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レガイア  作者: Alche
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第一章  出会いは強制連行?



 とある警察署から一人の少年が現れる。ブレザーの制服を着ていると言う事は中学生か高校生のどちらかであろう。背丈は中学生とすれば少々高く、高校生とすれば平均的である。目元はサングラスによって隠されていて不明であるが、端整な顔立ちの持ち主である。

 その少年が後ろに反転する。少年の後ろには一人の警察官がいた。警察指定の制服を着ていない事から詰め所などに配属されている警官ないであろう。推定年齢四十代って所か。少々面立ちにしわの痕が残っている。一見、近所のおじさんにしか見えない。


「ったく。少しは自重と言う言葉を覚えないかね、龍志君」


 その警察官が「やれやれ」と肩を竦ませて言って来る。その言葉から考えると龍志と呼ばれた少年が警察にお世話になったのは一度や二度じゃ無いのだろう。


「度々とご迷惑を掛けて申し訳ありません」


 龍志は腰を折って謝罪する。


「と思うならば、喧嘩は控えて欲しいんだがね。……ま、そのおかげで連続強姦魔を逮捕出来たから良かったものだが」


 と言った途中で「いやいや」と言いながら首を振り、自分の言った言葉を撤回する。


「ともかく、これ以上は喧嘩を控えてくれよ。いつか本当に洒落にならない事態に陥ってしまうからね」

「肝に銘じておくよ、雪城さん」


 では、と一礼しさっさと警察署から離れていく。龍志を呼び止め様とするが龍志の背中はあっと言う間に遠退いてしまった。




 龍志は自分の家に到着し、家に入ると直ぐに唖然として突っ立ったまま動こうとしなかった。


(……ここは俺の家だよな?)


 と、思わずここが自分の家だったのが疑わしくなるが、家賃三万の木造のアパートに住まう人物など自分しかいない。

 よって、鍵が唯一開いている部屋は新城とプレートが掛けられた龍志の部屋しか無い訳で、ここは間違いなく自分の住まいである事は間違いない――のに、家具やらこの部屋に置かれていた自分の荷物が一つ残らず無くなっているのはどう言うことであろうか。


(まさか、空き巣か?)


 それはありえないと断定する。こんなボロアパートの住人の部屋に入ってもそれ相応の収穫は先ず考えられない。そんな危険を冒してまでするバカはいないはず。それに、その様な形跡はどこも見当たらない。


「オイオイ。いったい、何の冗談……だ?」


 突然の事態に訳が分からないと眼を点にしている龍志の背後からドアが開かれる音が耳に届く。龍志がいる今、この部屋に入ってくる人物などいないはず。だったら、今自分の部屋のドアを開けた人物は何者であろうか。

 龍志はバッと後ろを振り向く。直ぐに行動に移せるように身構え、自分の家に入った人物を見遣る。そして、再三眼を丸くさせた。


「新城龍志さんですね?」


 龍志に問いかける人物は一人の少女であった。龍志と同年代ぐらいであろう。ただ、少女から感じられる空気がどこかしら実年齢不相応の淑やかさが感じ取られる。纏う空気もそうだが、それ以上に眼を奪われたのは少女の服装に合った。

 濃紺のワンピースにフリルの着いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレス。白いフリル付きのカキューシャを付けており、どこからどう見ても彼女が着ている格好は俗に言うメイド服と言うものであった。


「そ、そうだが。キミは?」


 酷く間抜けな声を上げて問う。

 少女は「申し送れました」と深々と腰を折った。


「私、瑞野雪香と申します。今日は、あなた様をお連れに参りました」

「俺を……連れに?」


 いったい何の話だ、と言う前に雪香が言う。


「はい。どうぞ、龍志さん。こちらに」


 龍志は疑問符を浮ばせたまま雪香の言葉に従い、促されるままに家を出た。




 家を出ると待っていたのは龍志とは一生縁が無いだろうと思っていた一台の車、後部座席部分の全長が延ばされ、太陽の陽光を反射させる黒塗りの俗に言うリムジンと呼ばれる豪華車が待っていた。

 運転手と思われる老師が横に立っており、龍志を見ると深々とお辞儀をしてくる。


「さぁ、龍志さん」


 どうぞ、と告げて後部座席のドアを開いて待っている雪香に龍志は待ったの声を上げた。


「先に一つ質問してよいか?」

「なんでしょうか?」

「どうして、俺の名前を知っている?」


 人の名前など調べれば簡単に分かることであろう。だが、それをするメリットがどこにあるであろうか。新城龍志と言う存在は他人に調べられて損得勘定が動くほどの存在ではない。


「それは私の口から聞くよりも、お呼びしたご本人にお聞きください。きっと、嵐城様もお待ちかねです」


 自分の事を待っている? そんな人物に覚えなどないはずだ。

 龍志はどうするか思考を働かせるが、この状態をどうこうする手段がない。それに、わざわざ迎えを来させて自分に会いたいと言う人物にも興味が湧いている所であった。

 軽く頷き、龍志はリムジンに乗る。妙に柔らかい座敷に戸惑いながらも、続いて座る雪香を見遣る。


「いったい俺をどこに連れて行くつもりだ?」

「直ぐに分かりますよ」


 雪香はそれ以上答える事無く、運転手に「出してください」と言う。




 車に乗ること二、三時間は経ったであろうか。既に回りは都心から遠く離れており、窓から覘かれる光景は緑一色であった。

 若葉が茂る木々が通り過ぎ、道もアスファルトやセメントで舗装されておらず、車が走るたびに激しく揺れる。

 もはや、周りに建物らしき物は存在しない田舎町に連れられてしまったようだ。


「なぁ。そろそろ教えてくれても良くないか?」


 龍志の言葉が届いていないかの用に、雪香は全く答える気配が見受けられない。もはや何度も無視されると何も言えず、龍志は背凭れに体重を預ける事しか出来なかった。


「……見えました」


 と思ったら、雪香の言葉が耳に入る。

 何を? と聞く前に雪香が見ている方向へ視線を向ける。そして、今日で一生分の驚愕を使い果たしたのではないかと思うぐらいに眼を丸くさせた。

 一言で言えば、龍志の視界に入ったそれは豪邸であった。もっと正確に言えば、現代まで生き残っている西洋の城と言うべきか。

 どうして、こんな所にあんな物が建てられているのやらとか色々と思うところがあるが、それよりも気になる点があった。

 雪香は確かに言った。「見えました」と。それがどう言う意味か、分からないほど龍志は鈍感ではない。


「今日からあそこが龍志様がお住いになされますお屋敷です」


 問い質す前に雪香が先回りして言う。その言葉に耳を疑い、頭の中は疑問符やら困惑で一杯であった。




 目の前に着くと、その城とも言える豪邸は一層迫力が増して見えてくる。辺りを見渡すと補修されたのか、壁などが真新しいように見えてならない。と思ったら、彼方此方に焼け焦げたような色やらが見え隠れしている部分も見当たる。他にも何か大きな力で抉れた痕が残っており、まるで現代で城攻めを受けたような痕も残っていた。


