1-49:76年目の秋はまだまだ続くよ
ゾットル達はトレスの暴走に対し、取り急ぎ本国へ早馬を走らせる。
そして、その報告の中において魔物の動向が不明な為トレスの救出部隊を派遣しない旨説明を記していた。
ただ、今回トレスに同行した者達が皆、本国から派遣された全員であった為に、ゾットル達があえてトレス達を犠牲にしたなどという疑惑に対し、公平に説明していると思ってもらえる者がいない事に不安を感じていた。
「彼らが無事に戻ってくれば良いのだが、あれだけの人数を魔物がどう判断するか読めんな」
「そうですね、魔物に対する攻撃と目されても不思議ではないでしょう」
「前回のフランツ軍との戦いでも、我々の派遣軍の戦いでも、共に倒すべき相手を選別していた事を鑑みればこの地に報復に来る事はないと思えますが」
「それも魔物の気分次第か、防壁すらまともに存在しないこの居留地では攻められたら一溜りもない」
会議に集まった面々の顔色は決して良くなかった。そもそも、防壁どころか建物もまだ碌に揃っていない。
そんな居留地において魔物の関心をこちらに引き付けるような行動はとても出来なかった。
その為、トレス達の行動を止められなかった時点において、まず救出や増援などの選択肢は存在しなかった。
そして、夜が訪れてもトレス達は誰一人帰還する様子が無い。
今までの魔物の観察情報から考えれば、これは異常な事に思えた。なぜなら、魔物達は基本的に逃げ惑う者達に対し一部の例外を除いて追撃する様子は今までの報告では無かった。
それ故に、死亡者が出るであろう事は覚悟していたが、誰一人帰還しないなどといった事態は想定していなかったのだった。
「おい、これはどう考える?」
ゾットルは森を睨み付けながら隣にいるサバラスへと尋ねた。
「森の中で迷子になっているか、それとも逃げ惑いどこか別の場所へと向かったか、まぁできれば全滅したとは考えたくないですけどね」
「ふむ、で、本音は?」
「全滅でしょう。一人もこちらへ逃げ帰ってくる者がいないとは考えられませんからね」
「くそ!想定外だぞ、これでは生き証人すらいない事になる」
ゾットルは想定していた最悪のシナリオを辿っている事に顔をしかめる。
そして、明日の日の出を待って少人数による捜索隊を派遣する事を決定した。
翌朝、日の出前から集まっていた捜索隊を前にゾットルが指示を飛ばす。
「いいか、決して魔物と戦闘を行うな。それと、何かあった際は必ず生きて帰れ。今回の目的は救助ではない、情報収集が目的である。その事を肝に銘じておけ」
ゾットルの言葉に捜索隊の面々は頷いた。今回、派遣される者達は全員が元探索者で構成されていた。
一部隊に対し人員は4名、合計3部隊がそれぞれ一定距離を置いて進む事となっている。
そして、神樹を確認後は木の実などに手を出す事無く帰還する事が厳命されていた。
「報酬はあの馬鹿どもの私財から払わせる。なに、腐っても貴族だ、期待してくれ」
ゾットルの言葉に、軽い笑い声が漏れた。そして、捜索隊は森へと入って行った。
「無事に戻ってきてくれると良いが。今回は予想が出来ないな。それと、難民連中には数日は森に立ち入る事を禁止させてくれ。何が起きるか解らん」
「了解しました。あと、例の者達にもその旨を伝えます」
「そうだな、それでその後の子供達の様子はどうなんだ?その後の報告では何か異常が出てきているようだが」
先日、角が生えた子供の報告を聞いた後、子供達の様子に変化が出てきている旨報告を受けていた。併せて、傷が治った兵士においても似たような報告を受けていた為に近くゾットル自身で訪問するつもりでいる。
「そうですね、一番詳しいのはヒルダだと思いますが、簡単に言いますと人では有り得ない筋力を身に着け始めています」
「ほう、それはあの魔物達と同様という事か?」
