1-99:83年目の秋です
「不味い事になった」
会議室に集まった面々に向け、ローランドの放った第一声は苦渋に満ちたものであった。
そして、その表情も声と同様に厳しい。現在、自国を取り巻く状況は、すでに会議室に集まった者達には伝えられている。また、刻々と入ってくる情報は、どれも明るい物はない。
近隣諸国を含め、今や角付が支配する領域が時と共に広がりを見せる。数ヶ月前に神国が、ここ最近では周辺の小国家群が次々と角付によって陥落、しかも前教皇が角付として復活した事により、ユーステリア神教自体が角付に乗っ取られたも同然の状況。
神教においては、件の木の実を神の贈り物として積極的な摂取を推進し、魔樹を神樹として崇めはじめる。
確かに、魔樹による作物への増産効果は著しい。この事一つだけでも神樹と認められてもおかしくは無い。
もっとも、それを遥かに上回る副産物の魔物化がなければであるが。
更には、一度角付となった者達は、そもそも病に罹りにくいらしい、もし罹ったとしても木の実を口にすれば全快するのである。正に百薬に匹敵する。
その効果が知れ渡るにつれ、角付になる際のリスクなど如何程の物かと、木の実を口にする者達が後を絶たない。現在、フォールティア王国領内を含め、友好国に関しては情報統制を強化している。
しかし、その効果もどこまで続くかは微妙な所であった。
「まさかこうも簡単に神国が亡びるとはな」
「前教皇が生きているとは思いませんでした。申し訳ありません」
情報収集を統括していたロマリエが謝罪を行う。しかし、その事に対し周りから非難の声が上がる事は無い。
幸いにして、現首脳部の意識改革は成功を収めていた。その為、今もっとも急がなければならない事を皆が自覚していたのだ。
「トーラス達との不可侵条約は無事締結できた。もっとも、条約を結べたのは角付のうち人族のみであるがな。予想した通り、トーラス達と魔物の意思疎通は殆どない。それ故にこその今の状況である」
「無作為に勢力が拡大しております。それなのに角付を統括しようとする者は殆どおりません」
「問題は、統括する者がいないにも関わらず、角付は仲間意識が非常に高いのです。これは、魔物達も同様です」
「現在、角付と民衆の間に、大小含め争いが発生しています」
「前教皇の存在が非常に拙いのです。悪戯に民衆を煽っております」
「他国における教会は、ほぼ機能を麻痺させており、教会本部の指示に盲目的に従っているようですが、その教会本部がまともに機能していません」
それぞれの報告は、今まで集まった情報の再確認でしかない。
「それで?我が国においても、このまま情報統制を続けても破綻する事は見えておるぞ?」
「はい、ただ角付になった者達は以前の記憶を保持しております。その為、人事院において、新たな土地にまだ年若い夫婦者、子供などの疎開を検討しております」
「街や村の場所は把握されていると考えているのだな?」
「はい、それ故に最悪の場合、人類を生き延びさせるためにも・・・」
「可能な限りの食料を秘密裏に輸送せねばならんな。当たり前だが魔樹は持って行けん」
ビルジットの言葉に、担当者も、それ以外の者達も大きく頷いた。
「移民場所は我らにも伝える必要はないぞ、その場所を知る者はすべて移民させよ。そうで無くば意味は無かろう。移民の責任者はその方が行うがよい」
「了解いたしました。身命に変えましてもやり遂げて見せます」
「うむ、それと、皇后様、王女様を移民の中に含めよ、これは陛下の指示である」
「は!・・・・王太子様、第二王子様は?」
「まだ幼いながらも王族男子である。それ故にこそ、この危機を乗り越えるためにも避難させる事は罷りならん!との陛下のご指示である」
国王の発言を聞き、皆その思いに心を打たれる。
国王達がさっさと避難するなどであったら、誰も付いてこない事は言うまでもない。
「さて、ここから少し雑談ではあるが、此処にいる者達の2倍の数の空きが移民にはあるそうだ。もっとも、移民したとしても苦労の連続となるであろうが」
ビルジットの発言の意味に、この場にいる者達はすぐに気が付いた。
即ち、身内より2名を選出し、この移民に同行せよと。その2名が己たちの血統を残す者達になるという事を。皆の頭の中で、いま取捨選択が行われ始めるのだった。
「この事は極秘であるからな、今後は移民では無く、箱舟と呼ぶこととするぞ」
ビルジットの言葉にて、一同は大きく頷いた。
「あと残るは最大の問題だな。結局、魔物の侵略をどう防ぐかだ。幸い、王都の教会は、本山と離別した。これにより、木の実の摂取は禁忌として広めてはいる。しかし、口にする者は出て来るであろう」
「はい、病に倒れた者達などは特にその傾向が強いと思われます」
「とにかく、継続して隔離するしかあるまい。それとな、角付と人族の間に子は産まれるのか、生まれるのならその子は角付になるのか、ならないのか」
「治癒院にて元の姿に戻す方法を含め、研究させる事と致します」
「無理強いはするなよ?厄介なのだ、あの者達は言葉を交わさずに意志疎通が出来る」
「了解いたしました。ただ・・・」
治癒院を統括する者が言葉を濁した。その様子を、他の者たちは怪訝な様子で見返す。
「何か問題があるのか?」
「はい、元々治癒院は教会の影響が強いのです。それ故に、木の実に対する拒否感が非常に強く、又、異形の者に対しても排斥の念が」
「むぅ、それは不味いな、上からいくら指示しようとも、意識の根底の部分はなんともならん」
「むしろ、抑圧されればより陰湿になりかねません。場合によっては取り返しのつかない事にも」
会議室には重い空気が立ち込めるのだった。
「当面は致し方なかろう、とにかく箱舟を最優先にせよ」
ビルジットの指示に頷きを返し、皆それぞれ箱舟に同行させる者達の選定を急ぐのだった。