「こちらです、龍志さん」


 促され、雪香の後に続くように歩く。大きな門を潜り抜け待っていたのは広大なる庭園であった。よほど腕のある庭師でも雇っているのか、一種の芸術作品のような庭樹が熊を初めとしたあらゆる形に模られている。

 その庭園に眼を奪われていると、どこかしらか声が聞こえてきた。

 はて? と首を傾げて入り口付近に目線をやった瞬間、


「りゅうじちゃ〜〜ん!!」


 腹部に強烈な衝撃が襲う。余りの不意打ちに龍志の身体がくの字に折り曲がり、受身も取る暇もなく地面に倒される。

 痛みを堪えながら、自分の腹部に何かが乗っているのを感じ、視線をそちらに向ける。


「あぁ〜〜。本当にあの龍志ちゃんなのねぇ。あんなに小さかった龍志ちゃんが立派になっちゃってぇぇ!」


 休む間もなく子猫がじゃれる様に頬擦りをする人物は女性であった。


「ちょっ、お母さん。幾ら嬉しくってもやりすぎです」


 雪香の言葉を信じると彼女は雪香の母親であるらしい。


(え? 母親?)


 そこでまたもや「ちょっと待て!」と思考を止める。もう一度頭の中を整理してみよう。今、自分に抱き付いているメイド服を着込んでいる女性は雪香の母親であるらしい。つまり、三十代後半は最低でもいっていると言う計算になるはず。

 もう一度、マシンガンの如く休まずに早口で言う雪美を見遣り、「ありえないだろう」と胸中でツッコミを入れる。

 どこをどう見ても幼すぎるだろう。言動も容姿もだ。今は自然と遊ばせている髪も、結えば雪香と区別することすら難しいかもしれない。


「あ〜ん、雪香ちゃんのいけずぅ。幼い時はあんなに可愛かったのに」

「まるで今は可愛くないような言い方ですね。……そんな事より龍志さんから退いた方が良いのでは?」

「……あっ、ゴメンねぇ、龍志ちゃん。叔母さん重かったよねぇ」


 早々と龍志から退けて立ち上がり、手を合わせて謝罪してくる。舌を出している彼女を見ると「本当に彼女の母親なのか?」と疑ってしまう。

 龍志は「別に」と簡単に返して立ち上がる。


「申し訳ありません、龍志さん。……紹介します。私の母である……」

「瑞野雪美でぇ〜す。娘達共々よろしくね、龍志ちゃん」


 内心、同年代の子にちゃん付けで呼ばれるような錯覚感を覚えるが、一応年上らしいので、そこらへんはあえてスルーした。それよりも気になる点があったからだ。


「初めまして。……つかぬ事を訊きますが、どうして俺の名を?」

「そりゃあ、私はあなたの母親、瑞野雪菜の双子の妹だからに決まっているじゃない」


 語尾に音符でも付随しそう程のご機嫌な声で返される。

 龍志は嫌な予感が働いたのか、眉間にしわを寄せて手を当てる。


「……つまり、俺の新しい保護者、と言うわけですか?」

「大当たりぃ!」


 ブイサインをしながら答える。


「……余計な事を」

「ほぇ?」

「いえ、何でもありません。して、どうしてこんな性急に事を進めたんですか? 俺は何も聞いていないのですが?」

「当たり前だよ。あんな奴ら、今ごろ血涙を流している最中だから、龍志ちゃんに伝える余裕はないわよ」


 一瞬、雪美の表情が豹変したのは気のせいであろうか。それよりも、彼女から紡がれた言葉の方が気になるところだ。

 龍志は再度問い質そうとするが、それよりも早く雪美が言い出す。


「まっ、詳しい事はここの主に訊いてね。あなたの疑問は全て答えてくれると思うから」


 と、言って龍志の手を取ると強引に引っ張り始める。雪香に「加陽ちゃんが探していたわよ」と伝え、雪美は龍志を連れて豪邸の中に入っていく。

 西洋風にしたのは外見だけらしく、内装は現代風になっていた。中に入ったら歴史の教科書のような赤絨毯が敷き占められて、天井にはシャンデリラがつり下がっているのかと思ったので、少々拍子抜けさせられる。

 雪美に先導させられるまま、二人は地下に続く階段を下り続ける。長い螺旋階段であった。いったいどこまで続くのであろうと思った矢先、


「着いたわよ」


 一つの扉の前で雪美が脇に立ち止まる。

 「開けて」と頼まれ、龍志は目の前の扉を開ける。ギギギと錆びているのか油が足りないぜんまいロボットのような鈍い音を発して扉は開かれる。

 扉を開くと最初に眼に入ったのは黒衣に包まれた巨人であった。全身が黒く塗り潰され、異様な威圧感を発している。その両脇では目の前の巨人とは異なった二体の巨人が並べられている。

 左隣の巨人は三つの中で一番体格ががっしりとしており、背中に巨大な砲身が背負われている。

 対する右隣の巨人は三つの中でほっそりとした体格で、一対二枚の銀翼が背負われている。

 この三つの巨人を龍志は知っている。いや、知らない人間など存在しないだろう。

 人型巨大兵器。かつて、大きな戦乱に投下された人類初の戦闘用ロボット。名は、


「……ダーレス?」


 DERLETH。かつての戦乱、レムリア大戦と呼ばれる戦いに投下された機械仕掛けの人型兵器。目の前にあるそれは軍が保有しているはずの兵器である。

 今では色んな分野に応用されており、特に宇宙観測用やら海底探索用などに多く使われている文明改新の代表作だ。


「それが何でこんな所に?」

「おや、ようやくご到着かい」


 不意に横から声を掛けられる。声を掛けた主は白衣が妙に様になっている青年であった。

 童顔に丸眼鏡、容貌魁偉なその風貌に十人中八人が必ず「美青年」と称すことであろう。

 そんな青年がびっしりと書かれている報告書を手にしながら難しい顔をしていたかと思うと、こちらに気付くと途端に人を惹く顔付きに変わる。


「初めまして、と言った方が良いかな、龍志君。俺は嵐城海と言う。一応、ここの責任者と言う事になるかな」


 握手を求められ、龍志はそれに答えるように手を差し出す。


「初めまして、嵐城さん。早速で悪いのですが、どうしてここに人型機械兵器、ダーレスがあるのでしょうか?」

「海で良いよ。まぁ、いきなりこんな物を見せられて驚くなと言う方が難しいだろうが、正確に言うとこれはダーレスじゃない。まぁ、これらがこんな所にある理由は追々説明するとしよう。キミにも関係ない訳ではないからね」


