3-29:連鎖する悲鳴?
第3衛兵隊に隊員が駆け込んで来た。
衛兵隊の詰所に顔中を汗まみれにしながら駆け込んできた隊員を見たフォルグは、その隊員がイツキと呼ばれる純人族に付けられている護衛の一人である事にすぐ気が付いた。
「何が起きた!」
フォルグの顔を見ながら、隊員は息も切れ切れに報告を行う。衛兵は角付である亜人達で占められている。それは身体能力が非常に優れているからであった。その隊員が息切れを起こすなど普通なら有り得ない。その有り得ない状況が起きているという事は、そのまま非常事態が発生したという事である。
「イツキ様が行方不明になりました」
「馬鹿者が!きさまら何をしていた!」
状況も原因も解らない中、フォルグは思わず怒鳴り声を上げる。イツキは領主より最重要護衛対象として自分達が警護を引き受けていた。本人には気取られぬようにとの指示にて、常時4名もの隊員が配置されていたのだ。亜人が4名いながら街中で護衛対象の、ましてや子供一人を見失うなど失態中の失態である。
「申し訳ありません。自分以外の3名が今足取りを追っておりますが、スラムへと連れ去られた為に我々のみでは時間が掛かるとの判断にて増援の要請に」
「スラム、しかも連れ去られただと!き、貴様ら何をやっていたんだ!」
再度怒鳴りつけそうになるが、隊員より伝わってくる危機感を感じ自身の感情を押しとどめてとにかく詰所に残っている隊員全員にイツキ捜索の指示を飛ばす。
「デグー、貴様は急ぎ領主様に状況を説明し増員を要請しろ!スラムにとなればうちだけでは人が足らん!」
「解りました!」
走り出したデグーを見る事も無く、フォルグは自身も急いでイツキが行方不明になった場所へと駆け出したのだった。
フォルグが市場へと駆けつけると、そこには緑色に全身を着色した男が衛兵達に取り囲まれて尋問を受けている最中であった。緑色に染まった顔から表情を読み取る事が難しいながらも、幸い相手は亜人であった為、その者の感情が伝わってくる。
「な、何度もご説明しますが、私はてっきりあの子供もスラムの者だと勘違いしてしまって・・・」
「そんなはず無かろうが!まずそもそも服装が明らかに違う。しかも堂々と道の中心を歩くスラム住人などいるはずはない!」
「ですから、この液体が目に入ったのと、つい頭に血が上ってしまって」
必死に言い訳する男からは、嘘をついているような印象は伝わってこない。
「ドーベル、何か進展はあったか」
フォルグは尋問している隊員へと近づき尋ねた。ただ今見ている感じでは、進展と呼べるような状況では無さそうだ。
「隊長、イツキが行方不明になった切っ掛けはこの男がイツキに対し暴力を振おうとした為と解りました。その際にイツキがその暴力から逃れようと逃走、その逃走を薬草達が補助、更に純人族であった為か、この騒動の主犯と思われるスラムに住む子供達がイツキを連れてスラム内に逃亡した事までは確認できています。ただ、流石にスラム内でその消息を見失った為、現在複数の隊員がスラム内に強制捜査を行っております。それと、今回の事件においては裏は特に無いと思われます」
「解った。しかしスラム内の立ち入りと言っても容易ではないぞ?」
「はい、時間は掛かりますが他に手段がありません。今回イツキの護衛をしていた者をそれぞれ一名ずつ入れる構成で4人編成で3組の部隊をスラム内に派遣しています」
隊員の言葉に、フォルグは顔を顰めた。
スラム街と呼ばれる場所は決して広くは無い。しかし、その中を縦横無尽に走る路地、ましてや廃墟などの建物の中まで確認するには3部隊ではとても手が足りていない。
「イツキの顔を知っている者はあと何名いる?」
「先週担当していた者達は本日休暇だった為今いそいで呼びに行っておりますが、すぐ捕まるかは不明です」
「解った、俺もスラムに入る。おい、お前達俺についてこい。後の指揮は副長に任せるから奴が来るまではドーベル、お前が指揮をとれ」
「解りました!」
指示を飛ばし、フォルグがスラムへと入ろうとした瞬間、街を包む空気が明らかに変わった。
街全体が殺気立ち、この場に広がる獰猛な気配は戦場どころの話では無い。
「何だ!何が起きた!」
衛兵だけでなく、すべての亜人達が変化した気配に恐怖を感じた。
「何だこれ、誰だ、こんな・・・怒りか?いや、そんな程度の感情では・・・」
「おいおい、これって不味くないか、何が起きてるんだ?」
誰もが身を竦ませるだけで原因が解らない。そして、フォルグもこの瞬間においてイツキの事を忘れた。
この変化がイツキの存在が起因して発生したなど思いもしていなかった故の悲劇であった。もしこの時フォルグがそのままスラムへと探索を開始していれば、もしかすると大通りへと向かうイツキを補足出来ていたかもしれない。
すべてはたらればの話であり、結局は間に合わなかったのであったが。
「領主又は司令官へと状況を確認しろ!休暇中の者を含め、全隊員に臨戦態勢を取らせろ!イツキの警護は現在の3部隊に任せ、我々は一度詰所に戻り指示を待つぞ!何らかの指示が出ているはずだ」
「この場はどういたしますか?」
「ドーベル、お前の部隊に任す。あと、そこの緑の男は詰所の牢に放り込んでおけ、今構っている余裕は無い!」
「そ、そんなぁ」
抗議をする緑色の男を無視し、フォルグは駆け足で詰所へと隊員を引き連れて戻っていく。
それを唖然として見送る住人達は、ふと自分達の足元で動く物に気が付き叫び声をあげた。
「な、なんだ?」
「人面草!それもこんなに!」
「何が起きているの!」
「うわ!、例のジャガイモが出たぞ!」
市場の至る所で叫び声が上がる。
そして、ついには街を守る街門においても叫び声が上がっていた。
「ま、魔物の群れだ!」
「鐘を鳴らせ!門を閉めろ!」
「空だ、空を見ろ!」
今まさに領都全体を人々の叫び声が覆い尽くそうとしていた。




