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ー第3項 死の瞬間に時間が停止し、漆黒の毛玉のような魔王が出現して令嬢の悔しさを「極上の味」だと品定めする話

第3項 死の瞬間に時間が停止し、漆黒の毛玉のような魔王が出現して令嬢の悔しさを「極上の味」だと品定めする話


 パリン。

 何かが割れるような音がして、セシリアの意識は暗闇の中で繋ぎ止められた。

 倒れかけていた体勢のまま、身体が動かない。いや、自分だけではない。

 バルコニーの王子も、勝ち誇るミナも、拳を振り上げた民衆も。

 さらには、空を飛ぶ鳥さえもが、空中で静止していた。


 世界が、凍りついている。

 色彩を失った灰色に染まる世界で、ただ一点、セシリアの目の前だけが漆黒の闇に覆われていた。


『――ほう。なかなか、いい面構えだ』


 どこからともなく、重厚で、それでいて粘着質な声が響いた。

 セシリアの目の前の空間がねじれ、そこから「何か」が現れた。

 それは、直径三十センチほどの、黒い毛玉だった。

 手足は見当たらない。ただ、深く暗い闇を凝縮したような毛並みの中に、二つの真紅の瞳が怪しく光っている。


「……何、これ? 私は、死んだの?」

 声が出たことに驚く。思考も明瞭だ。


『半分死んで、半分生きている。そんな状態だな』

 毛玉――ノワールと名乗る存在は、フワフワと宙に浮きながらセシリアの顔を覗き込んだ。

『お前、今、猛烈に悔しがっていただろう? 「来世でやり直すなんてごめんだ」「今のまま勝ちたい」と。その執念、実に美味そうだ』


 ノワールは、舌なめずりをするような音を立てた。

『人間ってのは、すぐに「生まれ変わりたい」だの「違う世界に行きたい」だのとほざく。自己憐憫と逃避の味がして、俺は反吐が出るほど嫌いなんだがな……お前は違う』


 ノワールがセシリアの胸元に触れる(実際には毛先が触れただけだが)。

 そこには、飲み干した毒が、紫色の光となって心臓を侵食しようとして止まっているのが見えた。


『この毒、そしてお前の腹の底に溜まったドス黒い「無念」。……これを俺に食わせろ。そうすれば、お前を「死」から引きずり戻してやる』


「……あなたは、悪魔?」

『失礼な。古の魔王と呼べ。まあ、今はこんなナリだがな』

 ノワールはケケケと笑った。


 セシリアは状況を理解しようと努めた。

 これは幻覚かもしれない。死の間際に見る夢かもしれない。

 だが、この毛玉から感じる圧倒的な「存在感」は、アルフレッド王子など比較にならないほど強大で、そして冷酷だった。


「……条件は?」

『俺はお前についていく。お前は生きろ。そして、これからも理不尽な目に遭い、苦しみ、あがき続けろ。俺はその時に生じる「負の感情スパイス」と、お前を殺そうとする「害意メインディッシュ」を食わせてもらう。Win-Winだろ?』


 つまり、一生こいつの餌係になれということか。

 だが、ここで死んで、あの女に笑われるよりはマシだ。

 セシリアの瞳に、冷たい炎が宿った。


「いいわ。契約しましょう、魔王様。……私の人生、貴方には少々刺激が強すぎるかもしれませんけれど」

『カカッ! 言うじゃねえか、小娘!』


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