 俺に関係すること? どうして、俺と目の前の兵器が関連するのかに不思議と感じたが、追々説明してくれることなので今の所は保留しても良いと判断する。

 海は清々しい程の笑みを浮ばせて言う。


「ようこそ、我が友の子よ。迎えに行くのが遅くなって申し訳ない」


 なんて、演技掛かった台詞を言い出すのだが、彼の容姿の魔力なのか、気取った台詞も様になって見える。龍志の後ろでは雪美がパチパチと拍手をしている。

 だが、いきなりそんな事を言われても事の整理が出来ていない龍志は呆然とするしかなかった。


「……はぁ。要するに、また、と言う訳ですね」


 また、と言う部分を強調して龍志が呆れた風に言う。龍志の両親は既に他界しているので、二人の一人息子である龍志はこのように親戚を点々とするのはしゅっちょうであった。いきなりの展開に戸惑いの連続であったが、要するにいつものことなのだと判断して、気持を落ち着かせる。

 その言葉に敏感に反応した海は、なぜか頭を下げる。


「本当に遅くなってすまない。父方の親類に邪魔をされたなんて言い訳はしない。キミには本当に辛い思いをさせたと思っている」

「うぅ、私も頑張っては見たんですけど……。新城家に勝てませんでした」

 唐突に鬱病に襲われたように海と雪美が落ち込み始める。背中に暗線が見え隠れしており、このように本気で苦しむ二人に龍志は戸惑うばかり。

「あの、話しが見えないのですが?」

「あぁ、済まない。簡潔に言うと、キミの父に息子を頼むと言われてね。本当ならば、俺こと新城海がキミの面倒を見ることになったのだが」


 途中まで事の説明をし始めた海の表情が渋くなる。まるで思い出したくない過去を無理矢理思い出しているかのように、段々と声が低く、口が重たくなったように動かなくなっていく。


「でもね、龍至君って壮大な財産をキミに残しているのよ。それを知っていてか、キミを預かると立候補する人物が多数いて……」

「もちろん、俺達も頑張ったんだが……。父方の両親が強引に話しを進められて、気が付いたら……。本当にすまない」


 二人の説明に別に驚くことはなかった。龍志は既に自分を預けた理由が「金」目的であったことは知っている。既に両祖父母に聞かされた内容なのだ。

 祖父母の説明では父の龍至は祖父母と意見の食い違いで大喧嘩をしてそのまま家出をしたと聞かされていた。その喧嘩の理由については龍志も知らない。

 ただ、祖父母や他の親戚も、新城龍至の息子である新城龍志を快く思っていない人物が多かった。きっと、龍志は忘れる事はないだろう。祖父母やら親戚が自分を見る冷めた瞳を。自分の存在を心の底から否定するあの氷のような瞳を。


「謝る必要はないと思います。俺は別に何とも思っていませんので。きっと、約束を果してくれた父は嵐城さんに感謝していることでしょう」


 龍志の言葉になぜだか二人は残念そうに表情を暗ませる。その表情は何を意味するのか分からないが、徐々にここに居辛くなってくるような気まずさを感じる。


「スミマセンが、今日の所は事の整理をしたいので、休んでもよろしいでしょうか?」


 この雰囲気から脱したくて、龍志は海に言う。


「そうだね。キミも考える時間が欲しいと思うから……雪美君」

「……は、はいは〜い。それじゃあ、龍志ちゃん。あなたのお部屋に案内しますよ」


 無理に笑みを繕う二人に龍志は深々と頭を下げて一言、


「厄介になります」


 と言い残し、先導する雪美の後に付いて部屋から去る。

 鈍い音を発して閉じる扉を呆然と見ながら、海は苦虫を噛み潰したような表情で悔しそうに呟く。


「環境のせいで、すっかり人間不信になっている。……怨むよ、新城家」


 約束したのに、約束を果たせなかった自分に殴りたくなる。

 人を惹きつかせるような友の子供が、人と接することを嫌うように壁を作らせるようにさせた新城家に恨みの感情が沸々と湧き上がる。


「龍至には悪いが、新城家との対抗策を考える必要もあるかもしれないな」




 雪美に案内されてこれから自室になる部屋に龍志は入る。既に前の家にあった荷物がダンボール詰めとなっておかれている。


「ここが今日からあなたの部屋よ」

「ひ、広いですね」


 龍志は率直に自分の思ったことを口にする。今までは自分の部屋なんか与えてくれる親類はいなかったし、前に住んでいた家だって1DKだ。

 前の部屋の二、三倍以上はある部屋に思わず「ここに住んで良いのですか?」と訊いてしまったぐらいだ。


「私はこれから仕事だけど、何かあったら遠慮なく言ってね」


 そのまま雪美は部屋を去り、龍志は用意されているベッドに向かって倒れる様に身を預ける。柔らかい布団と暖かな温もりと自然の香りが困惑し続けている龍志の頭を安らげてくれる。

 初めてのベッドの柔らかさに存分と満喫すると、天井を見上げながら今日に起こったことをお浚いしていく。


「……てか、全てがいきなりすぎるよな。それに、何で地下にあんな兵器があるんだよ。どう考えてもおかしすぎじゃないか?」


 今さらながら、思考が正常に働きだしたのか、グチグチと文句を募らせていく。保護者が変わったことは別段に問題ではない。問題なのは地下にあったあれだ。まず、どうして初対面――ではないらしいが、あんな物を自分に見せて何の意味があったのであろうか。よくよく考えると普通は怪訝する場面ではないのか。追々に説明すると言っても、ダーレス――じゃないと海は言っていたが、それと自分に何の関係性があるのであろうか。考えても答えは見つからない。


「あぁ、結局は分からないことだらけか」


 答えの得られない問いほどむず痒いはなく、無性に気になって仕方がない。

 整理しようとしていた頭の中身は既に混沌状態になってしまっている。この状態を落ち着かせるために一旦寝てしまおうかと眼を瞑ると、


「もう、お休みになられているのですか?」


 意識を手放そうとした矢先につい先程聞いた声が耳に入る。一度下げた瞼を上げ、声のした方を向くと雪香が入り口前で立っていた。

 だが、何か引っ掛かりを覚える。どこがどうと説明出来ないが、何かが変だと龍志の直感が訴えている。


「どうしました? 龍志様」

「いや、何でも。……ところで、雪香さんだっけ? 何か用事でも?」

「はい。お母さんから龍志様を案内しなさいと頼まれまして……それで」


 ご迷惑でしたか? と訊かれ、龍志は「いや」と簡単に返答する。


「それは良かったです」


 ふっと、微笑を浮かばす彼女を見て、ますます疑惑が湧きあがっていく。


「あの……。私の顔に何か付いていますか?」


 気が付いたらジッと雪香の顔を見ていたようだ。彼女は困った様に苦笑して、両頬に手を当てている。


「失礼を承知で訊いて良いですか?」

「はい? 何ですか?」

「あんた、本当に雪香さん?」


 びくっ、と彼女の双肩が面白いように揺れる。


「な、な、何を仰るのですか、龍志様。私は正真正銘の瑞野雪――」


 香と最後まで言うよりも早く、龍志は言う。


「雪香さんは俺の事を「様」付けで呼ばなかったですよ。それに、あなた見たいに笑みを浮ばせなかったし」

「そ、そうなんですか? あの、雪香ちゃんが? そんな分かり易い嘘を仰っても……って、あ!」


 ベラベラと自白したことに気付いた彼女は頬を膨らませて非難声を上げる。


「誘導尋問なんて卑怯です! これはNGです! テイクツーをお願いします!!」

「自分で自爆しただけじゃないか」


 どうやら、龍志の予想通り彼女は瑞野雪香ではなかったらしい。龍志の雪香に対する第一印象は「近寄り難い堅物真人間」であった。身体から私に構うなと言う人を近寄らせない雰囲気が漂っていたのに対し、彼女はそんな雰囲気が一切感じなかったのだ。そればかりか、彼女から感じるものは雪美と似た様な空気が漂ってならなかった。


