『灯台もと暗し』
彼女には表情が無い。つるつるで卵の表面の様だ。だから僕は彼女を調べたい。僕だけにそう見れる訳を知りたいから。
気になる人がいる。この感情をどう表現していいのか分からないが、きっと『好き』という感情ではない。彼女の名前は『相川 美由紀』、まぁ普通だな。容姿は…まー普通の女子高校生みたいなカンジだと思う。無難に出るトコ出てて、流行もんのストラップとかカバンに着けて、ずっとスマートフォンいじってるような普通の女子。ただ…一点を除けばだけど…。
彼女には表情が無い。…いや感情表現が苦手な子という意味ではなくて、本当に俺には彼女の顔が見えないんだ。角度の問題とかじゃなくて、能面に近いのか?表情が分からない。つか…卵みたいに表面に何も無い。ツルツルなんだ。
「お前それ笑ってんのか?」
放課後、彼女が教室に一人だったから聞いてみた。
「何それ…ナンパしてんの?」
「んー…」
いや、好きでは無いが…気になってしょうがない。今もコイツがどんな顔して俺に質問したのか分からない。はがゆい…!
「よし、そういう事にしよう。で、笑ってんの?」
「べ、別に普通だけど」
「フーン」
次の日の土曜日、
「ごめーん、待った?」
彼女の事を知るためには、付き合うのが手っ取り早いと思った。しかし、待ち合わせた時間は12時の筈なんだが…今は1時である。待ち合わせに1時間遅刻だと…、この女。…相変わらず表情は無いようだ。本当に反省しているんだろうか?
「別に…」
「そう?じゃ、さっさといこ!」
…。今日は普通のデート。俺から言わせて貰えば観察。不思議な生き物の観察。
「今どんな気持ち?」
「は?いきなり何?別に…普通だけど」
表情が読めない。声の調子で合わせるしかねーのか。ってかコイツどんな顔だろう?友達は普通だと言ってた気がする。可もなく不可もない感じか。
ここはガ○ト。彼女がお腹が空いたとうるさいので(金ねぇんだよ)、俺の財布が許せる店に入ったという訳だ。
「えーガ○トー?超行き過ぎて飽きたしー!」
「いや、マジ金ねぇんだって…」
空気を読んでくれ。彼女は渋々俺の頼みを承諾し、店にはいることに。
「アタシはこれとこれと…あとこれと…デザートにパフェ!」
物凄い食べる女だな。じゃあ俺はこの『チーズ入りハンバーグステーキ』にしよう。つーかガ○トに来たらハンバーグと決めている。数分後食事が運ばれて来た。それまで彼女のマシンガントークに付き合わされ、やっと食事にありつけると思いきや。
「そっちの方が美味しそう、替えて」
と言われた。これはあの時の気持ちに近い、家に置いてあったミ○タードーナツの箱を開けたら全部一口づつ姉にかじられていたあの時と。姉曰く、
「一つ分しか食べてない」
だそうだ。
「アタシの奴も食べていいよ」
いや、そーいう事じゃなくてな…もういいわ。くそ…コイツどんな顔してんだ…?教えろ。
「あー、お腹一杯。ねね!次、どこ行く?」
どこへなりと行けよ、もう。そんな心境の中、とどめの一言。
「当然おごりだよね?」
彼女の嫌な部分を書き連ねたら辞書サイズの書籍になりそうだ。出版したら…売れそうも無いな。取り合えずあの後、俺は映画を見たり、カラオケしたりした。あ、さすがにこれは割り勘にした。
付き合って三日だが、彼女のいい所が見当たらない。てか俺スゴくない?顔の無い女(他の人には普通に見えるらしいが)と、表情が分からない女と三日も過ごせるなんて。
最初はガンガン連絡を取り合い、ガンガンデートに行ったんだが、次第に数が減り、一ヵ月後にはまるで「え、遠距離恋愛ですか?」って位に連絡を取らなくなっていた。薄々、ああ…もう飽きられたなと思った俺はこのままカップル解消も近いと…というか現在俺達はカップルなのかという疑問さえ抱く様になった。そんな中、数日後の日曜日の事。
彼女が知らない男と歩いていた。うわ…ほんと最低。最低な女。嫌いなタイプだわ。彼女も俺に気付き、驚いた表情を見せた。俺はそのまま彼女の横を通り過ぎた。
家に帰って携帯を弄りながら音楽を聴いていたら彼女からメールが来た。内容はこう。
何か言う事あんじゃないの?
