第一章
もやっとするかもしれません。
裏設定あり。
第一章
その夏、百合の花の存在をすごく身近に感じた。私の新しい学校に咲いていた百合は、真っ白だったの。
「転校生でーす! はい、自己紹介して」
新しい学校の担任の先生は、無神経に私の肩に手を置くとそう言った。
「……あ、朝野百合子です。よろしくお願いします」
「はい、みんな仲良くするようにー!」
私はずっと俯いたままだった。視界に映るのは真新しい上履きと見慣れない床。クラスメイトの顔なんて、恥ずかしくて見れないし、それに……、意味、ないもの。
「じゃ、朝野さんはあの後ろの席ね」
「はい」
「よろしくねっ!」
隣の席のポニーテールの女の子が私に笑いかけたけど、私は顔を赤くして、不自然に微笑むことしかできなかった。
だって私はみんなと違うもの。誰かと関わることは、悲しいけれどとても意味のないこと。誰も私の気持ちなんてわからない。それはとても、悲しいけれど。
『ちょっとあれはないよねー』
『ねぇ、転校生って聞いて楽しみにしてたのに……』
『あーあ、かっこいい男がよかったなぁー……』
『暗すぎ。雰囲気悪くしてんじゃないわよ』
私の首は折れたまんま。しおれた花。太陽に焦がされて、終わり。
『気持ち悪ッ……。 信じてたのにっ!』
「やっ!」
私はとっさに頭を押さえた。思い出が、呼び起される……。まだ開かない百合の花の前で。
「朝野さんっ? 大丈夫? 顔色すんごく悪いじゃん!」
「……あ……」
確か同じクラスの……。
「だいじょう……」
「だめだめ! そんな顔色してんじゃん! やせ我慢して死んじゃったらどうすんのよ!」
「そんな大袈裟な……」
「おおげさぁ? 転校生って、さみしいでしょ? 慣れるまで、私が一緒に行動してあげるねっ!」
「……へっ!?」
「まずは、保健室へ案内するよ!」
「まっ……」、て……。
私は目をぱちくりとさせてその女の子を見たの。だって、あまりにキレイで。青空ですら敵わないほどの、清々しい女の子だったの。
涼しげな目元。サラサラの長い髪の毛。背が、高い。手が、キレイ。
「ん?」
私に差し出されていたそのキレイな細くて白い手を、私はおそるおそるといったように掴んだ。すると、彼女は私を力強く救い上げた。
「名前、覚えてないんでしょ。私は怜華よ。佐倉怜華」
「レイ!」
私がその女の子に見惚れていると、そこに男の子の声が聞こえた。私の肩が上がる。
「と、転校生だ」
「ケイ! ねぇ朝野さん、こいつも同じクラスなのよっ? 覚えた?」
「え?」
私が振り返ると、そこには太陽に焼けた、いかにも元気のよさそうな少年がサッカーボールを片手に立っていた。
「ユリ」
「へっ!?」
慣れ慣れしくその少年は私のことをそう呼んだけど、なんだか嬉しかった。
「お前のこと色々言うやつもいるけど、気にすんなよ。中学生ってさぁ、誰かを悪く言いたくなるもんなんだよ」
「そういうケイだって中坊じゃん」
「あ、レイはそこらへん大人だから……って、おい!」
男の子が佐倉さんの頭を小突く。佐倉さんのその時の表情に、私は何かを悟った。
「行こう! ユリ!」
そしてレイは私の手を引っ張る。
ダメ……。ダメだよ。そんなに優しくしないで。
その日から、私の生活は少しずつ明るいものへと変わっていった。転校ばっかり繰り返してきた私に、留まれる場所ができるかもしれない、そう思うと、とても嬉しかった。
でも、本当の私は隠さないとダメ。それですべてが崩れるから。
そうやって、すべてを壊してきたから。
「ユリ、あんた可愛いんだからもっと笑いなよ」
「……ううん、ダメ」
「そんなんじゃモテないぞ!」
「レイ……。こっちのセリフだよ。私なんかといたら、モテないよ」
昼休み、花壇に座って私たちは話をしたの。
「何それ、くっらー」
え……?
「ユリ! あたしはそんな事言われたってあんたのこと気になるのよ!」
え……?
「ケイだって、気にしてる」
「ケイくん?」
「こないだだってね、私とケイでユリを守ろうって話したんだから」
レイはため息をつきながらそう言った。
「どうしてそこまで……。私はっ……」
私はギュっと自分のスカートを握りしめた。
「ユリ、大丈夫」
その手をレイがそっと上から握ってくれた。
「ユリに今まで何があったのか知らないけどね、この学校は大丈夫。ケイと私が、いじめっ子ちゃんたちから守ってあげるから」
そのとてもキレイな顔に見惚れちゃって、私は一粒の涙を流した。
「……、レイ」
「ん?」
私は手で涙を拭った。
「大丈夫。レイとケイくんのおかげでね、私、いじめられてないよ」
「そっか!」
「だって、ずっと一緒にいてくれるんだもん」
「当たり前でしょ? 友達だもん」
友達……。
「レイ……。私……」
「何?」
「私……」
「ユリ、無理しないで」
ダメ。罪悪感に押しつぶされそう。レイは、私なんかといたらダメ。私みたいな、気持ち悪い子と……!
「私、女の子が好きなのっ!」
私は顔を上げることができないまま、叫ぶようにそう言った。どうして自分からそんなことを言ったのかわからない。あれだけ隠そうって決心してたのに。
だけど、ここに咲く白い百合のむせかえるような香りは、私に潔白を押しつける。
『気持ち悪ッ……』
頭の中に呼び起されるいつもの言葉。
「それって……、私のこと好きってこと?」
「え?」
私は落ち着いたトーンでそう聞いてきたレイの顔を見た。きょとん、とした顔をしている。
「いや……。そういうことじゃないんだけど」
私は分が悪そうにそう言った。
「あ、そ。なぁんか今の傷ついた」
「え? いや、レイのことはほんと大好きだけど、そういう好きじゃないっていうか……」
あれ? なんで私がこんな言い訳してるの?
「そっかー。それがユリが笑わない理由だったんだね」
「レイ……」
レイは私の横に座って空を見上げた。
「ほんと、だから何? って感じ」
「うっ……」
私の目からは大量の涙がこぼれる。頭の中と心の中にいた黒い黒い負の塊が流れ落ちて、どんどん自分が解き放たれていくようだった。
「ユリ、世の中にはいろんな人がいるって」
私は首を上下に振る。でもね、レイ、レイが思ってるよりも、レイみたいな人は少ないんだよ?
「でもさ、私のことは好きになっちゃダメだよ」
「え?」
私の心が、少しズキンとした。やっぱり……
「私は、ずっとケイのことが好きだから」
そのレイの顔はとても優しくて美しかった。風が、レイの髪を少しだけ揺らすの。
私はその顔を見ながらにっこりと笑った。
「知ってる」
「あ! いたいた。ユリ、レイ!」
噂をすればケイくんだ。
「ん? ユリ? 泣いた?」
私は勢いよく首を横に振る。
「はいはい、無神経! 何?」
レイが私を庇うように前に出る。
「なぁ、いつもの花火大会!」
「あぁ、そんな時期だね!」
花火大会?
「ユリも一緒に行こう!」
ケイくんはキラキラの少年の瞳で私を見つめた。
「えっ? い、いいよ! そんな、行かないよっ!」
『いつもの花火大会』って、きっと、ケイくんとレイの……。
「ユリ、行こうよ!」
レイ……。
だからダメだってば。私はギュっと自分の胸のあたりを握りしめた。
好きになっちゃうよ。