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魔女の森  作者: 上井椎
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第5話 ひとときの夢

 翌日、フリップ達三人は、約束通りユリアの元を訪れた。昨日と同じ場所に腰掛け、同じように素足を水の中に下ろしていたユリアは、三人の姿を見て目を丸くした。

「……本当に来たの」

「だって、約束しただろ」

 ニカッとフリップは笑いかけ、今度こそ水に濡らさずに持って来たマフラーを差し出す。ユリアは、やや躊躇いがちに、それを受け取った。

 次の日も、そのまた次の日も、三人は森を訪れた。ユリアは次第に笑顔を見せることが多くなり、少しずつ口数も増えていった。

 湖は広く、複雑な形をしていた。フリップ達はユリアと共に湖畔を歩いたり、横倒しになった木を橋代わりにして湖の中央にある小さな島を探検したりした。

 フリップ達は、森の外の話をユリアに話して聞かせた。教会の地下に広がる回廊、迷路のように入り組んだ路地裏、橋を使わずに川を渡る道、星空に最も近い丘……これまでに探検した場所を、余す事無くユリアに教える。

 ほとんどフリップ達ばかり話していたが、時折ユリアが話をする事もあった。ユリアは、湖の向こう岸にある小屋で、おばあさんと二人きりで暮らしているのだと言う。ユリアのおばあさんは足が悪く寝たきりのため、フリップ達の前に姿を見せる事はなかったが、そのおばあさんから聞いたおとぎ話をユリアは三人に話した。ユリアの話はどれも不思議なものばかりで、ピーターさえも本で読んだ事のないものばかりだった。人間とは違う不思議な生き物達の話、猛り狂う大きな川、湖の底から現れる国、前世の恋人を探す王子様。そのどれもが、フリップの好奇心をくすぐった。

 初日のあの帰り道以来、危険な目に遭うことはなかった。湖までの道にもすっかり慣れて、魔女の噂など根も葉もないただの噂だと思うようになっていた。

「私、マフラーを返したらもうあなた達はここへは来なくなるだろうと思っていた」

 ある日、いつものように森の奥の湖を訪れた三人に、ユリアは言った。

 四人は、高い木の枝に腰掛けていた。比較的足場が多く、上りやすい大木。そこからは、森の中に広がる湖とその中央にある、鬱蒼と木の茂る小島、そして向こう岸に見えるユリアの住む小屋まで一望する事ができた。

「この森が何て噂されているか、知らない訳じゃないもの。それにあなた達は、最初に森に入ったときに怖い思いをしている。もちろん地図なんてないし、ジェムのコンパスも効かない。いくら目印を付けて来ているとは言え、その時みたいに目印を付けた木が動いてしまったら、あなた達は帰り道が分からなくなってしまう。だから……」

「俺達は、探検家になるんだ。それぐらいで怖がってなんかいられないよ。この森は、まだまだ探検し足りない所がたくさんある。それに、友達だっているんだから、来ない理由なんてないだろ?」

「友達……」

 ユリアは目を瞬く。ジェムが身を乗り出して無邪気に笑った。

「ユリアは、僕らの友達だよ。だって、いつも一緒に探検してるじゃない」

「そうだ! 俺達が探検家になったら、ユリアも探検隊の一員に入れてあげるよ!」

「いいね、それ!」

「二人とも、勝手に進めちゃ駄目だよ。ユリア自身は探検家になるなんて一言も言ってないんだから」

 ピーターに指摘され、フリップはユリアを見る。彼女は、暗い顔をしていた。

「……ユリア?」

「いいな……。私、駄目なの。皆と一緒に探検家になる事はできない」

「やっぱり女の子は、探検家とかなりたいとまでは思わないかあ……」

 ジェムが残念そうに言う。ユリアはフルフルと首を振った。

「そうじゃないの。私、もうならなきゃいけないものが決まってるの。フリップ達が羨ましいな。自分のなりたいものがあって、それを目指すことが許されていて」

 そう言って、ユリアは微笑む。寂しそうな笑顔だった。

「……親の仕事を継がなきゃいけないとか?」

 ピーターの質問に、ユリアは首を振った。

「お父さんも同じ仕事だから、似ているのかもしれないけれど。でも、違う。私の故郷ではね、素質を持つ人は皆、その仕事に就くように義務付けられているの。だから私、来年にはそのための学校に通わなくちゃいけなくて……。おばあちゃんを、ここに一人だけ残して行く事になっちゃう」

「ここから通えないの?」

「無理だよ、フリップ。ただでさえ、こんなに広い森なんだ。その上、そんなしきたりのある町、この辺りでは聞いた事がない。遠い所なんだろう」

 ユリアはこくんとうなずく。

 いつもの無表情。でも、どこか寂しそうな。

 つらいのに、苦しいのに、彼女はそれを押し殺そうとする。自分ではどうにもできないことだと、あきらめている。

 フリップはぐっと拳を固く握り締めると、立ち上がった。

「よしっ! おばあさんの事なら、僕らに任せてよ! 俺達が毎日様子を見に来るよ。それにユリアだって、俺達が会いに行く!」

「そんな、ユリアの故郷がどこかだって分からないし、通えないぐらい遠い場所だって言ってるのに……」

「場所なら聞けばいい。距離だけで行くのを躊躇うなんて、そんなの探検家になる資格なんてない!」

「……それもそうか。学校のある場所なら、少なくとも地図はあるって事だからね。この森を探検するより、ずっと容易い場所だろう」

「故郷の場所を教えてよ、ユリア」

「……ダメ!」

 ユリアは、ぎゅっとスカートを握り締めていた。

「ダメ。あなた達が来たら、殺されちゃう。来ちゃ、ダメ」

 思いがけぬ言葉に、フリップも、ピーターもジェムも、唖然としていた。

「本当は、もっと早くに言わなくちゃいけなかった。あなた達を来させちゃいけなかった。嬉しかったの。私に会いに来たって言ってくれて。名前で呼んでくれて。でも、ダメ。もう、ダメなの」

 ユリアはスルスルと木を降りて行く。フリップ達は、慌てて彼女を追い駆けた。木を降り、少し進んだ所で彼女は立ち止まった。その場に佇んだまま、振り返らずに彼女は言った。

「……もう、来ないで」

「え……」

 ユリアは駆け出す。フリップは、その後を追った。

「ユリア! 待って、ユリア!!」

 ユリアは森へと入って行き、その姿をくらました。それでも名前を呼び追って行こうとしたフリップの腕を、ピーターが掴んで引き止めた。

「放せよ! ユリアを追うんだ! ユリア! ユリア! 戻って来てよ、ユリア!!」

「無理だよ。ユリアは見失っちゃっただろう。この先に目印もユリアの案内もなく入ったら、迷子になってしまう。それにきっと、また最初の日の帰り道みたいな事になる」

「どう言う事だよ!?」

「……帰ろう。彼女はここに住んでいるんだ。きっとまた明日、ここに来れば会えるよ」

 フリップは暴れるのをやめ、ユリアの消え去った方を見やった。木々は密集して身を寄せ合い、湖の周りとは正反対の闇がそこには広がっていた。

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