージを飛ばして来ながら今更わたしの実力を認めても疑っちゃいますよ?
な、何でしょうこの生暖かい視線は!崇拝しろとは言いませんが、わたしは腐っても貴方達の親なのですよ!もっと尊敬の眼差しウェルカムなのですよ!
何かもう何をしなければいけないのか解らなくなってきました。
え?普通の木の実を皆に配ろうとしていたですか?
今年は角付人族達にも配らないといけないので頑張ろうって言ってました?
むぅ、何か違う気がするのです、ちょっと思い出すので皆さん黙っていてください!
わたしが何をしようとしてたか思い出そうとした時、何か遠くのほうと意識が繋がるのを感じました。
あれ?これって忘れてた遠くに旅立った子供とのリンクですね。
貴方の事すっかり忘れてました。何という事でしょう!
これでは、親の威厳や信用が下がってしまいます!
え~~っと、元気にしてましたか?ようやく会話が出来るようになって母は嬉しいのですよ?
本当ですよ?忘れてなんかいませんでしたよ?
わたしが意識を繋いで、いかに子供の事を心配しているか必死でアピールします。
そして、なんとなくタドタドしいリンクを辿って子供のいる場所の映像へと切り替えます。
うんっと、一面小麦色ですね、稲穂の実がいっぱい成っていてこれは豊作ですね!
おめでたいですね。稲を刈り取っている人の顔にはもちろん笑顔があります。
何かこちらに移民?してきた人達を見て貧しいのかと思ってたのですが、そんな事も無さそうで安心ですね。これは貧富の差、貴族が搾取というパターンなのでしょうか?
それはそれで問題ですね、でもとりあえずわたしに出来る事は無いですけどね、だって樹ですから。
◆◆◆
「今年も試験場は豊作だな、ありがたい」
ビルジットは目の前に広がる麦の状況に安堵の溜息を吐いた。
この首都近郊においても年々作物の生産量減少が続いており、更には北部の領地においては麦の生産を諦め冷害に強い稗や粟の生産に切り替えている。併せて何とか今ある作物で羊を育てられないかとの試行錯誤が続いている。しかし、今更の感が強くどれも芳しい結果は得られていない。
その中において試験場における限られた生産量とはいえ豊作である。これは、関係者達の目には一縷の希望として映っていた。
「今年は数は少ないながらも木の実が成ったのであったな?」
「はい、数としては12個の実を収穫いたしました。ご指示の通りすべての木の実を育成に当てております」
ロマリエの報告にビルジットはただ頷いた。
現在、この国において育てられている神樹は6本、最初に手に入れた1本に初めて木の実が成ったのだった。そして、その数は僅かに12個、本来はこれに加えてゾットル達によってそれに倍する木の実を手に入れる筈であった。
しかし、残念ながらゾットルはおろかその後に送ったトールズ達とも連絡は絶たれた為追加で木の実を手に入れる計画は頓挫してしまった。
「木の実が成っただけでもありがたい事、今年木の実が成るかどうかは解っていなかったのですから」
ビルジットは自分に言い聞かせるようにそう言葉に出した。
「閣下、それでも状況は改善されてきております。翌年に収穫された3個の木の実は最初の一本の倍近い範囲を豊作に導いております。これはその後に送られてきた2個も同様です。この事から、恐らく最初の一本は神樹の第三世代、後の5本は第二世代と考えております。今回の12個の木の実はもしかすると効果範囲は減少するかもしれませんが、他の5本においては今後一番最初の木と同様の効果を発揮する木の実を成らせると思われるのです」
重々しい空気を換える為に、ロマリエは翌年以降に手に入れた木の実5個の状況と今後の展望を強調する。
「それらの木の実がこの国に行き渡るのに後どれほどの時間が掛かるのだろうか。今年も多くの者達が寒さや飢えで死んでいくだろう。神樹が発見された、これは我々に残された最後の希望だ。しかしその希望を実らせる事が出来た時、民はどれ程の数が生き残っているのだろうな」
悲痛な叫びとも取れるビルジットの言葉に、ロマリエは答える言葉が出てこなかった。
「すまん、意味のない事を言った。ロマリエ、逃げ出した移民達を集めよ、そして魔の森に送り込め!この地で生きるよりまだ生き残れよう」
重々しく頭を垂れる麦を見ていながら、ビルジットはロマリエに命令を下した。豊かな麦、それでもビルジットは希望ではなく強い焦燥感を抱き続けるのだった。