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2-90:イツキちゃんは気付いていない

領都において無視できない情報が届けられたのは今朝早くの事であった。

日の出とともに門番が門の閂を外し門をゆっくりとした動作で開いていると、道の先から伝令の旗を立てた早馬が走ってくるのが見えた。


「早馬だと?何か起きたのか?」


災害が起きるような天候の崩れはここ久しく起きていない。又、街を行き来する商人達から疫病などの噂も聞いてはいない。しかし、此方へと掛けてくる伝令が掲げる旗は黒!それは国の存亡に関わる緊急事態を示していた。


門番は定められた規律通りに、門の傍らにある鐘を鳴らし始める。それは、3,3,3と只管3回1セットで鐘を叩く。そして、街の至る所から同様に3,3,3の鐘が響き始めた。


カン~カン~カン~、カン~カン~カン~、カン~カン~カン~


鐘の音と共に仲間たちが詰所から外へと飛び出して来た。そして、此方へと向かって来る伝令の旗の色を見て呻き声をあげる。未だかつて見た事が無い、噂のみで聞いた事のある黒旗!

それは未だかつてない出来事が自分達へと降りかかってくる事をその旗の色と共に伝えて来るのだった。


「伝令~~~~、伝令~~~~~」


早馬が間近まできて漸く門番たちはその早馬が良く見ると一本角の魔獣である事が見て取れた。

気難しい角付の魔獣は使役するのが非常に難しい。ただ、その能力は通常の動物を遥かに凌駕する。

それ故にある程度の人口を抱える街では、最低1頭は角付の早馬を所持していた。

しかし、角付はその魔獣自身に意思があり、魔獣自身が納得しない場合動く事は無い。それ故にこの早馬が偽りでない事を如実に語っていた。


早馬は門の前で止り、馬に乗っていた伝令が軽やかな動作で地面へと降り立つ。

緊張に顔を強張らせていた門番たちは、この段階で少し肩の力を抜いた。そして、伝令が懐から出した書状を、自身の手渡しでこちらへと渡そうとした事で、疫病の線は無い事に安堵したのだった。


「この門を統括している第3衛兵隊のフォルグだ。書状は確かに受け取った。後は頼むぞ!」


自身の横に用意されていた馬に飛び乗り、フォルグは領主館へと馬を走らせる。


「伝令~~~!伝令~~~!道を開けろ~~~!」


規律で定められた通りに早馬から伝令を引継ぎ、馬を領主館へと走らせる。

これは伝令とは言え馴染みの無い者を領主館へと入れない為の配慮であり、疫病などの病原菌などを極力遮断する為の規則であった。最も疫病であれば書状は地面に置き、伝令が後方へと離れ、それを受け取る事となっている為疫病の心配はしていなかったのだが。


領主の執務室へと向かったフォルグは、すぐに部屋の中へと引きいれられた。

そして、そこには領主と施政官3名、領主軍司令官、その副官2名と層々たるメンバーが待ち構えていた。


「鐘の音は聞いた、何が起きたのだ」


領主軍司令官の問いかけに対し、フォルグは手にした手紙を差し出した。

差し出された手紙を一瞥し、傍らにいる施政官へと渡す。そして施政官が封を破り中を確認した。そして、無言のままに領主へと手紙を回した。フォルグは施政官の表情から何か読み取れないかと思ったが、その表情は微動だにしなかった。

しかし、領主は違った。手渡された手紙を一読し、再度目を通した後、大きな溜息を吐きその手紙を傍らにいる別の施政官へと手渡した。そして、じっと待機していたフォルグへと視線を向ける。


「ご苦労だった。内容は黒旗相当を確認、しかし今すぐ何かが起きると言う訳では無い。鐘を1,2,3のパターンで領民の不安を払しょくするように。又、此処まで来た早馬は領主館で歓待する。その為此方へ来させなさい」


「は!承りました!」


領主に指示を復唱し、部屋を後にするフォルグであったが、手紙を見たお歴々の表情を見て決して良い事が起きているのでない事だけは感じたのだった。


「不味いな、まだ時間的猶予はありそうだし、取り急ぎ家族を王都へ送るか?」


そんな事を呟きながらも領事館脇に留められていた馬に飛び乗り、門へと走るのだった。


◆◆◆


手紙を見た者達それぞれが溜息を吐く。そして、その度に執務室の空気がどんよりと重くなっていく。

今届いた手紙の内容は、それですぐに被害が出るという物では無い。しかし、逆にすぐに解決する物でも、事前に万全な対策を執れるものでもなかった。


「全員が状況を理解したな」


領主の言葉に、この場にいる者達全員が頷いた。


「よし、ともかく始祖様がこの街へ向かっている。でだ、すでに幾つか騒動を起こしてはいるが、深刻になるほどの被害は今の所報告されていない」


「今あちらで把握できた部分においては・・・ですな?」


すらりとした30歳くらいの細身の施政官が尋ねる。その言葉に領主はその表情を歪めた。そう、まだ我々が気が付いていない災害がすでに起きているかもしれないのだ。そして、伝承通りであれば気が付いたときにはすでに手遅れとなる。


「とにかく、始祖様がこの街に着く前に受け入れ態勢を敷く必要がありますな。住む場所は中流区の外れ、あと畑となる場所がある事。それと始祖様は・・・外見は5~6歳の幼女?これマジか?なんかの間違いじゃねぇの?」


「マンドラゴラとかトレントの亜種とかでしょうか?」


「いや、巫女様達の事を考えれば有り得ない事では無い」


「そうだな。有り得ない事では無い。裏を返せば何が起きるか解らんという事だ」


領主の言葉に、全員が押し黙る。何が起きるか解らない、彼等にとってそれ程恐ろしい事はない。


「残念な事であるが、巫女様より始祖様を王都へ送る事が禁止されている。誠に残念ではあるがな」


その表情は正に苦虫を噛み潰しているかのようであった。


「とにかく、ここでこの世界の常識を教え込め・・・ですか。しかし、言葉は通じるのですか?」


「しらん!」


普段では有り得ない不貞腐れた態度を示す領主に苦笑を浮かべながら、領主軍司令官は冷静に早急に行わなければならない事を考えて行く。


「とにかく住む場所の確保、警備の手配、監視体制の構築、あとは非常事態への対応部隊編成、やる事は多いですな」


「軍関係は司令官、住む場所などの内政関係は施政官達で対応しろ。手紙の内容から見るに、恐らくだが到着までにまだ2日から4日はかかるだろう」


「そうですな、農耕馬の馬車。まぁ少しでもこちらに時間的余裕をくれたと考えるべきだな」


どうみても軍人にしか見えない施政官の言葉に、全員が乾いた笑い声を上げる。


「で、迎えに誰か送らないで宜しいので?」


「ふん、わざわざ災厄を出迎える必要はない。出来ればどこかで迷子になって、違う街に行ってくれんか?」


領主の言葉に、誰もが頷くのだった。ただ、この判断の為に発生した問題の対処が遅れた事は確かである。

この会談の3日後、彼らの下に一つの報告が届けられるのだった。


「辺境との街道が封鎖されただと!」


辺境の試練と、領都の苦難の日々は既に始まっていたのだった。

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