姫巫女
目を覚ますと、とてもとても高い位置に天井が見えた。
「目を覚まされたぞ!神官を呼んでくれ!!」
声がする方に顔を向けようとすると、びっくりするほど体が重かった。まるで、いつもやらないアスレチックに旅行のテンションでチャレンジしてしまったときや、仕事で他部署の重労働の仕事を引き受けて朝から晩まで肉体を酷使した翌日のような感じだった。
視線だけで周りをうかがうと、自分がとても豪勢な部屋の大きなベットに寝かされていることがわかった。ベットの脇には、森の中で由香を尋問したグライスが立っていた。しかし、不思議と恐怖感は感じなかった。グライスの瞳が、今にも泣きだしそうなほどに潤んでいたからだ。
「お目覚めですかな、姫巫女様!!」
バアアン!と盛大な音をたてながら、白いひげをもしゃもしゃはやしたサンタクロースを彷彿とさせる老人が、ツンツンの赤い髪の青年と共に入ってきた。由香が、口を開く間もなくグライスと今入ってきた二人は深々と頭を下げた。
「貴女を永い間、待ち望んでおりました。姫巫女様」
恭しく老人がそういうと、その隣にいた赤髪の青年が涙をこぼすのが見えた。
老人は、おそらく偉い立場の人間でおおらかで、おおらかすぎてあまり話を聞かない系の人間なんだなーと、由香はこの国の歴史を話し続ける老人を見つめていた。赤紙の青年、ルーフスの手を借りて上体を起こして姫巫女について説明をうけていたのだ。
この世界は、一つの国が長となりほかの国を治めていた。この世界では大きく分けて二つの種族…魔族と人間族が生き、魔法と知恵で豊かに生きてきた。国の始まりのずっと前から、魔族がいて。魔族と人間族は国の始まりのずっとずっと前から仲が悪かった。仲が悪かったといっても、全部が全部悪かったわけではなく、人間族と仲良くする魔族もいればその逆もいた。国ができてから、二つの種族が争いを避けるため、お互いに干渉せずに生きてきたのだ。
しかし、500年前の人間族の王が最悪だった。魔族を悪と見なし、悪が相手ならば何をしても良いとばかりに非道な行いを魔族に対し行った。
魔族もやられて黙っているような種族ではなく、その報復は王族ではなく民に注がれた。それから、人間族と魔族は500年。終わらない戦いを続けている。
復讐が復讐を呼び、恨みが恨みを呼んでいるのだ。
しかし、戦況は3年前大きく変わった。国中の巫女が殺されたのだ。魔族と人間族の力は、魔族の方がはるかに上であった。魔族には、それぞれ生まれながらに能力を持っていたからだ。火をあやつるもの、水に変化するもの、空を飛ぶもの、夢を魅せるもの――――。
人間族の力は非力であった。しかし、魔法を加工する術を持っていたのだ。魔法石や必要な材料を加工し、魔法道具を作ることができた。火の力をもつ剣、水の矢を放つ弓、空を飛べる防具、夢を魅せる粉――――。
その加工ができる者が巫女とよばれ、中でも精度の高い魔法道具を作ることができる巫女の長となるべきものが姫巫女と呼ばれていた。巫女の力は血で受け継がれる。巫女の技術は書物で受け継がれる。
その全てが一日にして、無にされたのだ。
国にいる魔術師、魔法を使えるものはいたが数は圧倒的に少なく戦力には足りなかった。加工されてなくても、わずかながら力をもつ純度の高い魔法石を身に着け騎士たちはだましだまし戦ってきたのだった。
「全ての巫女が殺されて、血を継ぐものがおらず。私たちはただ、巫女の降臨を祈っておる毎日でした。まさか、神が姫巫女様を遣わされるとは嬉しい驚きです。」
そういって老人は、嬉しそうに目を細め由香を見つめた。由香は、その話に不思議な感覚を覚えていた。