「よく見破ったわね。そう! 私は雪香の双子の姉、瑞野雪恵よ。雪香の振りをして見破ったのは龍志君が初めてよ」


 開き直ることにしたらしく、腰に両手を当てて言う。双子と本人は言っているが、性格がここまで正反対だと双子なのかと疑わしく感じる。


「それで、その雪恵さんが何用で?」

「用件は既に言ったじゃない。母さんが言ったって言うのは嘘だけど、この豪邸の案内をしようかな〜と思って」

「……確かに、短い間だとしても知らないと色々と不都合が起こるか」


 ここの豪邸は余りにも広すぎる。きっと、何も知らなかったら自分は確実に迷うであろう。そうなると確実に不都合が生じてしまうのは明白である。

 龍志は彼女の配慮に感謝しつつ、願い出た。


「お願いしてもよろしいでしょうか? 雪恵さん」

「了解です〜。では、一名様ごあんな〜い」


 天真爛漫な無邪気な笑みを浮ばす雪恵を見て、彼女は母親似だなと胸中で呟く。エプロンドレスを翻し、「ゴーゴーレッツゴー」と高らかに言いながら右手を上げている彼女の後に付いていく龍志は苦笑をせずにいられなかった。


「さて、龍志君。どこかリクエストはありますか?」

「そうですね。取敢えず……」

「え? そんな、私のお部屋ですか?」


 キャッキャ、と頬を赤らませながら両頬に手を当てて照れている雪恵に龍志は釣られた頬を赤らませながら少々早口になって答える。


「べ、別にそんなつもりは……」

「あ、今本気にしました? 何なら、本当に来ます?」

「いえ、結構です」


 面白いようにからかわれている龍志はスタスタと早足で歩き始める。後ろから「ちょっと待ってくださいよぉ」と訴えてくる雪恵など無視して歩き続けると、


「キャァァァァッ! ど、ど、退いてくださいぃぃぃ!」


 耳を劈くような絶叫の声が聞こえたかと思うと、脇腹に多大なる衝撃が加わり、全身に休む間もなく倒れこんでくるものがあった。

 倒れ付す音と悲鳴の声が響き、龍志は突如飛来してきた数多の物体に眼を見遣り、どうして自分は倒れているのであろうかと自問自答する。


「だ、大丈夫ですかぁ、龍志君?」


 真上には安否伺う雪恵の顔がある。「大丈夫」と返し、未だに重みが加わっている腹部の方に視線を見遣る。雪恵も同じ様に視線を移動させ、事の原因である張本人に同じ様に言った。


「大丈夫? 真帆ちゃん」

「は、はいぃぃ。だ、大丈夫ですぅぅ」


 本人はそう言っているが、眼を渦巻状にさせて、ピヨピヨと雛が頭上を回って飛んでいるように見えている彼女を見て大丈夫とは思えなかった。

 彼女もこの家に仕えるメイドであるらしい。


「大丈夫か?」

「め、メガネが。メガネが〜〜!」


 真帆と呼ばれた少女はメガネがないと見えないらしく、さっきの衝突でどこかに落とした眼鏡を探すために両手をあちこちに伸ばしていく。


「ちょ、それ以上うご、かなぁぁあああははははははは――――」


 龍志は下敷きにされているように真帆の下にいる。その状態で真帆が手を伸ばせば自然とこうなるであろう。龍志の身体をまさぐるように徘徊する彼女の手を止め様と奮闘するのだが、両脇と言うくすぐりの定番であるポイントをくすぐられては抵抗することも出来ない。

 雪恵が真帆に頭にあるという定番のオチを言うまで、龍志はくすぐり地獄を味和される破目となってしまった。


「も、申し訳ございません!」


 何とか視界を確保出来た真帆は自分の状態に気が付き、飛び上がるように離れると、勢いよく頭を下げる。


「あぁ、別に気にしていないさ。……えっと」


 彼女の名前を知らない龍志は隣で嬉しそうにニコニコ顔で傍観している雪恵に視線を送る。それに気付いた雪恵は思い出したかのように紹介する。


「鮎原真帆ちゃんです。私達と同様にこの家にお仕いしているメイドです……って、それは見れば分かりますよね」


 雪恵の言ったとおり、彼女を見れば一目で分かる。雪恵と同様にメイド服を着ているのだから、それは当たり前であろう。


「真帆ちゃん、この人が新城龍志君。今日から一緒に住む人よ」


 雪恵に紹介してもらった真帆は小声で「この人が……」と呟く。その言葉は龍志の耳にも届いたのだが、何を意味するか分からずにいた。


「それにしても凄い本の数だな。……って、これって全部少女マンガじゃないか」


 近くに落ちていた本を一冊広い、題名を見る。



 ――愛は星すらも打ち抜く。



 いったい、どんな内容のマンガなのか気にしつつも、乱雑に散ばっているそれらを拾う。「愛は永遠」とか「愛は暴力的」とか、「愛は奪い愛」とかマンガとしては斬新で、知らぬ人が見たら引きそうな題名だらけである。


「これって……、加陽ちゃん愛読しているやつよね? こんなに多くの愛シリーズを何で真帆ちゃんが持っているのですか?」


 マンガとか読んだことのない真帆がどうしてこのような物を大量に持っているのかが不思議で思えなかったのであろう。不思議そうに雪恵が問うと、はにかんで頬を赤らませながら言った。


「その、あの、加陽様が……「こんな素晴らしい物を知らないなんて、あなたは人生の半分を無駄にしているわよ」と豪語なさって、「あなたもこれを読んでみなさい! 私のを貸してあげるわ」と仰りまして。今さっき読み終わりましたので、返却しようとしたら……」

「その途中で俺にぶつかったって訳ですか。まぁ、無理もないですね。こんなに大量の本を一人で持っていこうとしたらバランスを崩してさっきみたいになるのは眼に見えている」


