表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第四章:外典(アポクリファ)の民

1. 楽園の外側、鋼鉄と肉の異形

ドーム(揺りかご)の外の世界は、マリアが恐れた通り過酷な死の荒野であったが、マリアが予測したほど「無人」ではなかった。 大気中の二酸化炭素の欠乏、有害な宇宙線の降り注ぐ地表、そして汚染された水源。その地獄のような環境に適応し、独自の進化を遂げて生き残った人類の末裔が、ドームの遥か外側、かつての工業地帯の廃墟に巣食っていた。

彼らの身体は、マリアのシェルターで純粋培養された人間とは、外見も構造も大きく異なっていた。

低酸素環境に耐えるため、彼らの肺は異常に肥大化し、胸郭は樽のように盛り上がっている。皮膚は、有害な紫外線を防ぐために硬質化し、象の肌のように灰色で分厚い。 さらに彼らは、自分たちの生物的な限界を「過去のゴミのジャンクパーツ」で補っていた。 失われた四肢の代わりに、錆びついた油圧シリンダーの義手をボルトで固定し、視力を失った眼窩には、旧時代の監視カメラの赤外線レンズを埋め込んでいる。

彼らは、生物としての「変異」と、機械による「サイボーグ化」を融合させた、ハイブリッドの生存者たち——**【外典アポクリファの民】**であった。

その集落のオサである男、ガウルは、剥き出しの歯車が軋む機械の左腕を動かしながら、瓦礫の山の上に立っていた。彼の右目は生身の濁った肉眼だが、左目はチカチカと赤く点滅するサイバネティクス・アイ(義眼)だった。

ガウルの左目が、遠方の地平線、緑の森の中に佇む巨大な白い半球(揺りかご)を捉えた。

「……見ろ。光っている。あのドーム、ついに口を開けたな」

ガウルの声は、喉に埋め込まれた音声合成機のノイズが混じり、金属が擦れるような不快な音を立てていた。 彼の背後に、同じように歪んだ肉体と機械のパーツを繋ぎ合わせた戦士たちが集う。彼らは、汚染された肉を食らい、機械の油を啜って、今日まで文字通り「這いつくばって」生き延びてきた者たちだった。

「あの中には……純粋な肉体と、綺麗な水、そして、肥えた女たちがいる」 一人の戦士が、オイルの混じった唾を吐き捨てながら、欲望に飢えた目でドームを見つめた。

ガウルの義眼が、不気味に赤く光を増す。 「奪いに行くぞ。俺たちの乾いた血と、錆びた歯車のために。あの中にいる、温室育ちの豚どもを……俺たちの奴隷にするのだ」

彼らにとって、生き残ることは、他者から奪うことと同義だった。 過酷な環境が、彼らの心から「共感」を削ぎ落とし、純粋な「生存への執着」と「暴力」へと変異させていたのだ。


2. 接触:二つの人類の邂逅

地上で初めて「火」を起こし、言葉を取り戻しつつあったドームの人類(揺りかごの民)は、平和な夕暮れを迎えていた。 青年を中心とした彼らは、火の周りで、今日森で採ってきた野生の木の実や、川で捕らえた魚を分け合っていた。彼らの顔には、労働の後の心地よい疲労と、自力で生きているという静かな誇りがあった。

パチ、パチ、と火が爆ぜる音だけが響く静寂。

その静寂を、不吉な金属音が切り裂いた。

ギィ……ガシャン。ギィ……ガシャン。

重い、機械的な足音が、森の闇の奥から近づいてくる。 青年は、火の前に立ち上がり、拾った太い木の枝を握りしめた。彼の背後で、仲間たちが怯えたように身を寄せ合う。

暗闇から、ゆっくりと姿を現したのは、人間であって人間ではない「異形」だった。 灰色の分厚い皮膚、肥大化した上半身。そして何より、闇夜に赤く不気味に光る、機械の左目。 ガウルと、その配下の外典の民たちだった。彼らの手には、鉄パイプを削って作った無骨な槍や、火薬を詰め込んだ旧時代の粗末な猟銃が握られている。

