表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の森  作者: 上井椎
9/10

第8話 金緑の道と紅蓮の炎

 松明の灯りは、煌々と森の中を照らす。一方で、灯りの範囲の外は闇が色濃くまとわりついていた。心なしか、木がやけにザワザワ言っているように思える。

「やっぱり、火を持って入るのってまずかったかな……風もないのに……」

 ジェムが不安げに呟く。最初はいつになく堂々と先陣を切っていたが、次第に道の記憶に不安を覚え、すっかり及び腰になってしまっていた。

「この森の木は、凄く大きいんだ。下の方では確かに風が届かないけれど、空に突き出している辺りでは吹いているんじゃないかな」

 そう話すピーターも、表情が固い。

 ぴたりと、先頭を歩くジェムが立ち止まった。突然の停止に玉突きでフリップ、そしてピーターが前にぶつかる。

「どうしたんだよ、急に止まったりして」

「ごめん……フリップ、ピーター……僕、道を間違えたみたい……」

 震える指で指されたのは、一本の木の枝。そこには、ジェムが結んだ梱包用の紐があった。

 一度、通った道だ。

「嘘だろ……」

「とにかく、元来た道を辿ろう。一度、外に戻って仕切り直すんだ。紐が二手に分かれる場所があったら、その片方が帰り道だ」

「そんな時間……!」

「ここで迷い続けるより、ずっと確実だ」

 フリップの反論をぴしゃりと切り捨て、ピーターはくるりと背を向ける。

「ジェム。一応、もう一本その木に紐を結び付けておいて。どこから引き返したか、分かるように」

 目印の紐をもう一本結び付け、三人は元来た道を引き返す。しかし、歩けども歩けども、目印が二つ見える事はない。結ぶ間隔を空け過ぎたのだろうか。紐は松明の灯りの外にあって、見落としてしまっているのだろうか。

 大人達は、どこまで来ただろう。あちらは大勢での行列、フリップ達は近道を走って来たとは言え、さほど遠い道のりでもない。そんなに差はないはずだ。もしかしたら、こうしている間にも森へ辿り着き、火を点けようとしているかもしれない。

「ね、ねえ……こんなに狭い道だったっけ……?」

「……暗闇と道に迷った不安で、圧迫感を覚えているだけじゃないかな」

 ジェムとピーターが不安気に話す。ただでさえ葉を重ね合わせるほどに密集している木々は、その間隔をさらに狭めているように思えた。

 フリップの脳裏に、森の淵で見た大きな目玉が思い浮かぶ。葉に覆われた、拳大ほどもある二つの目玉。自分の魔法を伏せるため、ユリアが話したおとぎ話。

『昔々、古の時代、森には樹木を守る精霊たちがいて森を荒らそうとする侵入者を追い出していたの』

 フリップはぴたりと立ち止まると、大声を張り上げた。

「頼むよ、ユリアの所へ連れて行って! 火を持って来たのは悪かったよ。でも、俺達はこれがないと何も見えないんだ!」

「フリップ?」

「誰に話しかけているんだい?」

 ざわめいていた木々が、しんと静まり返る。

 フリップは確信していた。やはり、この森には何かがいる。ユリアではない、他の魔女でもない、何かが。彼らは、フリップ達を警戒している。ユリアに拒絶されてしまったからか、フリップが茂みをむしって森に押し入ろうとしたからか、ピーターが松明を持って来たからか、理由までは分からないが。

 どうにかして、フリップ達に敵意がない事を伝えなくては。しかし、言葉は通じないし、フリップ達には魔法なんて使えない。

「川を下ろう……小舟に乗って……」

 ユリアが歌っていた歌。言葉は通じなくても、音が同じだと言う事は分かるかもしれない。全く同じように歌えるほど覚えてはいないが、一か八か。フリップは大きく息を吸うと、歌い出した。