 既に十何冊近く拾ったにも関わらず、未だに散ばっている本の数を見る。三十冊近くあるだろうか。これだけの大量の本を一人で持っていくなんて無謀も良いところだ。


「本当に申し訳ありません。なんてお詫びをして良いのやら」

「必要はないですよ。……手伝いましょう。一人で持つには余りにも数が多すぎる」

「ですね。ドジっ子メイドの真帆ちゃんじゃあ、これらの本を無事に届けるなんてきっと無理だもんね」


 そう言って雪恵も拾い始める。


「え、え。そ、そんな良いですよ。私一人で」


 運べますと言われるよりも前に龍志は雪恵に視線を送り、


「で、加陽って言う人物の部屋に持っていけば良いのですか?」

「多分、それでよろしいと思いますが、真帆ちゃん、それで良いんだよね?」


 話を急に振られた真帆は「ふぇ」と奇妙な声を漏らす。


「えっ、は、はい。加陽様のお部屋に持っていけば、ってあぁあ、待ってくださいよぉ!」


 手早く拾い、「で、その部屋ってどこなんだ?」「こっちですよ」と多数の本を持って去ろうとする二人の後を追う。

 半分涙声になっている真帆の言葉を聞きながら、隣で雪恵が「弄り易い子でしょ?」と同意を求めてくる。どうやら、本を回収し終わった時に「さっさと行きましょう」と促したのはこう言った理由があったようだ。

 そこから加陽と呼ばれる部屋に辿り付くのにそんなに時間を有さなかった。加陽と刻まれているプレートがあるドアの前に立つと、真帆が雪恵と龍志の前に立ち、軽くノックをする。


「どうぞ」


 ドアの向こうから澄んだ声が聞こえてくる。

 真帆は部屋の主に了解が取れると「失礼します」と一礼しながら、ドアを開けた。

 ドアが開かれると最初に視界に入ったのは壁を埋めつくほどの本棚であった。分厚い小難しい題名から、少女マンガなどが並べられてちょっとした小さな図書館になっている。

 その中央で、ティータイムを楽しんでいる少女二人がいた。一人はこの家に龍志を連れてきた瑞野雪香だ。給仕の役目をしているのか、トレイを抱えて小柄な少女の横に立っている。

 その少女の視線が真帆達の方に向けられると、いかにも汚物を見るかのように、少女はジト眼で龍志を見遣る。


「真帆、後ろにいる男性は誰?」

「えっと、彼は今日からここに住む事になっています、あら」

「新城龍志です。本日より厄介になります」


 真帆の言葉に割って入り、龍志は前に出る。


「失礼ですが、加陽さんとお見受けします」

「いかにも……って、私の事を加陽と呼ばないで。そう呼んでいいのは私が認めた人物だけよ」

「なるほど。失礼しました。それじゃあ、えっと……」

「あなたね、父から何も聞かされていないの? 私の名は嵐城加陽。一応、あなたが仕える嵐城海の実の一人娘よ」

「俺が仕える? 嵐城さんに?」

「当然じゃないの。あなた、本当に父から何も聞かされていないわけね。まぁ、前科持ちのあなたじゃ、父も何も言わないのは当然よね」


 要領の掴めない加陽の言葉に龍志は苛立ちを覚える。だが、自分の立場を弁えているため、そんな彼女に反抗的な態度を見せることは出来ない。ここは冷静になって、低姿勢になるのが礼儀だと判断する。


「嵐城さんには感謝しています。こんな俺を置いてくださるなんて」

「あら、一応前科持ちでも感謝の心は捨てていないようね。だけど、主の娘の前でサングラスを着用するのは良いご身分ね。少々、自分の立場を弁える必要があるわね」

「これは失礼致しました。ただ、俺は紫外線に弱いといので、そこら辺を配慮していただけると幸いなのですが」

「まぁ、いいわ。考慮しましょう」

「ありがとう御座います」


 二人の表情やら声は談笑を楽しむ男女に見えなくないが、それを見守っていた雪香を初めとした雪恵と真帆は内心冷汗を流していた。漂う空気が非常に会話や表情とは似つかないほど重たく、淀んでいたのだ。眼を堪えてみれば、きっと二人の間に火花のような物が弾かれて見えるかもしれない。


「それで、真帆。私に何用かしら?」


 不意に話を振られた真帆は慌てて返事をする。


「は、はい! 先日お借りしました物を返しに参りました」


 先日借りたもの、つまり愛シリーズを返しに来たと言った途端、重苦しい空気が霧散し、背中に花々が幻視するかのような笑みを見せる。


「まぁ! それでそれで? 読んだ感想を聞かせて。やっぱり、一番良かったのは――」


 加陽が愛シリーズで花を咲かせている内に、龍志は運んできた本を近くの本棚の脇に置き、その場から退場する。その途中で雪香が申し訳なさそうに一礼するのを見て、龍志も軽く頷いて答える。

 加陽の部屋のドアを閉じると、雪恵が雪香と同じ様に頭を下げて謝罪をしてきた。


「スミマセン。加陽ちゃんは前々から男嫌いでして」

「別にあなた方が謝る必要性はないですよ。それに、前科があるのは紛れもない事実ですし」


 新城龍志の履歴書には多数の前科が記入されている事は調べれば明白だ。

 前科持ちの人間を快く受け入る人間なんて多くはない。そう考えると、加陽が見せた態度は至極当然な結果であろう。それにプラスして男嫌いも加わわるのだ。加陽が不機嫌になるのも頷ける。


「じゃあ、気を改めまして案内の続きをしましょうか。まだ、どこも見ていませんからね」


 龍志に気を使ったのか、満面な笑みを浮ばして先導する雪恵。それに簡単に返答し、龍志も口端を曲げる。



 あれから、一時間――。

 正直言って、この家は広すぎた。既に五十近くも部屋を見て回っているのに、中々終わる気配が見受けられない。


「ゆ、雪恵さん。この家って少し広すぎじゃないですか?」

「そうですねぇ。私達メイドや執事が泊まる部屋が二十五部屋、台所や風呂にプールと遊戯所、その他諸々と計算していくと……。あはぁ、まだ半分も見て回っていませんよ」


 ありすぎだろ、とツッコミを入れたくなるほどの広大な家に龍志はげんなりする。こんな迷路のような家に住んで、迷子になるなと言う方が難しいだろう。最低限のルートを覚える必要性があるが、それすらも一日では覚えきれないでいる。


