ー第4項 魔王が毒と悔恨を貪り食い、令嬢の死を世界に誤認させる大掛かりな幻術と結界を展開する話
第4項 魔王が毒と悔恨を貪り食い、令嬢の死を世界に誤認させる大掛かりな幻術と結界を展開する話
契約は成立した。
ノワールは大きく口を開けた(ように見えた)。毛玉の表面が裂け、底なしの闇が露わになる。
『いただきまーす』
ズゾゾゾッ!
下品な音と共に、セシリアの体内から紫色の光が吸い出されていく。
猛毒「女神の涙」。一滴で象をも殺す劇薬が、まるでジュースのようにノワールの中へと消えていく。
同時に、セシリアの胸を締め付けていた重苦しい塊――処刑への恐怖、冤罪への悔しさ、孤独感――もまた、あらかた吸い取られた。
『んんーッ! たまらん! ヴィンテージワインのような芳醇な毒気! そしてこの悔しさ、まさに絶品! コリコリとした食感が最高だ!』
ノワールは体を震わせて悦に入っている。
毒が抜けたことで、セシリアの身体に生気が戻ってきた。冷え切っていた手足に血が巡る。
「……身体が、軽い」
毒だけでなく、長年彼女を縛っていた「貴族としての重圧」までもが、少し軽くなった気がした。
『さて、デザートといくか。お前は一度「死んだ」ことにしてやる』
ノワールがポンと跳ねると、黒い霧がセシリアを包み込んだ。
霧が晴れた時、そこには二人のセシリアがいた。
一人は、床に倒れ伏し、白目を剥いて絶命しているセシリア。
もう一人は、その横に立ち、透き通った身体で呆然としているセシリアだ。
『精巧な死体人形だ。心停止はもちろん、死後硬直まで再現してある。解剖してもバレねえよ』
「趣味が悪いわね……でも、助かったわ」
セシリアは自分の「死体」を見下ろし、複雑な表情を浮かべた。
かつての誇り高き公爵令嬢セシリアは、ここで死んだのだ。
これからは、ただの復讐者として、あるいは一人の女として生きる。
『おい、時間が動き出すぞ。透明化の結界を張った。息を潜めてろ』
ノワールがセシリアの肩に飛び乗った。
まるで、以前からそこにいたかのように馴染んでいる。
パリン。
再び音がして、世界が動き出した。
ドサッ。
ダミーのセシリアが、重々しい音を立てて床に倒れ込んだ。
「……死んだか!?」
処刑人が脈を確認する。そして、高らかに宣言した。
「悪役令嬢セシリア、毒により死亡確認!」
わあぁぁぁぁぁぁッ!!
広場を揺るがすような歓声が上がった。
人々は抱き合い、帽子を投げ、悪女の死を祝った。
アルフレッド王子はミナを抱き寄せ、ミナは嘘泣きをしながら「かわいそうなセシリア様……」と呟いている。
その光景を、透明なセシリアは冷ややかに見つめていた。
怒りはもうない。ノワールに食べられてしまったからだ。
あるのは、氷のように冷徹な計算と、生存への執着だけ。




