2-63:神樹VS果樹?怪樹大決戦?
荷台の上に乗せられた神樹が、数人がかりでゆっくりと地面へと下ろされる。
暗闇、篝火、そして男達が持つ松明に照らし脱される神樹の姿は、まだ若木でありながらも神々しく、神樹である事を主張していた。今の今まで果樹の侵攻を瀬戸際で防いでいた男達ですら、一瞬その姿に手が止まる。
周りを囲う者達から、その先頭に立つ姫巫女からは、今この場において絶対の自信が感じられた。
「本当に待たせたな、この町の神樹様にお願いして、何とか頂いた種を此処まで成長させるのに時間が掛かっていたのだ。そして漸く、若木であっても神樹様のお力を伝達できるだけの成長を遂げられた」
皆の注目を浴びる中、姫巫女の傍らに立つ男がそう周りの者達へと告げた。その横では姫巫女が静かに目を閉じて、集中を高めている。そして、周りの者達もその集中を研ぎらす事無く、じっと視線を姫巫女へと向ける。
その緊迫した状況の中であっても、姫巫女は一切の緊張を感じさせる事無く、すっと目を開け、手を前に突き出した。
「薙ぎ、払え!」
姫巫女の合図を受け、神樹の若木がボ~~~と光を発した。
ボ~~~~、ボッ、ボッ、ポワ~~~
神樹が、全身にほのかな光を発光させる。そして、緩やかな点滅を繰り返す。
「・・・、・・・、早すぎ・・・たのね」
うんうんと大きく頷きながら、姫巫女は何かに満足した様子で普段見せたことの無いようなニヤニヤ笑いを浮かべていた。
しかし、周りにいる者達は、呆然と点滅を繰り返す神樹の若木と、挙動不審な姫巫女を見ていた。
「あ、あの、姫巫女様、神樹様は何を行っているのでしょう?その、攻撃などには見えませんが」
町長は、ニヤニヤ笑う姫巫女を見て、怪訝な表情で問いかける。
「ヌフフフ、あれは、お約束、なの。あれは、あれで、良いの・・・よ」
ただニヤニヤ笑う姫巫女を見て、この神樹の意味のない点滅が姫巫女の指示であることが解った。
「だめだ、(精根が)腐ってるわ」
町長はこの状況において役に立ちそうにない姫巫女を見限り、慌てて掘りを覗き込む。
そんな角付達の状況などお構いなしに、果樹は周りを気にした様子も無く堀と土嚢へとその根を張り巡らし始めていた。
「不味い!間に合わん、油に火を付けろ!」
「」
掘りの底に薄く張られている油へと町長が点火を指示する。しかし、それに被せるように姫巫女から点火を否定され、周りにいる者達は行動が取れず、その間にも果樹達は根を此方へと延ばして来る。
「このままでは浸食されます!」
「根を切り落とせ!」
「堀を越えさせるな!」
男達が次々と手にした斧を振り上げる。しかし、この無駄な時間が勝敗を決定していた。
掘を跨いだ根は、すでに斧で切り落とせる太さでは無く、表面がまるで金属のように斧を弾き返す。
「神樹様、お願い、浸食、止める」
ニヤニヤ笑いを止め、いつもの無表情へと戻った姫巫女が、若い神樹へと再度祈りを捧げはじめた。
そして神樹はその祈りを受け、更に輝きを増した神樹は枝に次々と花を咲かせる。
そして、風に乗ってその花から花粉が舞い、果樹へと流れ始めた。
「ゴホッ、ゴホゴホッ、な、なんだこれ!」
堀で果樹の浸食を防いでいた者達は、突然後方から花粉が流れてきた為、思いっきり吸い込んでしまった。その為、誰もが咳き込み、更に花粉が目に入った者達は涙をボロボロと流し、慌てて堀から撤退する。
「うわ、目が、目が開けれん」
「痒い、痒いぞ」
果樹よりも、角付達へと多大なダメージを与えている様に見える神樹の攻撃に、後方にいた為被害を受けなかった町長たちは顔を引き攣らせ姫巫女へと視線を向ける。
「此処から、反撃、なの」
姫巫女の呟きが零れる。しかし、その声は余りに小さく、周りの喧騒に掻き消され誰にも届かない。
しかし、まさにその声が聞こえた瞬間、果樹に一斉に花が開いた。
「なんだあれ!」
果樹本来の花では無い。果樹に触れた花粉のみがその場所で真紅の花を咲かせる。
そして、その花は明らかに果樹から養分を奪い花を咲かせていた。
「あれって、寄生してるのか?っていうか俺達は大丈夫なのか?」
体中に花粉を身に纏ってしまった男達は、慌てて体に付いた花粉を払い落とし始める。中には、ズボンや服を脱ぎはじめた者達すらいた。それ程に眼前の光景は美しいながらも恐れを抱かせる光景だった。
ぐぅぐぅぐぅ~~~ギシギシギシ
果樹から何かが捻じれるような音が聞こえる。根が、枝が振り回され、花粉や花を振り払おうとしているようであった。しかし、すでに果樹へとしっかり根を張ったのか花は一向に払い落とされる気配が無い。
「これで、浸食は、止まる。所詮、神樹様の、敵でない」
「それって、フラグじゃないですよね?」
眼前の光景に無い胸を張る姫巫女、その様子を見て聞いていた町長は、思わずボソリと呟く。ただ、その声は思いの外周囲へと響き渡った。
世の中においてお約束というのは、ここまでに恐ろしいものだったのか。町長の声が聞こえた瞬間、今まで体を捻り、まるで断末魔のような動きをしていた果樹全体から棘が生える。そして、その刺は体に張り付いた花を一斉に貫いたのだった。
ぼとぼとぼと・・・・
次々と果樹から力なく落ちる花々、それは花の色が真紅であるがために、まるで果樹から血が流れ落ちているかのようであり、また篝火に照らし出され、神秘で妖艶な一枚の絵画の様であった。