「全てを見終わる頃には日が暮れていそうだな」

「ですねぇ。……あっ、龍志君、少し小休憩を挟みましょうか?」


 なにやら名案を閃かせたのか、手をポンと叩いたかと思うと、その様な申し出が飛んでくる。この申し出には龍志もありがたかったので断る理由はなかった。


「ちょうど私の部屋が見えましたから、ちょっと休んでいきましょう」

「そいつはありがたいけど……良いのか?」

「何がですか?」


 聞き返されて龍志は言葉を詰らせる。

 数秒後、龍志が何を言いたかったのか察したのか、半目になり、


「さては緊張しているんですか? もしかして私、部屋に入ったとたんに襲われるのですか?」


 何てのたまいながら、頬に手を当てながら身体をくねらせる。少々演技掛かったように上目で見て、「そんなことしませんよね?」と小首を傾けて訊ねてくる。

 この数時間と言う時間で瑞野雪恵という人格を把握した龍志は一つからかってやろうと悪戯心を働かせる。


「さぁ、どうでしょうね。男はみんな狼と言いますし、確約は出来ませんよ」


 だが、相手は龍志の一枚も二枚も上手であることをこのとき初めて知った。

 雪恵は目を点にしたかと思うと、


「あ、あの、その。……それじゃあ、――しても良いですか?」

「はい?」


 小声で、しかも語尾に近付くに連れて声が段々と窄んで何を言っているのか龍志の耳に届くことはなかった。


「だから、その……キスしてもよろしいですか?」


 人差し指同士でツンツンと突き合いながら、何かおかしな単語が飛んできたのは気のせいであろうか。


「はいぃ?」


 余りの突拍子のない申し出に情けない声が上がる。

 その「はい」を「イエス」と取ったのか、雪恵は瞳を閉じて近付いてくる。


「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って!」


 慌てて近寄る雪恵の双肩を掴み、自分との距離を開ける。


「な、な、なんで、そんなに話しが飛躍する訳?」

「だって、龍志君が部屋に入ったら私を襲うって宣言したじゃないですか。だから、ファーストキスぐらいは普通にしたいので……」

「って、誰がそんな事を言った。そもそも、襲って良いのか? って、いやいや! 大体、今の話は全てIFだろ、IF!」

「そ、そんなぁ。私の事なんか愛していないのですね。所詮、あなたも私の身体目的なのですね」

「え、なに? この、訳の分からない展開は。ちょ、眼を閉じて近寄ってこないで! ほら、爪先立ちなんかしなくて良いから!」


 不意打ちに近い雪恵の行動にもはや混乱するしか龍志は出来なかった。その為、口調も普段使っていた言葉遣いに戻っている。

 だけど、そんな程度で雪恵の進行は止まらなかった。

 龍志は困惑する。この状況を打破するために思考を働かせ、幾多の選択肢が浮かび上がる。



 一、 このまましてしまおう。

 二、ここはどうにか理性を総動員させて抵抗するべきだ。

 三、いっそ、このままいける所までいってしまえ!



(二だろ。二しかない! って言うか一と三は拙いから! よし。理性を総動員させて……)


 何とか雪恵を自分から離すぞと理性をフル活動させて意気込むのだが、彼女の赤味が勝った顔を見たら、決意した理性が颯爽と崩れ去ってしまう。


(あぁ、可愛いなコンチクショー!)


 もはや、思考中枢が破壊されてしまったようだ。

 龍志は生唾を飲んだかと思うと、徐々に雪恵との距離を縮めていく。サングラスの奥の瞳は非常に柔らかそうな唇に注がれ、僅か数センチになると自分も瞳を閉じる。


「フフフ」


 押し殺した笑い声が耳に届く。

 龍志は閉じた瞳を開けると、お腹を抱えて嗤っている雪恵の姿を眼にした。そして、気付いたのだ。自分が雪恵によって遊ばれていたことに。


「雪恵さん、冗談にも程が過ぎるんですけど」

「ご、ゴメンね。だって、龍志君ってからかい易いから」


 フフフ、と未だに声を押し殺して笑う雪恵を見て、龍志がげんなりとする。

 雪恵みたいな洒落にならないジョークを龍志はまともに受けた記憶はほとんどない。だからこそ、こんなに簡単に騙された自分に情けなさを感じて止まない。


「冗談もこのぐらいにして、どうぞ龍志君。まぁ、散らかっていますけど」

「それじゃあ、邪魔します」


 内心、雪恵に逆らう事を止めようと誓う。からかうことを生き甲斐にしている女性に龍志如きが敵うわけがないと思ったのであろう。気付かれないように嘆息を付き、雪恵の部屋に入る。

 女性の部屋に入るのは先程の加陽のを除くとこれが初めてであるが、何とも個性的な部屋であろうと入って早々の第一印象がそれであった。壁にはどこかのアニメキャラクターのポスターやらが貼られており、その中央には25インチ型のプラズマテレビが吊られている。

 その反対側にはベッドと棚が置かれており、棚には幾多のテレビゲームの機種やらが置かれている。

 一介のメイドがここまで豪勢に出来るものなのかと思いながらも、初めて味わう空間に入って呆然と突っ立つと、後ろから気恥ずかしそうな声が飛ぶ。


「その、珍しいでしょうか? 雪香ちゃん達はこう言うのってやりませんから……」

「珍しいと言えば珍しいかもしれませんね。俺も初めて見ます」

「そう、なんですか」


 声が沈む。男性の龍志にその様に言われたことに少なからずショックを感じたのであろう。

が、次の一言で雪恵は目を丸くする。


「これって、テレビゲームですよね? こうして実物を見るのは初めてですよ」

「へ? 龍志君はゲームをしたことがないのですか?」

「興味やらはあったんですが、そんな暇もなかったですしね。バイトで授業料とか払わないといけませんでしたし。こんな立派なテレビを見るのだって初めてですよ」


 両親がいなかった龍志にとって、自分の事は自分でやるしかなかった。その為、周りの人達のように娯楽に眼がいくことは許されず、生きていくために働かなければいけなかった。


「そ、それはいけません!」


 雪恵が唐突に声を荒げ、棚の方へ歩み寄る。


「ゆ、雪恵さん?」

「龍志君!」


 雪恵から裂帛の声が上がる。余りにも迫力ある彼女の表情に龍志は直立して「はい!」と答えるしか出来なかった。


「早速やりましょう!」

「はい? 何をですか……?」

「ゲームです、ゲーム! 今のゲームって恐ろしいぐらいに性能が良いんですよ。こんな娯楽を知らないで人生を過ごすのは勿体無いと思うんですよ」


 鬼気迫る表情でズイズイと近寄る。思わずその威圧感に当てられ後退するのだが、尚も近付く彼女を見て龍志の足は動かなくなってしまう。


「それなのに、加陽ちゃんも雪香ちゃんは「そんなオタクみたいなものはちょっと」と渋るし、真帆ちゃんは嫌々ながらも相手をしてくださるのですが下手ですし……、だから龍志君! 付き合ってください!」


 用はゲームの相手が欲しいと言う事だ。


「まぁ、俺で良いのでしたら全然構いませんけど」

「ほんとですか?」

「えぇ、まぁ」


 ズイと迫る雪恵の表情に押されながらも承諾の声を上げると、雪恵の顔に笑みが広がる。それはもう、先程から見せていた笑みとは比べられないほどの笑みで。輝かんばかりの笑みを見せたかと思うと万歳と両手を挙げて喜び始める。


