日常
鬱蒼とした木々、陽の光は茂りまくった葉に遮られ森全体は薄暗く湿っていた。
ひんやりと冷たい空気間、靴から伝わる土の感触にこれが現実ということをつきつけられる。
――ここは、どこなんだろう――
午後10時を過ぎた電車には、人はまばらだった。疲れた身体で、でも心だけは妙にざわついていた。
(今日も遅くなっちゃった)
心の中でそう呟いて小さなため息をつく。だいぶ崩れた化粧が疲れを物語っていた。電車がとまると、にぎやかな若者の集団が楽しげに話しながら乗り込んできた。ゼミの研究で遅くなったらしい彼らは、疲れを露わにしながらも、とても楽しそうだった。
(リア充どもめ)
うらやましい気持ちと、惨めな気持ちが合わさって胃がムカムカした。
彼女、水上由香は短期大学を卒業して働き始め、今年で6年目の26歳だった。現実を直視することが億劫で、立ち向かうことや思考することから逃げつづけた。子供のころから、漠然として夢はあったけど、明確な目標や展望はなかった。短期大学生時代、就職活動を行う年に、何十年に一度の不況が重なり就職活動をしたくなかった由香は、聞こえの良い様々な理由を作り、さもそれが自分の目標であったように自分にも周りにも取り繕い、今の仕事に就いたのだ。
かといって、今の仕事が嫌いなわけではない。ミスをして叱られることも少なくないが、やりがいはあるし同僚や先輩も楽しい人間ばかり、上司は仕事ができ尊敬できる。加えて、由香は自分がどちらかというとこの仕事に向いていると思っていた。だが、6年目にもなるとなんとも張り合いがなく疲弊してくるようになった。
(せめて、私にもリア充時代があればなー)
由香は、あれこれ心配する性格だった。そして、それを人に悟られたくなかった。人に気を使いまくるくせに、それを悟られることも恐れていた。表面上は、快活明朗に見える彼女は周りに好かれるようにつねに貼り付けている彼女の一面に過ぎなかったのだ。何人かの仲の良い友人たちは、そんな由香のことも理解したうえで社会人になった今でも交流しているので、それなりに幸せなのだが。人付き合いが密になるゼミやサークルは避けて短大生活を送っていた。男女交際など、もってのほか出会える機会も乏しかった。社会人ともなれば、出会う機会などほとんどない。
(このまま、喪女街道まっしぐらかなー)
電車の揺れで誘われた睡魔に身体を預けながら、遠くに感じる男女の楽しげにはじける笑い声を聞いて由香の意識はおちていった。
自分が読みたくて書きました。
どなたかが読んでくださって、楽しんでくださったら幸いです。