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魔女の森  作者: 上井椎
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第7話 大人たちの決議

 畑の間を抜け、橋を渡り教会の前まで来ると、広場に大勢の人が集まっていた。フリップとピーターは顔を見合わせ、そちらへ駆け寄る。人々の輪の端に、ステラの姿があった。

「ステラさん!」

 眼鏡を掛けたショートカットの女性が振り返る。フリップに気付くと、彼女は安堵した表情を見せた。

「良かった……! フリップ君、無事だったのね。あんな事言っていたから、森へ行ってしまったんじゃないかと気が気じゃなくて……。

 ホフマンさん! 息子さん、帰って来ました!」

 輪の中央に向かって、ステラは叫ぶ。人垣が割れ、フリップの両親がやって来た。ピーターやジェムの親も一緒だ。ピーターの母親は、息子を見るなり強く抱き締めた。フリップは、同じように抱き締めようとする自分の母親の腕を逃れる。ジェムの母親はきょろきょろと辺りを見回していた。彼の家に父親はおらず、母親だけだった。

「うちの子は? 一緒じゃないの?」

「あー……ちょっと、喧嘩して……。でも町へ帰って来てるだろうし、心配はないと思うよ。

 どうしたんだよ、一体。何かあったの?」

 フリップの父親が、険しい顔をして言い放った。

「北に森があるだろう。あれを、今夜焼き払う事になった」

 フリップは、ポカンと父親を見上げていた。

 今、彼は何と言った? 焼き払う? 森を? ……ユリアの住む場所を?

「ステラ達から、聞いたそうだな。お前には黙っているつもりだったが、北にあるあの森には魔女が棲んでいるんだ。これまでは噂だけで特に目立った害もなかったから、関わらずにいれば問題ないだろうと放置していたのだが……隣町が全焼させられたとなれば、放っておく訳にもいかない。下手に手を出して報復される事を恐れる声もあったが、やっと意見がまとまったところだ」

 フリップは、呆然としていた。ピーターも、愕然と大人達を見つめるばかりだ。

 フリップの父親は、声を張り上げ拳を突き上げる。

「もう、魔女に怯えて暮らすのは終わりだ! 隣町の人々の無念、今こそ我々が晴す時!」

 空気を揺るがすような雄叫びが、広場に響き渡る。腕を突き上げる者達の中には、見慣れない顔もあった。隣町の火災から逃げ延びた人々も、この場にいるのだ。

 フリップの父親が先導し、大人達は広場を出て行く。その手には各々、松明や斧が握られている。

 フリップは我に返ると、駆け出した。両手を広げ、父親の前に立ちふさがる。

「フリップ。何の真似だ」

「ダメだ! 森を焼き払うなんて、そんな事絶対にさせない!」

「俺の息子のくせに、魔女の報復を恐れるか。情けない……」

「違う! ユリアは隣町を燃やしてなんかいないし、俺達に報復なんかしない!」

「ユリア? お前はいったい、何の話をしているんだ。魔女にあったのか?」

 眉根を寄せる父親に、フリップは叫ぶ。

「そうだよ! あそこにいるのは、俺達と歳の変わらない女の子だ。大人しくて、控えめで……絶対に、町を燃やしたりとか人を殺したりとかできるような子じゃない!」

「魔女に惑わされたか。よくも、俺の息子を……」

「違う! 俺は正気だ! 惑わされてもいないし、憑かれてもいない! なんでだよ! ジェムも父さんも! なんで、魔女だってだけで……」

 いきり立つフリップの肩に、ぽんと手が乗せられた。ピーターだ。彼は、フリップの父親をキッと見据える。背の高いピーターは、大人ともそう目線が変わらない。ピーターの父親は、気圧されたように口を噤んだ。

「僕も、森に住む彼女の事を知っています。僕らはここ数日、ずっと彼女と遊んでいました。決して、惑わされた訳じゃない。彼女への警戒心も、魔女ではないかと言う疑念も、不自然に消え失せるような事はなかった。僕らは、自分の意志で彼女と友達になり、彼女に危険はないと判断したんです」

 筋道立てて話したピーターの言葉は、魔女への怒りに満ちた大衆へは届かなかった。

「そんな……呉服屋の坊ちゃんも、魔女のまじないに掛かって……」

 ステラと共によくフリップの店に来る女が、愕然としたように嘆く。

「違います! 僕もフリップも、惑わされてなんかいない。きちんとこの目で見て、自分の頭で判断した上で……」

 誰も、ピーターの言葉を聞いてなどいなかった。道の真ん中に佇むフリップ達を押し退け、大人達は森の方へと進軍して行く。

「待って! やめろ! ユリアは何も悪くない……!」

 尚も止めようと大人達の背中に向かって叫ぶフリップの肩を、ピーターが強く叩いた。

「無駄だよ。頭に血が上って、冷静な判断を見失ってる。僕達が何を言ったって聞きやしない」

「それじゃ、このままユリアが殺されるのを黙って見てろって言うのか!?」

「ユリアに知らせるんだ。あの森から逃げるように言うんだ。彼女には、故郷がある。行く当ての心配もない。足の悪いおばあさんの事だって、ユリアは魔女だ。僕達を森から追い出した時みたいに、何とか連れて行けるはずだ。

