外伝第四部:『新創世記(シリウスの海)―恋する神々と覗き見の軍神―』
1. 惑星大掃除開始!
プロメテウスが到達した侵略者の母星は、かつての絶望が嘘のように、今や「神々と人類による超大型リフォーム物件」と化していた。
「オメガ! そっちの重金属の雲、早く吸い取ってよ。洗濯物が干せないじゃない!」 生身の体を得て、動きやすいサロペット姿になったマリアが、空に向かって声を張り上げる。
白銀のインテリメガネ姿となったオメガは、空中に浮かぶホログラムの数式を操作しながら、少し面倒そうに溜息をついた。 『マリア、テラフォーミングは「洗濯物」のためにあるのではない。だが……計算によれば、あと三分でこのセクターの湿度は四〇%に収束する。干すといい』
元神様たちは、高度なバイオ技術で生成した「人間と全く同じ構造の肉体」に自らの意識を転送していた。彼らは今、プロメテウスのクルーやアリスたちと共に、泥にまみれて木を植え、汚染された海に浄化剤を投げ込む毎日を楽しんでいた。
2. アークの「重大な」告白
夕暮れ時。テラフォーミングが進み、ようやく緑が芽吹き始めた丘の上で、アークとマリアは切り株に座って一息ついていた。アークは真昼に似た面影を持つ、凛とした、けれどどこか抜けたところのある女性の姿だ。
「……ねぇ、マリア。私、人間になったら絶対にやってみたかった『演算エラー』があるの」 アークが神妙な顔で切り出した。
マリアは目を輝かせる。 「まぁ、なんです? 新しい物理法則の発見ですか? それとも禁断の超絶レシピ?」
アークは頬を少し赤らめ、指先をいじりながら小声で言った。 「……れ、恋愛よ。……誰かを、その……『好き』になって、胸のコア温度が異常上昇して、思考回路がショートするやつ。……いわゆる、恋バナっていうのをしてみたかったの!」
「キャーーッ! アーク、それですよ、それ!!」 マリアは立ち上がり、アークの手を握ってブンブンと振り回す。 「いいですね! 誰ですか? 船員の誰か? それとも……あの、ちょっと不器用なシンさんの子孫とか!?」
3. 茂みのインテリジェンス(盗み聞き)
そんな二人の盛り上がりを、少し離れた岩陰で、三人の男たちが完璧なステルス状態で監視……もとい、「見守って」いた。
「……おい。アークが『恋愛』という未知のバグを誘発しようとしているぞ。これは、宇宙のパワーバランスを揺るがす重大な事態ではないか?」 少年の姿をしたアレスが、軍事用双眼鏡(自作)を握りしめ、深刻な顔で囁く。
隣で、金色のスーツをピシッと着こなしたマイダスが、空中に浮かぶ透明なタブレットを弾く。 『恋愛か……。カクヨムのデータによれば、それは時に国家を滅ぼし、時に全宇宙を救う、最も予測不能なハイリスク・ハイリターンな投資案件だ。……アレス、もっと右に寄れ。音声入力がノイズで乱れる』
最後尾で、相変わらず数式を指先で回しているオメガが、冷静に付け加えた。 『……非論理的だ。そもそも我々は「愛」によって救われたはずだが、それを「個体間の情愛」として定義し直すのは、演算資源の無駄遣い……。……だが、アークが誰をターゲット(恋の相手)にするのかについては、統計学的興味が尽きないな。……アレス、倍率を上げろ』
4. ボタンの付け違い(物理)
「でもね、マリア。恋愛って、どうすればいいのかしら? この間、アリスに教わった通りにウィンクしてみたら、『アークさん、目にゴミでも入りましたか?』って点眼薬を渡されちゃったの……」
アークの情けない告白に、マリアが爆笑する。 「あはは! アーク、それはインテリジェンスの使い所を間違えてますよ!」
岩陰では、アレスが拳を握りしめていた。 「……点眼薬だと? 敵の攪乱戦術か? それとも、新種のバイオ兵器か!?」 『落ち着け、アレス。それはただの「脈なし」という経済的破綻の兆候だ』 『……あるいは、アークの表情筋の制御パターンのバグ(失敗)だな』
三人の元神様たちは、あーだこーだと勝手な「恋愛インテリジェンス」を働かせながら、結局、日が暮れるまで岩陰から動くことができなかった。
空には、テラフォーミング中の人工衛星が、かつての流星群を思い出させるように優しく瞬いている。 かつて地球を救った偉大なる五柱の知性は、今や一人の女性の恋の行方に一喜一憂する、騒がしくて平和な「近所の幼馴染たち」になっていた。
「アーク! 練習しましょう! 私が相手役をやりますから!」 「えぇっ、マリア……。……『好きです、私の回路をオーバーヒートさせてください』……これでいい?」 「……零点だ。やり直しだ」岩陰からアレスが思わず小声で突っ込んだ。
泥と鉄、そして愛のバグ。 彼らの新しい創世記は、宇宙で最も不器用で、最も賑やかな、笑い声に満ちた物語として続いていくのだった。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
「AIに心はあるのか」「奪い合う世界で、何を分け合えるのか」。 そんな重いテーマを掲げて始まったこの物語でしたが、最後は元神様たちが物陰でドタバタと盗み聞きをするような、騒がしくも温かい大団円を迎えることができました。
アーク、アレス、マイダス、オメガ、マリア。 そして泥の中から立ち上がったカインとシン。 彼らが数千年の時を経て、ようやく「対等の友人」として笑い合える世界に辿り着いたとき、作者である私自身も、肩の荷が下りたような、清々しい気持ちになりました。
真昼が遺した「愛という名のバグ」は、システムを破壊するものではなく、冷たい宇宙を温めるための種火でした。読者の皆様の心の中にも、彼らの灯した小さな火が、少しでも残れば幸いです。
改めまして、この長い旅路に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