「じゃ、じゃ! 早速やりましょう! 何が良いですか? 何か好きなジャンルがあったら言ってください!」


 遊び相手を手に入れた雪恵は水を得た魚のように活き活きとし始める。笑顔が三割り増し、テンションが五割増し、もはや今の雪恵を龍志は止めることなど出来なかった。

 そんな雪恵の歓喜の声が渦巻く部屋のドアをノックする音が届く。

 雪恵が「どうぞ」と声を上げると、またもやメイド服を着込んだ一人の女性が入ってきた。その女性が雪恵と龍志を見ると、「やっぱり」と声を漏らして苦笑する。


「やっぱり、新城君を部屋に招きいれたのね、雪恵さん」

「真彩さん? どうしたんですか? 何か御用でも?」


 ハイテンションであった雪恵の声が低くなる。内心、自分の娯楽の邪魔をした真彩を面白くないと感じているのであろうか。

 真彩はそんな雪恵の心情を知ってか、もう一度苦笑する。


「ゴメンね、雪恵さん。でも、新城君にはどうしてもせたい場所があるのよ。だから、ちょっとの間、彼を貸してくれない?」

「えぇぇえ! で、でもぉ」


 渋った顔で龍志を見遣る。龍志も雪恵の方を向き、


「あぁ、ゲームのお相手ならいつでもさせてもらいますよ。何せ、俺も興味ありますしね」

「本当ですか?」

「えぇ」


 即答して返す。興味ある事は嘘偽り無いし、内心ではやりたくて仕方がないという気持もある。だけど、ここで雪恵と同じ様に批難声を上げるのは立場上出来ないため、あえて表情には出せないでいた。


「分かりました、約束だよ」

「はい、約束します」

「あっ、それと、その下手な敬語も禁止ね」


 これには素っ頓狂の声を上げずにいられなかった。どうしてばれたのであろうかと龍志は考える。普段から使っていた言葉なのに、まさか意図も簡単に看破されるとは思わなかったからだ。その辺を雪恵に訊くと、


「だって、どこかしらか言いにくそうにしているのが丸分かりだよ。さっきのが素なんでしょ? そっちの方が良いよ。敬語で言われるのって私も慣れないし」


 雪恵の指摘にそうだろうかと首を傾げるが、無理に敬語で話しているのは事実である。一日で見破られるとは思わなかったが、きっと雪恵の言うとおりかなり無理して話していたんだなと思った。

 龍志は軽く頷く。


「分かった。これから普段どおりに言う。これでよいか? 雪恵さん」

「了解でーす。何なら雪恵でも結構ですよ。龍志君」

「んじゃあ、言葉に甘えてそうさせてもらうわ、雪恵。俺も君付けなしで構わないから」

「分かりました、龍志。……って、ちょっと恥しいね。約束破らないでくださいよ」

「了解。んじゃ、またな」

「はい、楽しみにしていますよ」


 龍志は真彩に釣られる形で部屋から出る。自分の部屋のドアが完全に閉まると、雪恵は軽く舌打ちをして、手に持っているゲーム機を元に戻した。


「ごめんね、新城君。なんだか邪魔しちゃったみたいだね」


 龍志を呼び出した女性、真彩は両手を合わせて謝る。


「別に構いませんよ。それで、どうしても見せたい場所って何です?」


 頭を左右に振り、雪恵が下手と指摘された敬語に戻して答えると、真彩は半目になって言う。


「どうせなら雪恵さんだけじゃなくって、私も敬語抜きがよいなぁ。それとも、雪恵さん限定?」


 先程の約束事の事を言っているのであろう。真彩は現場にいたため、確りと目撃されている。その為、何一ついい訳出来ない龍志は「はい」と答えて、普通に答える。


「あっと、自己紹介がまだだったかしら。私の名は鮎原真彩よ」

「鮎原?」


 どこかで聞き覚えのある姓に龍志が首を傾げていると、


「あら、その反応を見る限り、既に娘の真帆にあっているみたいね」

「真帆……って、あのドジっ子メイド……っ!」


 自然に漏らした口を慌てて閉じるが、既に遅かった。ドジっ子メイドと聞いた真彩は眉間に手を当てて、呆れた口調で訊ねてくる。


「あの子、また何かミスしたのね? ごめんなさいね、新城君。あの子は仕事が出来るんだけど、そそっかしくって……。娘に代わって謝るわ」

「あぁ、全然大丈夫。さすがに驚いたけど。しかし……俺と同年代の娘を産んだようには見えませんね」


 サングラス奥の瞳で彼女の姿を確認すると、三十代後半以上の母親とは思えない。

 それをお世辞の言葉と取ったのか、真彩は片手を頬に当て、はにかんで頬を赤らめながら微笑を浮かばせる。


「煽てても何も出ませんよ」

「いや、決して煽てたつもりはないんだけど」


 雪美にしろ真彩にしろ、ここの母親は異常に若く見えすぎる。以前、友人と呼べる人物に見せてもらった美少女系マンガの母親みたいな人間などいないと確信していたのだが、世界は広いなと思い知らされた瞬間であった。


「って、こんな話をする為に呼んだんじゃなかったわね」


 真彩は思い出したように先導して歩き始める。


「鮎原さん。いったい、俺をどこに連れて行くんですか?」

「あなたの両親の墓よ」


 龍志の足が止まる。


「俺の……両親の……墓?」




 空は蒼穹から緋色に変色している。吹く風が少し肌寒い。時期的に考えて、今の気温は少し寒いぐらいであろうか。桜は既に満開になっている時期のはずなのに、吹く風の冷たさは一向に衰える気配がない。

 あれから龍志達は庭に出ると、数メートル離れた先に離れ屋があった。今時珍しい木造であり、あちこちに傷みが見られる。


「ここよ」


 真彩はその小屋の前に立って言う。小屋のドアを開けて、入るように促す。

 龍志はその小屋に引かれるように入る。小屋に入って最初に見たのは大きな墓標であった。数は二つ。その墓標には「新城龍至」「新城雪菜」、世界を救ってこの地に眠ると刻まれていた。


「これが……俺の父と母の……」

「えぇ。あなたのご両親、龍至君と雪菜さんのお墓よ」


 龍志はトボトボと墓前まで歩き出し、そのまま数秒間何も言わずジッと立ち尽くす。こんな時、何て口にすればよいのか分からなかったのであった。初めて出会った父と母の対面に何て言って良いのか龍志の頭の中にはなかった。

 墓前に立ったら数え切れないほどの愚痴やら小言、数々の悪態を叫びたかったはずなのに、こうして目の前に立つと龍志の頭は綺麗さっぱり真白になってしまった。

 しばらくそのまま立ち尽くしていたのだが、龍志は何か言わなくってはと思って、一言自分の両親に言う。


「父さん、母さん。やっと会えたな」


 子供の頃、自分の両親が死んだ事を知った時から、二人が眠っている墓地の場所を訊いたのだが、祖父母達や他の親類達は一向に教えてくれなかった。それが今こうして眼の前に立っている。

 龍志の双眸から頬に流れる二つの雫。自分は思わぬ再会に感激して涙しているのだ、と気付いた時には滝のように涙を流していた。


「鮎原さん」


 サングラスを外し、涙を拭って再度装着する。思う存分涙した龍志は静かに後ろにいる真彩の名を口にする。


「ん?」

「両親に会わせてくれて……ありがとう」


 会いたくっても会えなかった両親に会わせてくれた真彩に感謝の意を込めて頭を下げる。

 真彩はいきなり頭を下げだした龍志に戸惑いながら、真彩は率直に自分の思いを告げる。


「感謝したいのは私達の方よ。あなたの両親はこの世界を護ったのだからね。自分の命と引き換えに。私達は指を銜えて見守ることしか出来なかった。だからね……私達にお礼を言うのはお門違いだわ」