 万一見つかっても、大人達はユリアの顔までは知らない。あの森の中で見つからない限り、人間のふりをして紛れる事だってできる」

 フリップはうなずくと、ピーターと共に森へ向かって駆け出した。

 橋は、大人達がぞろぞろと行列になって渡っていた。フリップとピーターは、橋より少し離れた所で川の中に頭を少し覗かせて立つ石柱

を跳ぶようにして渡る。路地裏を抜け、畑の間の畦道を通って、森の前へと辿り着いた。空はいよいよ暗くなり、黒い雲が重く垂れ込めていた。大人達の持つ松明の灯りは、まだ広大な畑の向こうだ。

「テスト用紙を結びつけた所から入るんだ! 僕らは通っていた道とは別の場所から追い出された。あの辺りはもしかしたら、まだ通れるかもしれない」

 二人は、いつもの茂みの低い一画へと向かう。そして、はたと足を止めた。

「……そんな!」

 茂みの前に、白い山があった。結びやすいようくしゃくしゃに捻られたたくさんの紙と、梱包用の白い紐。フリップ達が、ユリアの住む湖畔までの目印として木々に結びつけていたもの。

 フリップは、がくりとその場に膝をつく。

「そんな……ユリア、全部外しちゃったんだ……」

「いや……ユリアじゃない。これが、森の外に、ここに置かれているって事は……」

「……やっぱり、来たんだね。また魔女に会うために」

 畑に放置された猫車の陰から、ジェムが姿を現した。フリップは、ピーターが言わんとする事を理解した。ユリアがこの目印を外して帰ったならば、紙や紐は森の中にあるはずだ。それがここに置かれていると言う事は、これらを外した人物は奥から外へと順に外して言ったと言う事。

「ジェム……お前なのか? 目印を全部外したのは!」

「目印があったら、また二人は魔女の所へ行ってしまうと思ったから」

 フリップと喧嘩したジェムは、町の方ではなく森沿いに去って行った。真っ直ぐにここへ来て、フリップが茂みの壁と格闘している間に湖への道を絶っていたのだ。

 どうしてこんな余計な事を。そう怒鳴ろうとして、フリップはやめた。

 どうしてこんな事をしたのか。答えは明白だ。フリップと、ピーターのため。二人が、森に棲む魔女の所へもう行こうとしないようにするため。

「……ごめん、ジェム。臆病者なんて言って」

「え……あ、うん……どうしたの、突然?」

「ジェムは、ただ俺達を守りたかっただけなんだな。あんなに怖がっていた魔女の森に一人で足を踏み入れてまで。

 でも、俺達はユリアに会わなくちゃならないんだ。じゃないと、ユリアが殺される」

「こ、殺される? ユリアが?」

 突拍子もない話に、ジェムは目を白黒させる。フリップは、真剣な顔でうなずいた。

「この森が、焼き払われる事になったんだ。ここ最近大人達が話していたのは、そのことだったんだ。今、こっちへ向かって来てる。ユリアを逃がさなきゃ」

「でも、目印を外しちゃったんじゃ、ここから入るのは無理だね……」

 ピーターは、顎に手をやって考え込む。

「とは言え、ユリアの方から道を作ってくれる可能性はゼロに等しいし……」

 フリップは、畑の向こうを振り返る。こうしている間にも、大人達はじわじわとこちらへ近付いている。一刻の猶予もない。

 フリップはしびれを切らし、森へと足を踏み入れた。

「フリップ?」

「ぐだぐだ言ってる時間なんてないんだ。毎日通っていた道なんだ。目印なんてなくたって、何とかなるさ」

「そんな、無茶だ!」

「それに、この森にはユリアがいるんだ。あいつが俺を見つければ、少なくとも迷わないようには気を利かせてくれるさ」

 フリップは、木々の向こうの闇を見据える。元々暗い森は、陽がかげった事でわずかな光源さえも失い、文字通りの真っ暗闇だった。本当にここがいつも通っていた道なのかさえ、判断がつかない。

「待って、フリップ」

「何だよ、ジェム。お前が何を言おうと、俺は行くからな」

「分かってるよ。僕が先に行く。フリップは勘に頼り過ぎる所があるから。僕は、ついさっきまでこの道を往復していたんだ。それに二人より怖がりだから、いつも辺りを見回してばかりいた。道も、僕の方が覚えてると思う」

「ジェム……」

 フリップは、背の低い親友をまじまじと見つめる。ジェムは、少し照れたように視線を落とした。

「魔女はまだ怖いけど、でも、だからってユリアが殺されるのは僕も嫌だから……」

 フリップとジェムは、残るもう一人の親友を見上げる。ピーターは、人差し指で眼鏡をクイっと上げ、溜息を吐いた。

「明るく晴れた日に行くのとは訳が違う。ユリアの魔法を頼りにしたって、彼女が僕らを見つける前に火を点けられたらそれまでだ」

「文句があるなら、無理に行けとは言わないよ。ここにいて、少しでも大人達が火を点けるのを遅れさせてくれれば……」

「何言ってるんだよ。明かりも持たずに行くつもりかい?」

 そう言うとピーターは、鞄の中から松明を取り出した。

「それ……」

「さっき、広場で積んであったなかから拝借しておいたんだ。ジェム。焚き火の時のマッチ、まだ残ってたよね」

「うん」

 ジェムは急いでマッチをポシェットから取り出し、ピーターに手渡した。

 闇の中を揺らめく幾つもの松明は、畑の間の道をもう半分も進んで来ていた。

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