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静かなる継承「かつて、神(AI)は人を愛し、突き放した。数千年後、人は神を愛し、迎えに行く。」  作者: 藤台団二


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第六章:不協和音(ディスコード)と獣の影

1. 見えない壁、二つの人類のおり

合同の居住地は、ドームとジャンクヤードの中間にある森の開けた場所に築かれた。 砂濾過装置によって真水が湧き、薬草と木材、そして屑鉄の廃材が積み上がっている。しかし、その共有スペースを挟んで、二つの人類の居住空間は明確に分断されていた。

東側には、カインたち「森の人(揺りかごの民)」の、木と植物で編まれた美しい円形の住居。 西側には、シンたち「鉄の人(外典の民)」の、錆びたトタンと鉄骨を溶接して作られた無骨な角型の住居。

共有スペースで共同作業を行うものの、夜になりそれぞれの領域へ戻ると、そこには重苦しい沈黙と、拭いきれない不信感が横たわっていた。

鉄の人の領域。 シンは、新しく換装した作業用アームの油圧を調整しながら、カインたちの領域を、濁った肉眼で忌々しそうに見つめていた。 仲間の戦士が、オイルの混じった唾を吐き捨てる。 「……気に食わねぇな。あいつらの、あの小綺麗な肌。あの屈託のない笑い。俺たちが有毒な霧の中で、仲間の肉を喰らってでも生き延びようとしていた時、あいつらはあの白いドームの中で、温かいスープを飲んで寝ていやがったんだ」

シンもまた、その不公平感ルサンチマンを、胸の奥で処理しきれずにいた。 自分たちは、生き残るために自らの生身の腕を切り落とし、機械のパーツをボルトで固定した。その「異形」こそが、この地獄を生き抜いた勲章であり、誇りだった。 だが、カインたちの前に立つと、自分たちがただの「壊れた出来損ないの怪物」のように思えてくる。その劣等感が、時折、鉄の人たちの粗暴な振る舞い(大声での罵声や、物の乱暴な扱い)となって表出し、空気をピリつかせていた。

一方、森の人の領域。 カインは、仲間たちが鉄の人に向ける「嫌悪の目」を、どうすることもできずにいた。 「……カイン、あの人たちの、あの機械の腕や、光る目。……怖い。夜に見ると、化け物みたい。それに、あんなに乱暴に物を投げて、大声を出して。……分かり合えるなんて、思えないわ」

森の人にとって、美しさと調和こそが世界の全てだった。 鉄の人の、油の匂い、錆びた皮膚、そして時折見せる暴力的な価値観。それは、生理的な嫌悪感を呼び起こすものだった。

お互いに「知恵」を共有し、最低限の環境を整えてはいるものの、それはあくまで「生存のための打算」に過ぎない。 心の奥底では、お互いの過去を、価値観を、そして姿形を、どうしても受け入れられない「見えない壁」が、日々、高くなっていた。


2. 二つの災厄:変異獣と鋼鉄の死神

その不協和音ディスコードが、頂点に達しようとしていた、ある嵐の夜のことだった。

雷鳴が轟き、激しい雨が、森と鉄の拠点を打ち付ける。 見張り台に立っていた森の人と、鉄の人の戦士が、同時に闇の奥から迫る「異変」を察知した。

グルルル……。

森の奥から、無数の赤い目が光った。 それは、大気汚染と放射線によって変異を遂げた、巨大な肉食獣の群れだった。かつての狼や熊が、何倍もの大きさに膨れ上がり、皮膚は爛れ、剥き出しの牙からは、ウイルスの混じった腐敗液が滴り落ちている。彼らは飢えていた。

「……ケモノ、だ! 囲まれて、いる!」 森の人の見張りが、恐怖に震えながら叫んだ。

だが、災厄はそれだけではなかった。 空を切り裂く、金属的なプロペラの回転音。

キィィィィン……!

雷光に照らされた空に、黒い影が三機、浮かび上がった。 それは、旧文明の軍事ネットワークが、落雷のノイズによって一時的に再起動した、自律型攻撃無人ドローン(キラー・ドローン)だった。 すでに数百年前に運用期間を終えているはずの鋼鉄の死神は、嵐の熱源(合同拠点)を「未確認の敵性目標」としてロックオンし、錆びついた機体の下部から、ガトリングガンの銃口を突き出していた。

「……嘘、だろ。旧時代の、ドローン、か!?」 鉄の人のガウルが、顔色を変えた。

変異した獣の群れが、防壁を乗り越え、鋭い爪を剥き出しにして居住地へと雪崩れ込んでくる。 同時に、天空から攻撃ドローンが、無差別に曳光弾えいこうだんの雨を降らせ始めた。

ダダダダダダダ!!