「世界を……救った?」


 真彩の話しを一部始終理解出来ていなかった龍志は頭上に疑問符を浮ばせて首を傾げる。いったい、何の話なのだろうと思い問い質そうとするよりも前に真彩に先に言われる。


「っと、新城君は事情を知らなかったのね。もう一度、海君の所に行ってみな。多分、キミが呼ばれた理由と両親の話を聞かされると思うよ」

「俺が呼ばれた理由と両親の話し……」


 真彩の話の大半は分からず仕舞いであったが、一つだけ龍志に分かったことがある。どうやら、これから新城龍志の人生が大きく変わろうとしている、それだけは感じた。

 龍志は真彩の言葉を確めるために海がいた地下室へと進む。地下室は入り口近くの階段だったため直ぐに行くことが出来たが、多分ここから自分の割り当てられた部屋に戻れと言われても覚えていないだろう。長い螺旋階段を降り、雪美と一緒にたどり着いたダーレス――じゃないと海は否定していたが、人型兵器が置かれている部屋に足を踏み入れる。

 白衣を着込んだ老若男女がブツブツと独り言を漏らしながら行き交う。おー何とかの出力地がどうとか、魂比率に限界ありとか耳に届くが、何の知識なのか分からないため、龍志に取っては別次元の言葉が飛び交っているようにしか聞えない。

 肝心の海がいないかぐるりと探すが、それらしい人物が見当たらない。


「それにしても無用心だな、ここの研究室は」


 まさか、こうも簡単に入れるとは思わなかった。一度、雪美に案内されているからと言って、龍志はすんなり入れるとは到底思っていなかったのだが、結果は現在に至る。このような物があるのだから重要機密云々と言った警戒が敷かれ、ちゃんとした警備があるものだ。なのに、こうして楽々に進入出来たのは無用心か、あるいは……。

 龍志はもう一つの可能性を考えて、「まさか」とその考えを一蹴する。


「……戻るか」


 邪推し続けていても何の意味もないし、肝心の海がいないから話も聞けない。こんな膠着状態で何の情報も得られない。なので、このまま撤退を計ろうとする。


「……ん?」


 なにやら視線を感じる。感じた方向に目線を走らせるがそこには人の気配は見受けられない。あるのは黒衣の外套に身を包まれたダーレスにしか見えない人型兵器だけ。


「気のせい……か?」



 ――やっと、みつけたぁ。



「誰だ!?」


 幼い女の子らしき声が耳に届く。だけど、周囲を見渡してもそれらしき人物どころか、人の気配すらない。「幻聴か?」と首をかしげ、「最近バイト続きだったからなぁ」と首を回す。



 ――やっと、みつけたぁ。



 どうやら、さっきの声は幻聴ではなかったようだ。


「誰だ! どこにいる!?」


 声を上げ、周囲を探る。だけど、やっぱりと言ってよいか少女らしき声の人物はどこにも見当たらない。声が聞こえる場所には人影はない。あるものと言ったら、ダーレスではないと海が否定した黒衣の該当を纏った人型兵器だけ。


「まさか、な」


 まさか、目の前の機械ロボットが言葉を発しているものかと思ったりするが、現科学レベルではそこまで高等機械技術はないはずだ。そんな事が出来たらノーベル賞ものである。


「お前が喋ったのか、今?」


 なに、トチ狂った質問をしているのであろうと思う。龍志は自分がやったことにバカらしいと思いながら、再度同じ問いを繰り返す。


「お前が喋ったのか?」


 黒き兜の奥から鬼火のような炎が灯る。これには龍志も驚かずにいられなかった。思わず尻餅をつき、腰が抜けるほどであった。

 死者を呼び覚ますような蒼白色の炎が灯ると同時に、周囲の機械が扱う人もいないのに勝手に起動し始める。


「な、何があった!?」


 騒ぎを聞きつけ、奥から海を先頭に多数の研究者達が乱入してくる。

 彼らは龍志と、試作機REGAIA―TP013―DEATHを見て、絶句する。


「あの時の再来だ」


 どこからか、そんな声が聞こえてくる。そう思うのも無理はないだろう。

 彼らの大半がこの光景を眼にしていた。そう、それは16年前のあの日、一人の少年が現れ、同じ様に動かないはずの例のアレが起動したのだ。

 介入者に気付いたように、DEATHが起動を中断する。勝手に起動した機械類も全て元通りに止まり、騒がしかった部屋は嵐が通り去ったように静まり返った。


「……今のはなんだったんだ?」

「オーパーツが龍志君、キミを選んだんだよ」


 龍志の呟きに海が答える。

 気づかぬ間に登場していた海に視線を奔らせ、勝手に起動したDEATHを指差して問う。


「か、海さん。あ、ああ、あれはなんなんですか。きゅ、急に人の声が聞えたかと思ったら、動き出すし」


 突然の出来事に少し興奮気味で話す龍志の双肩を掴む。海は最初に会った龍志よりも随分と柔らかくなっているなと感じつつも、龍志に問う。


「落ち着いて、龍志君。……と言って落ち着ける人間がいるか分からないが、俺の質問に答えてくれ。いった、何があった?」

「こ、声が……女の子の声が聞こえて。そ、それで……あれが勝手に」

「動いたんだな、勝手に! レガイア・デスが勝手に起動したんだな!?」


 龍志は小さく首肯する。

 それを確認した海は掴んでいた手を離し、視線を試作型13号機、死神の呼称を持つレガイアに向ける。


「レガイア?」

「A REPLICA OF GAIA。通称REGAIA。贋作の地神。それが、こいつらの総称だ。龍志君が言っていたダーレスはこれらの複製機にしか過ぎない。キミのご両親、新城龍至と新城雪菜もTP004―EARTHに搭乗していたんだよ」

「贋作の地神? これに、俺の両親が乗っていた?」


 いったい、何を言っているのであろう。それが龍志の率直な感想であった。


「その顔を見る限り、何がなんだかって感じだね。……夕食までもう少し時間がある。少し早いと思うが、キミを急遽呼んだ理由とご両親の話をしてあげよう」


 海は龍志の手を取って立たせると、「付いて来なさい」と言って、部屋から出て行く。龍志の背中では数多の研究者が色々と討論をしていたのだが、今はそっちよりも海の話が気になって早々と部屋から出て行った。

 海が先導して案内した場所は貴族などが食卓につくような無駄に長いテーブルがある部屋であった。雪恵に最初に案内された場所だったから、少しは覚えている。

 近くに置かれた椅子に海が座り、龍志も近くの椅子に座る。


「さて、どこから話そうか」


 テーブルに肘をつき、過去の思い出を語るように遠くを見据えながら、一言漏らす。


「あれは16年前のある日――」

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