ー第2項 処刑人から渡された慈悲という名の毒入りワインを受け取り、人生の終わりを悟った令嬢が覚悟を決めて杯をあおる話
第2項 処刑人から渡された慈悲という名の毒入りワインを受け取り、人生の終わりを悟った令嬢が覚悟を決めて杯をあおる話
グラスの中の液体は、血のように赤く、甘い死の香りを漂わせていた。
王家秘蔵の猛毒「女神の涙」。口に含めば数秒で心臓が止まる、苦痛のない毒だと言われている。
広場の喧騒が、ふっと遠のいた気がした。
(これが、私の人生の結末なの?)
幼い頃から厳しい教育を受け、国の未来を憂い、誰よりも努力してきた。
あのような愚かな王子を支え、民のために尽くそうとしてきた。
その結果が、これだ。
視界の端で、ミナが勝ち誇ったように笑っているのが見えた。彼女の口が「ざまあみろ」と動いた気がした。
怒りが、腹の底から湧き上がってくる。
悔しい。許せない。
もし神がいるのなら、なぜ私を見捨てるのか。もし来世があるのなら、この屈辱を晴らしてやりたい。
(……いいえ。来世なんて不確定なものに縋るのは、弱者の思考ね)
セシリアは首を振った。
今の私は、セシリア・フォン・オルティスだ。他の誰でもない。この私が、このまま負け犬として死ぬことだけが、どうしても許せなかった。
だが、現実は非情だ。処刑台の周りには近衛兵が囲み、逃げ場はない。
「さあ、飲み干せ! 悪役令嬢セシリア!」
民衆の野次が、背中を押す。
セシリアは覚悟を決めた。せめて最期は、誰よりも美しく散ってやる。それが、彼らへのささやかな復讐だ。
「皆様、ごきげんよう」
凛とした声で告げると、セシリアはグラスを口元へ運んだ。
冷たい液体が唇に触れる。
躊躇を一瞬で切り捨て、彼女は一気にワインを煽った。
喉を焼くような感覚。
胃袋に落ちた瞬間、内臓が氷のように冷たくなる。
視界が明滅する。
ああ、これで終わりか。
グラスが手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てて転がった。
セシリアの体から力が抜けていく。
倒れる。
泥にまみれた床板が迫ってくる。
その時だった。
世界から、音が消えた。




