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第四章:外典(アポクリファ)の民(パート2:ジャンクヤードの孤児たち)

1. 記憶の断片、錆びた揺りかご

ガウルがドームの民(揺りかごの民)に向けて放った猟銃の爆音と、それに続くサイボーグ戦士たちの咆哮。蹂躙が始まろうとするその刹那。 ガウルの背後に控えていた、一人の小柄な戦士の意識が、一瞬だけ、過去の「記憶の吹き溜まり」へとトリップした。

その戦士の名は、シン。 小柄な体躯は、灰色の分厚い皮膚に覆われ、樽のように肥大化した胸郭を持っている。彼の特徴は、失われた右腕の代わりに装着された、旧時代の産業用ロボットアームだった。錆びつき、油圧シリンダーが軋むその腕は、彼の身体にはあまりにも大きく、不格好にボルトで固定されている。

シンの濁った肉眼の奥に、かつての光景が蘇る。

そこは、ドームのような楽園ではなかった。 見渡す限りのジャンク山。旧文明が遺した、錆びた金属、割れたガラス、有毒な化学物質が堆積した、死の捨て場。外典の民の本拠地、通称【ジャンクヤード(屑鉄の庭)】。

シンは、そこで生まれた孤児だった。 両親の顔は知らない。彼が物心ついた時、周囲にいたのは、同じように飢えと毒に蝕まれた、数人の孤児の仲間たちだけだった。

彼らの「日常」は、生き残るための、文字通り泥を這うような闘争だった。

有毒な霧が立ち込める朝。シンたちは、ジャンクの山をかき分け、わずかに残った旧時代の「合成食料のチューブ(干からびた樹脂のようなもの)」を探す。見つかれば幸運。見つからなければ、汚染された土を喰らい、胃を満たすしかなかった。

汚染された水源。彼らは、機械の油が浮いた赤茶けた水を、手で掬って飲んだ。水からは、常に金属の味がした。その水を飲むたび、仲間の誰かが、激しい咳と共に、黒い血を吐いて死んでいった。

ある夜。シンがまだ幼かった頃。 集落を、異常気象による「酸性雨」が襲った。 シェルターのない孤児たちは、ジャンクの影に身を寄せるしかなかった。シンの隣にいた、一番小さかった少女、ミーナ。彼女の皮膚は、酸性雨を浴び、ジュクジュクと音を立てて溶け始めた。

「……あつい、あついよ、シン……」

ミーナは、溶けていく手で、シンの腕を握りしめた。 シンには、どうすることもできなかった。彼は、ただ、ミーナが泣き叫び、やがて動かなくなり、ジャンクの一部へと変わっていくのを、濁った目で見つめることしかできなかった。

その夜、シンの心の一部が、酸性雨と共に、永遠に溶けて消えた。 「悲しみ」や「同情」は、この世界では、生き残るためのエネルギーを無駄に消費する、有害な「コスト」に過ぎない。生き残るために必要なのは、ただ一つ。他者から奪い、自らを満たす、「飢え」だけだ。


2. 鉄の福音、サイボークへの道

シンが十歳になった頃。 彼は、ジャンク山で、まだ稼働している産業用ロボットアームを発見した。それは、かつての自動車工場で、正確無比な溶接を行っていた、強力な機械の腕だった。

シンは、その腕を、自らの「右腕」にしようと決意した。

彼は、旧時代の錆びた工具を使い、自らの生身の右腕を、麻酔なしで切り落とした。激痛。出血。意識が遠のく中、彼は、ロボットアームの基部を、自らの骨と肉、そして神経に、強引にボルトで固定し、配線を繋いだ。

それは、手術ではなかった。儀式だった。 生物としての「不完全さ」を捨て、機械という「完全さ」を取り込み、この地獄を生き抜くための、悪魔との契約。

『……適合、確認。……我が、右腕よ』

シンが初めて機械の腕を動かした時、油圧シリンダーが小気味よい音を立て、錆びた指先が、鋼鉄のパイプを容易く握りつぶした。 その瞬間、シンの中で、何かが完成した。 奪われる側から、奪う側へ。 傷つけられる側から、傷つける側へ。

彼は、その鉄の腕を振るい、他の孤児たちを支配し、やがてガウルの率いる【外典の民】の略奪部隊へと加わった。

奪え。殺せ。喰らえ。 それが、ジャンクヤードで孤児たちが学んだ、唯一の「外典(教え)」だった。


3. 接触、そして蹂躙の開始

シンの意識が、現在へと引き戻された。

ドームの民の青年が、火の前で木の枝を構えている。 その顔。恐怖に怯えながらも、仲間を守ろうとする、不器用で、ひどく「人間臭い」表情。

シンの濁った肉眼が、その青年の顔を見て、一瞬だけ、かつてのミーナの顔を思い出した。 だが、その感情は、次の瞬間、彼の右腕の油圧シリンダーが軋む音によって、冷酷に粉砕された。

『……無駄だ。温室、育ち。その『人間』という甘えが、貴様らを、滅ぼす』

シンは、ガウルの腕の合図と共に、機械の右腕を高く掲げた。 錆びた指先が、襲いかかる直前の、飢えた獣の爪のように、月光を浴びて鈍く光る。

ガウルが、不気味な電子音で吼えた。 「殺せ! 奪え! ここ、俺たちの、新しい『屑鉄の庭』だ!」

ガウルの配下のサイボーグ戦士たちが、一斉に咆哮を上げ、ドームの民へと袭いかかった。 シンもまた、機械の右腕を駆動させ、凄まじい速度で青年へと突進した。油圧シリンダーの軋む音が、死のカウントダウンのように、森の空気に響き渡る。

血を滲ませて「火」を起こし、言葉を紡ぎ始めた「揺りかごの民」が、自分たちと同じ種族であるはずの、だが過酷な環境に精神まで変異させられた「外典の民」によって、暴力的に支配され、蹂躙されようとする瞬間だった。

天上の神々が沈黙する中、地上では、二つの「人類の正義」が、血と鉄の音を立てて、激突しようとしていた——。


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