 魔女も人間も 手を取り合って

 冬には雪で 一緒に遊ぼう

 夏には川を 一緒に泳ごう

 進む道は違っても

 僕らは友達だから

 彼らは友を見送った

 また会える日を信じて

 友は彼らを残して行った

 また会える日を約束して


 うろ覚えの記憶に頼った、デタラメの歌詞。字足らずで不自然に伸ばしながらも、真っ直ぐな想いを音に乗せる。

 歌い終えると同時に、強い風が木々の間を吹き抜けた。

「うわあっ」

「まずい、火が消える!」

 ピーターが叫ぶも、なす術もなく三人はただ顔を覆う。吹き上げる枝葉の中、フリップは再びあの丸い双眸を見た。

 人型と言えるほど人間染みた姿ではない。言うなれば、大木に手足が生えたような姿。その手足も、顔も、全てが樹皮や葉で覆われている。それは明らかに動き移動していて、ただの変わった形の木ではない事は確かだった。

 一瞬の出来事だった。風がやみ目を開けてみると、動く大木は消え失せていた。ピーターが持つ松明の炎も消えてしまっている。しかし、辺りは闇一色ではなかった。

 木々が左右に分かれたかのように、ぽっかりと空いた一本の道。その地面や木の幹は、緑色に光っている。

「わあ、すごい……!」

「ユリア……? 彼女が道を作ってくれたのか……?」

「ううん。これは、ユリアじゃないよ」

 フリップは首を振り、光の道に足を踏み入れる。

「行こう。ユリアはきっと、この先にいる」


 光の道を抜けた先には、柔らかな芝生が広がっていた。芝生の向こうには、一軒の小屋。湖の向こう岸、ユリアの家の所に出たのだ。

 丸太を連ねた扉が開き、白いワンピース姿の少女が出て来る。フリップは、ぱあっと顔を輝かせた。

「ユリア!」

 ユリアは、フリップ達を見て目を丸くした。そして、再び小屋の中へと引っ込んでしまう。

「待って!」

 扉が閉じられる前に、フリップは叫んだ。

「ここから逃げるんだ、ユリア。町の奴らが、この森に向かってる。森を焼き払うって……。ここにいたら、焼き殺されてしまう」

 ユリアは背を向けたまま、佇んでいた。うつむいた背中に、フリップはなおも呼び掛ける。

「俺達、ユリアの事が好きだ。大切な友達なんだ。魔女だとか人間だとか、関係ない。ユリアがここを去ったって、俺達は君に会いに行くよ。約束する。ユリア一人を置いて、どこか遠くへ行ったりなんてしない」

 ぴくりと、ユリアの肩が動いた。

 ピーターが、フリップの横に並ぶ。

「君が僕達を信用できない、友達にはなれないって言うなら、それでもいい。でも、僕達は君を嫌うつもりも、見殺しにするつもりもないよ。逃げるのに僕達でも協力できる事があるなら、何だってする」

「……あなた達は、魔女が怖くないの?」

「怖いよ!」

 ジェムが真っ先に叫んだ。

「怖いよ。怖いけど……でも、ユリアが死んじゃうのは嫌だ!」

「暗くなった森で先頭に立って道案内してくれたの、ジェムなんだよ。ユリアのためだって」

「目印取っちゃったの僕だし……結局、迷っちゃったけどね」

 フリップの言葉に、ジェムは苦笑する。

 ユリアは振り返った。

「それじゃあ、どうやってここに?」

「森の木たちが、教えてくれたんだ」

 フリップは、光る苔に包まれた道について話した。

「ユリアの魔法じゃなかったのかい?」

 ピーターの問いに、ユリアは静かに首を振った。

「……歌が、聞こえて来たの」

「歌?」

「私の大好きなおとぎ話を元にして作った歌。歌詞は、デタラメだったけど」

 ピーターとジェムが、フリップを見る。ユリアの話は、フリップが歌ったあの歌の事に間違いなかった。

「お話は、途中で終わっているの。魔女達は森に残って、その先へは進まなかったから。でも聞こえて来た歌は、違った。残して行った魔女達の事を、気に留めてくれていた。魔女にも、先に進む希望を残してくれていた。

