ヴァイス
由香がヴァイスに飛びついたまま泣き続けので、神官たちは由香が落ち着くまで部屋を離れることにした。
ヴァイスは、飛びついてきた由香を両腕で包み込み支えながら、その心は混乱していた。自分の名前を呼び、飛びついてきた由香はどうやら自分を知っているらしい。いや、知っているどころではない。ヴァイスをみて、由香は安堵しすがってきたのだ。それほどまでに、ヴァイスに心を許し信頼している。そんな相手を、ヴァイスを全く覚えがなかった。
「姫巫女様、落ち着かれましたか?お身体に障りますので、失礼しますね。」
ヴァイスは、なるべく刺激しないように静かにそれだけ言うと、由香を横抱きに抱き上げた。確かに、ヴァイスは混乱していたが彼が近衛長から指令されたのは由香の警護である。第一に優先すべきは由香の身の安全であり、己の心の平穏ではないのだ。
由香は、横抱きにされ間近に見えるヴァイスの瞳をぼんやりと見つめていた。
(わー。五年前にプレイした時と変わらない優しい目だ。)
購入してからなかなかプレイできていない「ウィッチクラフトⅡ」だったが。毎日といって良いほど、由香はパッケージを眺めていた。そこには、かつての主人公であったヴァイスが、年を経て少しおじさんになって描かれていたからだ。五年前由香がプレイしていた「ウィッチクラフト」の主人公ヴァイスは、純粋で誠実で、まっすぐに国と民と仲間を想っていた。ストーリーを進めヴァイスが成長するたびに由香はヴァイスに、母のような姉のような妹のような。彼の家族になったような気持ちを抱くようになっていた。エンディングで彼が幸せになったときは、本当に喜んでゲーム画面に向かって涙を流したほどだった。
あんなに感情移入できたゲームは、後にも先にも「ウィッチクラフト」だけだった。だからこそ五年ぶりにでた「ウィッチクラフトⅡ」で、主人公ではないにしろ5年後成長した姿のヴァイスが見られることをとても楽しみにしていた。忙しくてプレイできなくとも、毎日パッケージを見つめていた由香は、ヴァイスを一目見て全てを受け入れることができたのだ。
ベットにおろされ、ふいに部屋の隅をみると先ほどの生き物が心配そうにこちらを見ていた。さっきはいきなりで叫んでしまったけれど、よくよく見るとその顔立ちは、由香の部屋にあるクッションにも描かれている好きな顔文字にそっくりだった。
「さっきは、ごめんね。」
由香がそう語りかけると、その生き物は嬉しそうに震え由香のもとに飛んできた。あまりの勢いに、身体が傾ぐとヴァイスがそっと支えた。
「姫巫女様、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫で―――。」
答えながら振り向くと、思ったよりも近くにヴァイスの瞳があり由香はかたまった。さすが、前作主人公整った顔をしていらっしゃる。喪女街道を突き進んでいる最中の由香は、イケメン耐性はない。ヴァイスはそれを知ってか知らずか、そっと由香から手を放すとベットの脇にひざまづいた。
(よくよく考えると。ヴァイスは私のこと知らないんだよなー)
地味に落ち込む由香に、クッションのような生き物がそっとよりそう。くっついている部分がほんのり暖かくなるのを感じた。