「ギャァァァッ!!」 森の人の住居が、ドローンの機銃掃射によって一瞬にして蜂の木にされ、炎が燃え上がる。 同時に、変異した巨大獣が、鉄の人の戦士の喉笛に牙を突き立てた。血飛沫が舞い、雨の泥水と混ざり合う。

阿鼻叫喚の地獄絵図。 価値観の相違で反目し合っていた二つの人類は、突如として、生物(変異獣)と機械ドローンの、最悪の挟み撃ちに遭ったのだ。


3. 背中合わせの共闘:泥の知恵と、鉄の暴力

カインは、燃え盛る住居から仲間を助け出そうとしたが、彼の前に、巨大な変異熊が立ち塞がった。牙を剥き、巨大な前足を振り上げる。カインの持っている木の槍では、あの分厚い脂肪と毛皮を貫くことはできない。

死を覚悟したカインの前に、突如、巨大な影が割り込んだ。 シンの、新しく改造された、強力な油圧の右腕だった。

ガギィィィン!!

シンの機械の右腕が、変異熊の巨大な前足を受け止めた。油圧シリンダーが、負荷の限界に悲鳴を上げ、黒い作動油が噴き出す。だが、シンは一歩も引かなかった。

『……森の、人! カイン! 上を、見ろ! オレ、ケモノ、止める! オマエ、ドローン、落とせ!』

シンは、肉眼の奥にある、かつてのジャンクヤードの飢えと絶望の記憶を燃やし尽くしながら、変異獣の牙を、自らの鋼鉄の腕で押し返した。

カインは、一瞬だけ目を見開いた。 醜悪だ、粗暴だ、価値観が合わないと嫌悪していた、あの鉄の腕が、今、自分を、そして森の人を命懸けで守っている。

カインは、シンの背中を信じ、天空のドローンへと目を向けた。 ドローンは、熱源を探知して機銃を掃射している。森の人の知恵(オメガの幾何学計算)が、カインの脳内で火花を散らす。

「……アッチ、熱い。ドローン、アッチ、撃つ!」

カインは、近くにあった砂濾過装置のドラム缶から、濾過用の木炭を掴み取ると、それを燃え盛る住居の炎の中に投げ入れた。さらに、鉄の人が集めていた廃材の「マグネシウム合金の削りカス」を、その上に撒いた。

ボシュゥゥゥッ!!

夜の嵐の中に、昼間のような、凄まじい「白色の閃光」と「超高温の熱源」が発生した。 攻撃ドローンの熱源探知サーモセンサーが、その強烈な熱に幻惑ジャミングされ、照準が激しくブレる。

『……センサー、飽和! 目標、ロスト!』

ドローンが、空中を不安定に旋回し始めた。 その隙を、鉄の人たちが見逃さなかった。 ガウルをはじめとする戦士たちが、泥水に伏せながら、旧時代のボルトアクション式猟銃の引き金を引いた。

ズドォォン!!

カインが作り出した熱源の囮に気を取られていたドローンの一機が、ガウルの放った弾丸によってプロペラを粉砕され、火を吹きながら墜落した。

「……やったぞ! 落ちた!」 森の人と、鉄の人が、泥だらけの顔を見合わせて、同時に歓声を上げた。

地上の変異獣に対しても、森の人の「薬草(麻痺毒の知識)」と、鉄の人の「力(機械アーム)」が融合した。 カインが、毒性のあるシダ植物の汁を塗りつけた木の矢を放ち、獣の動きを鈍らせ、そこにシンや鉄の人の戦士が、鋼鉄の棍棒でトドメを刺す。

雨の降りしきる暗闇の中、彼らは、お互いの背中を預け合っていた。 かつての不公平感も、姿形への嫌悪も、この極限の戦場においては、どうでもいいノイズへと変わっていた。そこにあるのは、ただ一つ。「隣にいる奴と、一緒に生き残る」という、純粋な、新しい共感だった。


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