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白いスカートにすがり付くようにハロルが泣いていた。
すんすんと鼻をならしているし、肩が震えているからには泣いているはずだ。俺には見えなくとも。
俺が見えているのは長いスカートに覆われた膝に頭を乗せている小さな頭。と、それを撫でる白くかぼそい手の持ち主が困った顔をしているところだ。
困った顔、というのは俺がそう認識できるようになったからそう見えるのか、本当に誰の目にも困ってる顔で映っているのかどちらかもう見当もつかなくなった、困った顔だ。
そう見られる表情ではないのにはっきりしているなと今現在の状況から逃げるように思う。
「はぁーるー」
頼りなさそうな声が、恐らくは、ハロルを慰めるつもりで呼び掛けた。
だがハロルは泣き止まない。
放っておくわけにもいかず、俺は言った。
「何時から泣いてんだ?」
俺も大概動揺している。くだらなくてどうでもいいことを訊いた。
「さ、っきから。ずっと」
律儀に答える辺り、向こうも見た目以上に困り果てて、弱り果てているのかもしれない。
作り物のような整いすぎた指先がハロルの黒髪をすく。
作り物だなどと口に出したら余計にハロルは泣くかもしれない。
石でも生きているから生きた石なんだ。それは十分知っている。
「モジュール、アリスが消えたって?」
ハロルを撫でながら、モジュールは首を振る。いない、と言いたいのは表情をみれば分かった。
ここに来るまでの間、アリスはやはりどこにもいなかった。
一体いつ姿を消したのか。
詳しいことはハロルに訊かなければわからないわけだが…。
「ユイス、はどうするの?」
じ、っとモジュールが揺らめき見せない目で俺に問い掛ける。
答えは簡単だ。何しろ行方不明になった当人が、行方不明になる前に俺たちにどうするべきか、どうして欲しいかを既に伝えているんだからな。
そして、そんなのはこの村にいる人間全てが知っている。常識だ。
だから今日に限って、誰も出て来やしない。皆がひっそりと、俺たちを見守っている。
ここに長はいないが、長と呼べるのはアリスで、アリスの、命より大事な宝物がハロル。
俺とモジュールは、村の開墾初期からの仲間で家族みたいなもんだった。
だからアリスが大事にしてるものは守るべきと理解していて、アリスがそうしろと言うならそうするのが正しいと熟知している。
村を守れ。ハロルの命を優先しろ。
間違っていない。ハロルは村にとってなくてはならなくて、だから村のためにもハロルを守る。分かりやすい、理論的だ。
それにアリスがなんでいなくなったか、なんて理由はひとつだ。ハロルを守るため。最初から、あいつはそう言って、言い続けてきた。
だからハロルを危険から遠ざけるために、ハロルが言い出すかもしれないことに協力しない。これが 最善な選択肢だ。俺はそれを冷静に理解している。
「ユイス?」
再び、問い掛ける。
どうしたらいいのか、と訊いているようで全然違う。
そう思うのは、俺だってもう決めてるからだ。
「アリスを、探しにいこう」
モジュールの膝から跳ねるように顔を上げたハロルの目から、涙が引っ込んで。
一瞬遅れてぽろり、と零れ落ちる。