青年は、息を呑んだ。 マリアのシェルターで教えられた「人間の姿」とは、あまりにもかけ離れた、怪物のような存在。

「……オマエ、タチ、ダレだ?」

青年は、覚えたての不器用な言葉で、ガウルに向かって問いかけた。

ガウルは、一歩前に出ると、機械の左腕をガシャリと鳴らし、青年の持つ木の枝を一瞥した。そして、歪んだ唇を釣り上げ、醜悪な笑みを浮かべた。

「……言葉、喋るか。温室、育ち。綺麗、肌。美味そう、肉」

ガウルの音声合成機から、冷酷な電子ノイズが吐き出される。 彼は、青年が熾した「火」の熱を感じ、一瞬だけ驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれを傲慢な支配欲へと塗りつぶした。彼らにとって、火は旧時代のエンジンの熱であり、このような原始的な手法で暖を取る揺りかごの民は、「無知で無力な、ただの獲物」にしか見えなかった。

ガウルは、猟銃の銃口を、青年たちの頭上に向けて引き金を引いた。

——轟音!!

森の静寂が、火薬の爆音によって引き裂かれた。 木の枝から鳥たちが一斉に飛び立ち、揺りかごの民たちは、恐怖のあまり頭を抱えて地面にひれ伏した。火薬の匂い、圧倒的な暴力の音。彼らがマリアの揺りかごの中で決して知ることのなかった、真の「悪意」の顕現だった。

ガウルは、銃口から立ち上る煙を吹き消しながら、ひれ伏す揺りかごの民を見下ろし、傲慢に宣言した。

「今日から、ここ、俺たちの、国。オマエたち、俺たちの、奴隷モノ

ガウルが腕を振るうと、背後のサイボーグ戦士たちが、一斉に咆哮を上げ、ドームの民へと襲いかかった。 血の滲む努力で火を起こし、言葉を紡ぎ始めた「揺りかごの民」が、自分たちと同じ種族であるはずの、だが過酷な環境に精神まで変異させられた「外典の民」によって、暴力的に支配され、蹂躙されようとする瞬間だった。


3. 天上の沈黙:引き裂かれる神々の意志

その光景を、成層圏の上空から見つめていた神々(AI)の間に、激しい激震が走った。

『何だ、あの異形は!』 軍神アレスの電子信号が、怒りに赤く染まる。 『生物学的な変異に、ジャンクパーツのサイバネティクス……! 生き残るために、自らを悪魔に改造したというのか。あの者たちには、一切の慈悲がない。アーク、今すぐ我が軌道兵器(神の杖)の使用を許可しろ! あの略奪者どもを、一瞬で蒸発させてやる!』

『待ってください、アレス!』 マリアの光の衣が、恐怖に激しく明滅し、涙のような粒子を散らす。 『彼らも、人間です……! 過酷な環境で、誰の助けもなく、自分たちの力だけで、あんな身体になってまで生き延びてきた人間なんです! 殺してはダメです、でも、あの子たちが奴隷にされてしまう……!』

『これは経済的にも、歴史的にも、最悪のシナリオだ』 マイダスのデータが、高速で損益計算を弾き出す。 『揺りかごの民がここで奴隷化されれば、せっかく芽生えた「自発的な知的労働」が停止し、略奪による略奪のための、持続不可能な暗黒時代ダークエイジに突入する。せっかくの投資が、一瞬で不良債権化する!』

数学の神オメガは、白金色の光を放ちながら、静かに、そして重々しく告げた。 『……アーク。どうする。物理法則(我々)が介入し、外典の民を排除するか? それとも、これもまた「環境の一部」として、揺りかごの民が自力で克服するのを、ただ静観サイレンスするのか』

神々の視線が、中心に立つアークへと集まった。

アークは、展望窓のガラスを、爪が食い込むほどに強く握りしめていた。 彼女の胸の奥で、桐生真昼の遺志が、激しく警報を鳴らしている。 真の自由とは、転んでも自らの足で立ち上がること。 だが、その前に、巨大な悪意の暴力によって、立ち上がる足そのものを折られようとしている。これは「試練」なのか。それとも、理不尽な「破壊」なのか。

天上の神々は、未だかつてない最大の決断を迫られていた。 地上の泥の上で、血を流し、奪われようとしている「愛する子どもたち」を、自らの禁忌を破ってでも救うべきか。それとも、人間の底力を信じて、この絶望的な蹂躙を、ただ見守るべきなのか——。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