3-55:居留地の純人族達
広場の掲示板に掲示された内容に、町の人々は驚きを禁じ得なかった。
しかも、その掲示板の横では亜人の広報官が立ち掲示内容を声高らかに告げている。
「明日より5日間この広場は閉鎖されます。又、市民権をお持ちの純人族の方は同期間において明日の明朝より保護区からの出入りを禁じられます。これは市民権をお持ちの純人族の方々を保護する為の対策でありご理解を願います」
これに合わせて純人族保護区にある自治会は住民の家を個別に訪問し、今回の出来事の理解と協力を求めた。
もっとも、これに反発したとしても意味がない為にこれは実質的な強制となっている。
そして、これに合わせて町外居留地に居住している純人族達に対しても通告が成された。
「ただ今より3日以内に現居住地より退去し、速やかに該当地区の明け渡しを要請します。この通告に反し居留地に不当占拠する場合、武力を持って該当地区を解放いたします。又、武力行使において怪我又は死亡等の問題が発生したとしても我々は一切関知致しません」
居留地の入り口に通告書を立て、更に口頭で内容を説明する亜人に対し居留地住む者達は反発を強め町より来た使者に対し何らかの譲歩を募る。しかし、当たり前の事ではあるが通告に来た者は淡々と通告書を読み上げるのみであり、また軍隊を引き連れておりこの亜人に逆らう事など不可能であった。
「くそぅ、どうするんだ? このままでは・・・・・・」
この居留地を実質統治している者達が集まり会議を開いている。
彼等は元々が首都にあるスラムの代表者達であり、また犯罪組織の幹部も兼任していた。
この町においてモンスターによる被害が発生し、その事による統治の隙間を狙う為にやって来たのだ。そして純人族達の間に噂を流し純人族達を集め、可能であれば町の統治に口を出せるようになればとの野望を抱いていた。まあ簡単に言えば首都における犯罪者集団のメンバーという事になる。
「まさかここまで露骨に我々の排斥に動くとは思っていなかったな」
「あの亜人達が唱える純人族保護なんたらとかで対応は出来ないのかい?」
「駄目だな、そもそもあの町の亜人と交渉する為の窓口が無い」
「町の純人族にやらせれば? あそこの自治会とかあるだろ?」
「無理だな、町に行ってきたがあそこで市民権を持ってる連中は現在隔離されていて接触が出来ない」
次々に出てくる情報はどれも悪い内容ばかりであった。
そもそも亜人と対峙したとしても対抗する手段がないのだ。彼らに近づくだけで下手すると昏倒する可能性だってある。
「ちっと甘く見てたかね」
「そうかもしれないな。亜人は純人族に対し攻撃的では無い、そこを過信しすぎたか」
「こんな事なら亜人の子供でも攫って来るか?」
「出来もしない事を言うんじゃないよ!」
誰もが苛立ちを抑える事が出来ていない。彼等とてのこのこと首都へ戻る訳にはいかない。
今回の事でこの町以外の場所においても同様の政策が行われる可能性だって存在するのだ。
「町にいる協力者達は? 連絡はとれているのか?」
「いや、今日の朝から連絡をとろうとはしてはいるのだが」
入り口に近い位置にいた小柄で細身のどこかずる賢そうな男が悔しそうに顔を歪めながら答えた。
先程から発言を繰り返している全体的に丸々とした女が鼻を鳴らしそれに応えると、ギロリと睨み付けるが女は特に気にした様子も無く意見を述べる。
「結局は後手後手に回ってしまったのさ。ちっとこっからの挽回は厳しくないかい?」
「子供連れの親子を使い同情を誘うとかはどうだ? 無下にすれば評判にも影響するだろう」
「評判何か気にするのは純人族の中だけだ、亜人達はそんなもの気にはしない。子供だろうが老人だろうが殺すときは平気で殺しに来る」
中央に座っていた目付きの鋭い痩せぎすの男が発言をする。その発言内容は予測では無く明らかに実際に行われた状況を伝えているかのような響きがある。それが故に他の者達も口を閉ざすのだった。
「意見は出終わったな。結論から言うぞ、今夜中にこの場を引き払う、連れて行きたい者がいるなら今のうちに段取りをつけておけ。今回はちっと遣り過ぎたが、まぁこれも経験だ、次に繋げれば良い」
今まで一切発言をせず、会議室の上座で座っていた男が場の沈黙を破るように静かに断じる。
他の者達はその言葉に静かに頭を下げた。
「皆もそう落ち込むでは無い、なに猊下にもご理解戴けよう」
「では、他の集まった者達はいかがなさいましょうや?」
「神の試練はいつも我々を責め苛む、されど我々はまたこの地に楽土を築かねばならん、その為には犠牲も致し方なかろう。彼らが真に善き者達であれば神の加護があろうて」
上座の男の言葉に誰もが頭を下げ、それ以上の発言をせずに会議は終了した。
次々に会議室から立ち去る男達を眺めながら最後まで会議室に残っていた女は自分一人になった会議室で大きく溜息を吐いた。
「さてさて、神の御加護ねぇ、そんなものがあるならとっくにあたし等は亜人どもからこの地を奪い返しているだろうさ」
「そうですね、こんな事で純人族の数が減るのは私共も心苦しいのですがね」
誰も居ないはずの会議室で、しかも今まで誰も居なかった場所から突然響き渡った声に女はそれこそ飛び上がって振り返る。するとそこには一人の男が立っていた。そして、その男の額の上には銀色に輝く一本の角が生えていた。
「盗み聞きかい? 亜人ともあろうものが行儀が悪いね」
内心の動揺を抑えながら何とか普段と変わらぬ態度を見せる女に、その亜人は一片の邪気も感じさせないような笑顔を見せる。
「少々ご相談したい事がありましてね、貴方の事は自治会の者からも聞いておりまして、比較的まともな判断が出来る方であると」
「ふん、どんな内容かは知らないが私が仲間を売る事は無い、悪いが帰ってくれ」
そう告げる女に、その亜人は更に笑みを深めるのだった。




