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1/4の罪悪とあの人の密室

作者: 夏日 純希

 運命とはサイコロで決まるスゴロクのようなものだろうと思う。だから私はたいていの人達と同じように、出たサイの目に従って素直に運命を受け入れていた。受け入れる潔さこそが、人の強さだと思っていた。

 でも、もしかすると、私たちはサイの目自体を選ぼうと、もっと努力すべきなのかもしれない。ちょうどあの最悪の状況下で

「ジャンケンでの生存確率を上げよう」

と言ってくれた、あの人のように。

 とある事情で、私、あの人、男A、この三人の内一人は、死ぬ必要があった。二人乗りの舟に三人乗ってしまったような状況だと考えて欲しい。幸か不幸か、選択方法は私たちに委ねられていた。だから、どうやってその一人を選ぶかを私たちは話し合った。

 年齢で決めるべきとか、社会貢献度で選ぶべきとか、色々な意見が出たが、採用されることはなく、結局はジャンケンになった。図体が大きくなったところで、小学生と何も変わらなかった。

 勝負の前々日、私は自室で時間を過ごしていた。すると、突然あの人が、私の部屋のドアをノックした。中へ通すと、あの人は男Aの悪口を言いだした。そして、それは私も共感できるものだった。いつしか、私は、あの人に対して仲間意識みたいなものが芽生えていた。

 そして、あの人は提案してくれた。三人でジャンケンをして負ける可能性は通常1/3だけれど、私とあの人とで出す手を全く同じにすれば、男Aの負ける可能性は1/2にできる。私とあの人が負ける可能性は、それぞれ1/4とできて、男Aは私達より2倍負けやすくなる。

 私はアンフェアは嫌いだったが、男Aは目的のためなら犯罪だって犯すような小悪党だった。だからただちに男Aが死ぬべきだ、とまでは思わないけれど、1/4くらいは善良な私達が死ぬ可能性よりは高くてもいいとは思った。だから私はその提案を受けた。それでも1/4の罪悪に、良心がチクリとした。

 そして、生死をかけたジャンケンが始まった。

 最初の手はパーの予定だった。だが、じゃんけんの掛け声の後に広がった光景はにわかに信じ難かった。男Aとあの人が、チョキを出していたのだ。私の一人負け。あの人はニヤニヤと笑いながら私を見ていた。

 出す手を決めてから、男Aと組めば勝利の方程式は出来上がる。私は1/4の正当性ばかり考えていて、裏切られる可能性を考慮していなかった。

 それでも私が死なずに済んだのは、その後すぐに、あの人が、密室で死体として発見されたからだった。

 私は歓喜した。人を騙すような人には、やはり天罰が下るのだと思った。私はあの人を殺していないし、捕まることも当然なかった。

 数ヶ月後、私はひょんなことから、あの人のことを調べ始めた。すると、私のイメージとは、かけ離れた人物像が浮かび上がってきた。

 脆いほどに善人で、気高い。

 あの悪人が善人? この証言を信じるならば、ことの顛末はどうなるのだろう?

 密室殺人は、私を救うために自殺だった? では、あの策略は何だったのだろう? どうせ死んで他の二人を助けるつもりなら、最初から自死するという選択肢さえあったはずだ。そして、最も違和感があるのは……

 善人が人を騙すだろうか?

“あの人は善人である”とすれば、あの人は善行として、私のために、私を騙したはずだ。でも騙されたことで、あの時に私が得たのは、あの人への憎しみだった。

 ……そうか、わかった。わかってしまった。

 人は自分の生死がかかっている場合、他人を見捨てても基本的には許される。ただし、これは法律的な意味で許されるに過ぎない。見捨てた誰かに対して、一生、罪悪感に苛まれる人もいる。だから、理想的には法律的な容赦だけではなく、道徳的な容赦も必要になる。そのためには、見捨てた対象が、見捨てられて当然の存在でなければならない。

 だからあの人は、私にとって悪人となって死んだ。少なくとも男Aはあの極限状態でも図太く見えた。比べて、死の恐怖に怯えた私は、あの人の目には脆く映っていたとしても不思議ではない。命と心の両方を救うため、最も理想的に見える方法をあの人は選んだ。

 時に、本当の優しさは、一片の報いも求めてはいけない。

 最期の孤独を救済できるわけもなく、さらに、最期の一擲を台無しにするだけだというのに、その尊い孤高に私は今、横槍を入れてしまった。

 けれど、これで良かったと私は思う。あの人が、私を生かしたくれたのなら、私はその十字架をちゃんと背負って生きていたい。この世界から優しい魂が喪失されたことに気づかないまま過ごす方が嫌だと思うから。こんなにも優しい自死を嘲笑したまま一生終えるなんておぞましいと思うから。

 世の中には、誰にも気づかれないまま消えてしまう綺麗なものがあるらしい。それなのに、「私って綺麗でしょ」と少し宣伝しながら、私は今日もしぶとく生きている。

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