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1-94:82年目の春です

ユーステリア神国によるフランツ王国侵攻は失敗に終わった。

近隣諸国における評価であった。もっとも、神国の遠征に対し、さまざまな支援を行った小国ではそれこそ大小の反乱が起き、中には滅びた国すらある。

周囲がそのような状況にあっても、神国においては第二次十字軍の計画が行われているという。

我々からすれば、まさに常軌を逸した行動としか思われない。

しかし、密偵からの報告によれば現在の神国において、現教皇に諫言を言える者は誰一人として存在していないようだ。それ故に、誰かがこの一連の動きを止めなければならない。

今後、一人でも多くの人族が必要となるだろう、我々が人族として存在出来るかどうか、まさに種族の存亡を賭けた戦いがこれから待っているのだ。


どの国も、今回の神国の遠征失敗理由を真剣に、必死に分析していた。

いくら烏合の衆とはいえ、数倍、数十倍の敵に対し圧倒的な勝利を収めた角付達に対し、恐れを抱かない者達などいなかった。そして、その角付は容易に自国にも生まれうるのだ。

原因は解っている。ただ、その原因を除去する事が出来ない事が問題であった。


各国において、魔樹によって齎される作物の増産は、他のリスクを考えたとしても必要不可欠である。

もし、今ここで魔樹を伐採出来たとしても、その後に訪れると予測される食料不足によって、少なくない民衆が餓死する事となるだろう。

もっとも、伐採が出来るならばであるが。神国の者達が魔樹を伐採しようとして、成功した例はまだ一つもない。それどころか、その行動によって逆に魔樹が恐るべき毒素を出し始め、村や町が消失したほどだ。

我々人族は、すでにこの世界における強者の地位を奪われている事を意識しなければならない。

尚・・・・・



ビルジットは提出された報告書を読みながら、溜息を吐いた。

そして、まだ触り部分しか目を通していない報告書を机の上に放った。


「この報告書は目を通しましたか?」


「はい、一通り。その後に続いている治癒院の見解書も併せて目を通しております」


ロマリエの返事に、机の上の報告書の束を一瞥したが手に取る事は無く、ロマリエ以下会議室に集まった面々へと視線を移す。


「で、結局はどうしろという事か?」


「「「「・・・・・・」」」」


ロマリエを含め、誰一人言葉を発する者はいない。そして、それ自体が回答となる。


「はぁ、お前たちの間では何も決まっていないという事か」


「申し訳ありません」


一同が頭を下げる様子を見て、ビルジットはまたもや溜息を吐く。

普通に考えても、現在の状況は異常事態である事は解る。それであるのに正確な情報は入らず、憶測紛いの情報はこれでもかと言うほど入ってくる。そのような中で安易に判断を下す事はリスクが高い。

しかし、そんな事はビルジットも解っていた。そして、そんな状況である故に下さなければならない判断という物もある。後手に回れば取り返しの付かない事などそこらじゅうに存在するのだ。

それ故に、彼はロマリエ達に事前に情報を渡していた。

もし自分に何かあった場合、その後を託すのは彼らしかいない、それ故にこそである。


「何でもよい、まったく意見が無いという事はあるまい、統一されたものでなくても良い述べよ」


ビルジットの言葉にロマリエ達は顔を見合わせ、漸く言葉を紡ぎ出した。


「角付達と敵対する事は不可能です。単純な戦闘能力もそうですが、何より問題とされるのはいつどこで木の実を口にするか判断がつかない事です」


「併せて、これが毒なのかは置いておくとしてですが、解毒薬がなく一度口にすれば・・・」


「いくつかの事例でも解るように、魔樹の伐採自体がほぼ不可能な事です。それゆえ、木の実の増殖を抑える事はほぼ不可能と思われます」


次々に上がってくる報告に対し、ビルジットは思わず立ち上がり、机の上を拳で殴り、怒鳴り返した。


「馬鹿もんが!わたしが聞いているのは今我々が、何を、いつまでに、どうするかという事だ!ぐだぐだ問題点を列記せよとは欠片も口にしておらん!」


「「「「も、申し訳ありません」」」」


再度皆が頭を下げる。しかし、結局のところ数度に及ぶ対策会議において、彼らは具体的な策を何一つ明確に出来なかったという事であった。


「・・・まぁよい、ともかくトールズ達と早急に不可侵条約を定めなければならんな。それと、改めて魔樹に関してはその特性を周知徹底させよ、ただし民衆には神樹として伝えるのだ。誤って口にする者が無いように、魔樹自体は周囲を柵で囲え、御神木として管理するように」


「あの魔樹を神樹とされるのですか?」


「そうだ、頑迷な民衆は恐ろしいものよ、下手に魔樹などといったらどう暴走するか解らん。ならば逆に神樹としておいたほうが百倍よいわ」


ビルジットの見解に、皆がなるほどと頷いた。


「他に何かあったか?誰ぞ意見は?」


「は、植物の特性を考慮し、またその効果を十全に利用する為に、今後木の実は全て鉢に植えてはどうかと」


「ふむ、それは良いな、鉢であれば水さえ遣らねば枯れるだろう、つまりそういう事であろう?」


ビルジットの言葉に、発言した者が頷く。


「他には何かあるか?」


「角付を安全に隔離する為に異臭を発生させた村に隔離してはどうかと」


その提案に対しては、ビルジットは即答を控えた。先に上がって来ていた報告には、角付達は離れていても意志疎通が可能であるとの事であった。その為、隔離する事がどういった反応を魔樹から引き出すかは不明であった。その後も、いくつかの意見、提案に対しビルジットの見解を加え、ある提案は即実行を指示し、それ以外は当面保留となった。


その後、会議室から執務室へと場所を移し、ビルジットとロマリエは対面していた。


「結局、対処策しか出てこんな、まぁ仕方がない事なのだが」


ビルジットの顔には、疲れが見えていた。


「ここ数年で一気に魔の森関係の問題が膨れ上がっています。もっとも原因の殆どは我々人間側にあるのでしょう。魔の森を見つけてしまった事は、はたして良かったのか」


「今更そんな事を言っても仕方が有るまい。ただ、この国の行く末があの連中に掛かっているとなると、少々心もとない」


「申し訳ありません」


ビルジットの言葉に、ロマリエは頭を下げる。あの連中の中には自分も含まれている事は、その視線から感じていた。


「まぁよい。それとな、あの場では言えなかったが今の混乱を抑える為に少々非道な事を行うつもりだ。その指揮をその方に任せる」


「非道な方法ですか?」


「うむ、神国を生贄にする。いまや魔物達の攻勢はフランツ王国を起点に放射状に延びておる。こちらの勝手な期待で終わってしまったが、残念ながらトールズ達は同じ角付と言えど魔物とそこまで意思疎通が出来ていない様に思われる。それ故に、魔物の攻勢を神国へと誘導するのだ」


「それは、まったく持って構いませんが、具体的な方法はいかがなさいますか?」


「なに、簡単な事よ、神国の首都へ木の実を植えれば良い。そうすれば勝手に自滅しよう」


ビルジットは口角を上げ笑う。しかし、その目は冷徹な光を放っていた。

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