「恐らくはあの魔物達も同様に、普通の動物が木の実を食べて変化したものと思われます」
「ふむ、しかし、それはある意味我々にとっては魔物と戦う為の手段が生まれて来たという事では無いのか?」
ゾットルはあの角付の魔物達の強さを思い浮かべた。ウサギなどですらあれ程の力を発揮するのであれば、それこそ人がその力を身につければどれ程の事になるのであろうか、もしそうであれば自分もあの木の実を食べてみるか?そんな事を夢想する。
しかし、サバラスの報告はその考えを否定させる要素を含んでいた。
「いえ、恐らく彼らはもはや人ではないような気がします」
サバラスの言葉には、多くの陰が含まれていた。そして、そう告げるサバラス自身もそう言わなければならない自分に対し、物凄い抵抗感を持っている事が感じ取れた。
「それはどういう意味だ?角が生えた事か?」
サバラスの様子を訝しく感じたゾットルは、単刀直入に尋ねる。
「物事への考え方が変わっているとの事です。まず、他の者に対して無意味な攻撃への抑制が働いているようです。具体的に言えば、食べる為、生きる為以外の攻撃衝動は存在しない様に感じました。併せて、食べ物に対する執念が増幅しています。これは逆に満腹感を覚えるととたんに行動する事を厭うようになりました。端的に言えば野生の肉食獣と変わりません」
サバラスの報告に今一つピンときていないゾットルは、とにかく実際の状況を見る為に歩きだした。
◆◆◆
森へ入った捜索隊は、順調に森の深部へと足を進めていた。
トレス達の進んだ形跡は、これでもかという程に残っていた為追跡自体は簡単であった。
又、魔物の気配を探りながらの捜索ではあったが、今まで以上に森の中に魔物の気配を感じなかった。
「おい、何か変じゃないか?まるでこの森に生き物なんか住んでいないみたいな感じだ」
「いえ、どちらかといえば全ての生き物が息を潜めているように感じます」
「嫌な予感がする。何か異常を感じたらどんな小さなことでも言い伝え合おう」
お互いにそう確認を行い、また離れた位置にいる他の者達へも意識を向け進んでいく。
そして、森と神樹との中間地点あたりで彼らは一旦足を止めた。
そして、前方へと視線を向ける。
「おい、あそこに倒れているのは馬鹿達だな?」
「はい、装備から見ても間違いはないと思われます。見る限りでは・・・死んではいませんね」
視線の先には無数の兵士達が倒れていた。そして、痙攣を繰り返しているように見え、中には体を丸めて震えている者達もいる。ただ、彼らの装備は泥で汚れてはいるが、魔物に攻撃された気配は無い。
「どうします?」
「魔物の気配は無いよな?」
「はい、しかし、それ故にこの光景は異常です」
「引くぞ、ゾットル殿に指示を仰ごう、あいつらの救助が一日遅れたからと言って問題は無いだろう。そもそも、俺達の人数ではどうしようもない」
明らかに捜索隊の面々はあの場所に近づきたくなかった。それ故に皆の意思はすぐに統一された。
そして、捜索隊は全員そろって居留地へと全力で走り出した。
そして、少し時間が過ぎ、森が次第に暗闇で包まれ始めた頃、神樹の方から何かが草を掻き分け進んでくるのが感じられた。
それは倒れ蹲る者達を迂回し、更には捜索隊の引き返した道をまるでトレースするように辿って行く。非常に小さいのか、草の上にその姿が見える事は無い。ざわざわと草を掻き分け進む音が聞こえるだけだ。ただ、その数は決して少なくは無い、ただ暗闇が広がりつつ森の中を、無数の何かが進んでいく・・・。
◆◆◆
え?面白そうだから作っちゃったけど駄目だった?
樹を止められる者はもはや誰もいなかった。
何と言いますか・・・だんだんファンタジーから離れていってないかな?
うん、気のせいですね!樹はファンタジーの存在ですから!
・・・・ですよね?