ー第5項 民衆の歓声を背に、死んだことになった令嬢と毛玉が王都を去り、新たな復讐の旅路へ出発する話
第5項 民衆の歓声を背に、死んだことになった令嬢と毛玉が王都を去り、新たな復讐の旅路へ出発する話
熱狂する広場を、セシリアは悠然と歩いて抜けていく。
誰ともぶつからない。誰も彼女に気づかない。
彼女はもう、この国の人間にとっては「過去の遺物」なのだ。
(見ていなさい、アルフレッド、ミナ。そして愚かな民衆たち)
セシリアは心の中で誓った。
私は必ず戻ってくる。
転生などしない。別の幸せなど求めない。
このセシリア・フォン・オルティスのまま、力をつけ、富を築き、この腐った国を裏から支配してやる。
あなたたちが「死んだ」と思って安心している間に、その首元に刃を突きつけてやる。
「……行くわよ、ノワール」
小声で囁く。
『おう。次はどこへ行く? 毒の沼地か? 魔獣の森か? 美味い「苦しみ」がありそうな場所ならどこでもいいぞ』
「そうね……まずは隣国の帝都へ行きましょう。あそこは実力主義。私の才覚と、あなたの力があれば、すぐにのし上がれるわ」
セシリアの瞳は、かつてないほど生き生きと輝いていた。
潔癖で窮屈だった公爵令嬢の殻を破り、毒を喰らい、死を欺いた彼女は、今や何者をも恐れぬ「真の悪役」へと変貌しようとしていた。
広場の外れまで来た時、ふとセシリアは足を止めた。
屋台から、安っぽいワインの匂いが漂ってきた。
「ねえ、ノワール。さっきの毒……どんな味だった?」
『ん? ああ、ボディが重めで、後味に鉄錆のような死の気配があったな。……まあ、お前の「生きたい」という執念が最高のスパイスになってたが』
「そう。……今度は、もっと上等なワインをご馳走するわ」
セシリアは微かに微笑んだ。それは、王都の人々が見たこともないような、妖艶で危険な笑みだった。
死んだはずの悪役令嬢と、生を貪るおつまみ魔王。
二人の影は、夕暮れの王都から静かに、そして完全に消え失せた。
後に残されたのは、偽りの平和と、やがて訪れる破滅の予兆だけであった。
――第1章 完。