あんな光景を見せといてよく言う。俺は去る者は追わない主義だから。そう返信した。
は、去ったのはアンタじゃん。
は?何言ってんのコイツ。俺は浮気してないんですけど。一緒にすんな。
だってアンタいっつもアタシの顔しかみないじゃん。趣味の話も、友達の話も、好きなお笑い番組だってそう。アタシの顔を見る目だって恋人を見る目じゃないし、興味本位で見てるでしょ。
何でそう思う。
私がアンタの知らない男と歩いてたの、アンタ見てたでしょ?普通の彼氏なら、アタシの事好きな彼氏ならあの場で怒るハズでしょ?でもアンタは怒らなかった。で、あの時思った。別にアタシの事なんか好きじゃないんだって。
…。
アンタには元々アタシへの気持ちが 無いのよ。こんなの恋人同士の関係じゃない。アタシもう嫌。
別れんのか。
ホラ、やっぱりそうじゃん。好きなら引き留めるもんね、フツー。そんなに別れたいなら別れてあげる。全部アンタのせいだから。アタシ悪くないから。
それから彼女との連絡は途絶えた。
「それから、あの男の人はお兄ちゃんだから」
そのメールを最後に。
知るかよ。…確かに俺は彼女の顔ばっかり見てた。まあそれは悪かったと思う。好意的より好奇的な目で見てたかもしれない。…でもさ、回りくどい事すんなっつの。はっきり言えばいいじゃん。大体人におごらせたり、彼氏の飯つまんだり、知らん男が兄だったり(?)、いつも空気読まないくせに繊細とか…。何かその晩は一日中元彼女の愚痴をこぼしていた。あ、いや別に好きじゃなかったからいいけど。本当好きじゃないから。嫌いなタイプだわ。
いやホントに。
「お前は馬鹿だ」
俺の恋人バナを聞き終えた後友達はそう言った。
今はホームルーム前の朝の教室。俺と友達は学校に家が近いから、その気になればこんな早い時間に登校出来る。のでしばらく俺の恋バナに付き合って貰っていた。
「はぁー?何で俺?」
「まわりくどい言い方は、お前に気がついて欲しいからに決まってんじゃん。」
「は、知らんし」
面倒臭い女だなぁ。
「…お前、もう一生彼女できないわ。可哀想に」
うるせー、年齢イコール彼女いない歴のお前に言われたくネーヨ。
教室のドアが開く、そこには見た事も無い女子生徒が立っていた。ウチのクラスにあんな子いたっけなー?まー顔は普通だな。いや、ちょっと可愛いかも。
「…おはよう」
ん?誰に言ったんだ?ここには俺と友達しかいないし、
「何?怒ってんの?」
「へ、俺?」
「…やっぱむかつく。まだ引きずってんだアンタ」
そう言って『知らない顔』の彼女は席に戻る。アレ?あそこは相川の席…。」
「何で何もいってやらねぇんだよ」
小声で友達は俺に言う。
「え、あ…え?」
「お前元カノは本当に嫌いだったのか、俺はてっきりのろけ話かと…」
「あ、あいつ」
「ん?」
「あいつ…あんな顔してたのか…」
呆れる友達の顔を見ながら俺は呟いた。
後日の話。神のイタズラか悪魔の罠なのか、彼女と掃除当番が一緒になった。
「…」
「…」
「…ちょっとそこの塵取りとってよ」
「…」
こうゆうとこ真面目なんだよな…。
「無視とか、もういいし!自分で取る!!」
「お前それ笑ってんのか?」
俺には今怒っている彼女の顔が見える。…塵取りを取ろうとした彼女の手が止まる。
「…アンタにはどう見える訳?」
「怒って見える」
「普通よ」
「俺は今どんな顔してる?」
「…普通だけど」
「そうか」
俺の返事を聞いた後、ふくれっ面で彼女は聞いてきた。
「何それ…ナンパしてんの?」
「んー…」
「そうだ」
自分が一番嫌いな人に取る行動は何だろうと考えた。僕は『無視』だと思う。嫌いな人の悪口を言うやら、陰口を言うやら、暴力で訴えるやら色々あるだろうけど、やっぱり一番は無視じゃないだろうか。
次に僕は初めて会った人の印象をどの場所で判断するのかを考えた。それは『顔』。顔だ。いやいや顔しかあり得ないのだよ。人は顔だ。それを失礼だと思うかい?だったら君は失礼な人間です。貴方の心はブサイクです。そもそも顔に優劣をつけているから『人を顔で判断する事』が失礼だと思うのですよ。人によって好きなブスがいれば嫌いな美人がいるものですから。
私が嫌いなブスは、出っ歯でデブで髭が生えてても気にしない女です。嫌いな美人は下品な女です。好きなブスは愛嬌があって明るい女。好きな美人は落ち着いていて聡明な女。
だからこそとことん嫌いな何の興味無い女と付き合う男の話を書いてみました。突き詰めると一番嫌いな相手とは『何の興味も沸かない存在』だと僕は思う。話で出てきた彼は彼女の顔に興味を持ちます。彼は彼女の顔を『卵の表面みたいにツルツル』だと言いました。あれこそ僕の言う極限まで興味がない人物です。極限に嫌いな人物。最後まで彼は見えなかった原因に気がつきませんでした。無視しきれない彼女の嫌な部分に気づき、気がつけばもう彼女の虜です。
この作品で伝えたい事は、一番嫌いな相手とは何の興味も沸かない存在。ではなく。そもそも嫌いなのは相手の事を知らないからという事です。もっとも…嫌いだから知りたくも無いが近いですかね。しかし嫌いな部分はもしかしたら自分が共感出きる部分だったり、自分に似た部分かも知れません。だからこそ嫌いな人程知りたくないのかもしれません。似た部分が多いからこそ、好きになる要素が多いかもしれませんから。だから僕はやっぱり『無視』するんでしょうね。
嫌いな人を嫌いでいる為に。