 ありがとう、フリップ、ピーター、ジェム。あなた達に出会えて、本当に良かった……」

 ユリアは、寂しそうに微笑った。

 その時、南の空が赤く光った。光は弱まる事なく、森の木々を照らす。フリップ達の顔に、焦りの色が浮かぶ。

「始まった……!」

「ユリア!」

 三人は、ユリアのそばへと駆け寄る。もう彼女は、逃げようとはしなかった。

 ユリアは、フリップ達ほど慌ててはいなかった。相変わらず表情は乏しく、それでもその瞳はどこか悲しげだった。

「ユリア。お友達とは仲直りできたかい?」

 小屋の奥から、声が聞こえた。ユリアは扉を開け放したまま、小屋の中へと入る。フリップ達も、その後に続いた。

 小屋の中は思っていたよりも暖かかった。しかし、暖炉や火の類は見当たらない。代わりに、そこかしこに金色に輝く光の玉が浮かび、熱を発していた。

 入って直ぐ目の前には、一枚板のテーブル。その奥に置かれたベッドに、上体を起こすようにして一人の老婆が座っていた。

「ユリアの、おばあさん……?」

 フリップの疑問符に、老婆は微笑みゆっくりとうなずいた。

「フリップ君だね。それに、ピーター君にジェム君。いつも、ユリアから話を聞いているよ。この子と友達になってくれて、本当にありがとう」

 優しそうな顔をした、どこにでもいそうな老婆だった。フリップは、ユリアが魔女だと知ってからというもの、おばあさんに対して黒い三角帽子に鉤鼻と言ったいかにもおとぎ話に出て来そうな容貌と言うイメージを抱いていた事に気がついた。

 ユリアが、一歩踏み出す。

「おばあちゃん、森が」

 ユリアのおばあさんはうなずく。彼女もまた、悲しげな瞳で窓の外を見つめていた。

「もう行った方がいいね。一緒に連れて行ける子達が、一本でも多い内に。その子達も、町へ帰してあげよう」

 ユリアは真剣な眼差しでうなずく。

「俺達も、何か手伝える事ある?」

「ありがとう。でも、大丈夫。ここから逃げるくらい、どうって事ない」

「でも、足が……」

「確かに私は足が悪くて歩けないけれど、だからって移動手段がない訳じゃあない。私だって、魔女だからね」

 ユリアのおばあさんは、誇らしげに言った。その顔に、焦りの色はなかった。

 ユリアはフリップ達を振り返り、微笑んだ。少しはにかむような、穏やかな笑みだった。

「今までありがとう……。私もフリップ達の事、大好きよ」

 青白い光が、辺りを包んだ。キン……と言う一瞬の耳鳴り。空気がうねり、足元を引きずられるような感覚がフリップを襲う。

 そして次の瞬間、フリップは寒空の下、降り頻る雨の中に放り出されていた。

 視界の端に赤い光を見とめ、急いで起き上がる。フリップがいるのは、農作物が刈り取られた後の畑の上だった。近くにはピーターもジェムもいる。

 そして、北に見える森が赤く燃えていた。

「……ユリア!」

 フリップは、森の淵まで駆け寄る。ピーターとジェムも、フリップの後について来ていた。

 森は赤々と燃えていた。飛び散る火の粉と熱気に、フリップは足を止める。下草や木々を這うように光る黄色い炎。霞むような視界の中、曇天の空へと火柱が上っている。元々薄暗い上に煙が立ちこめ、奥まで見通す事はできない。パキパキと言う木の燃える音の中に、時折ドサッと大きな枝が燃え落ちる音が混じる。どこかで木が倒れたのか、メキメキと言う連続した音の後に、ずしんと重みのある音も聞こえて来た。

 フリップは何もできぬままその場に立ち尽くし、ユリアの森が燃え行くのを呆然と見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