ー第3項 王子の絶叫と聖女の崩壊。希望を喰らう悪魔の晩餐が終わり、二人に残されたのは生きて没落するという地獄
第3項 王子の絶叫と聖女の崩壊。希望を喰らう悪魔の晩餐が終わり、二人に残されたのは生きて没落するという地獄
数万の王国軍は、戦闘が始まる前に瓦解した。
半数以上がその場でセシリア軍への投降、および入国希望を叫び、残りの者たちは恐れをなして逃走した。
戦場に残されたのは、呆然と立ち尽くす王太子ギルバートと、彼の腕にしがみつく聖女マリア、そしてごく少数の近衛兵のみだった。
「な……なぜだ……! 貴様ら、戻れ! 王命だぞ! この売国奴どもが!」
ギルバートは顔を真っ赤にして叫び散らしているが、もはや威厳の欠片もない。
彼の黄金の鎧は砂埃にまみれ、かつての輝きを失っていた。
隣のマリアは、恐怖で顔を引きつらせている。彼女の「聖女の加護」など、圧倒的な現実の前ではんの役にも立たなかったのだ。
セシリアはゆっくりと玉座のような椅子から立ち上がり、彼らの前へと歩み寄った。
元騎士たちが道を開け、セシリアとノワールがギルバートたちの目前まで迫る。
「久しぶりね、殿下。そしてマリア」
セシリアの声には、皮肉すら混じっていない。ただ、道端の石を見るような無関心さがあるだけだった。
「セシリア……! 貴様、黒魔術を使ったな! 兵たちを洗脳したのだろう! 卑怯者め!」
「洗脳? いいえ、彼らはただ『選んだ』だけよ。餓死する未来か、満たされた明日か。誰だってわかる簡単な選択肢だわ」
セシリアは憐れむように首を傾げた。
「ギルバート、あなたは王になる器ではなかった。ただそれだけのこと」
「黙れ! 僕は選ばれた王だ! マリアという聖女もいる! 正義は僕にあるんだ!」
ギルバートは剣を抜き、セシリアに斬りかかろうとした。
だが、その剣が振り下ろされることはなかった。
ノワールが片手を軽く振っただけで、ギルバートの剣は飴細工のように捻じ曲がり、弾き飛ばされたからだ。
「ひっ……!」
腰を抜かして座り込むギルバート。マリアは悲鳴を上げて彼から離れようとするが、足がもつれて動けない。
「さあ、ノワール。仕上げを」
セシリアの命令に、悪魔は恭しく一礼する。
ノワールの影が伸び、ギルバートとマリアを包み込んだ。
物理的な痛みはない。
だが、二人は魂を直接削り取られるような、冷たく悍ましい感覚に襲われた。
「や、やめろ……何をする……!」
「私の力……私の聖女の力が……吸い取られていく……!」
ノワールが行ったのは、「希望の捕食」だった。
彼らの中に残っていた「いつか逆転できるかもしれない」「まだ自分は王だ」「私は愛されている」といった、一縷の希望、自尊心、明るい未来への展望。それらすべてを根こそぎ喰らい尽くしたのだ。
数秒後、影が引いたとき、そこにいたのは抜け殻のようになった二人だった。
命はある。五体も満足だ。
しかし、その瞳からは光が完全に消え失せていた。
彼らの心に残ったのは、純粋な「絶望」と、これから訪れる没落への「恐怖」のみ。
「殺しはしないわ」
セシリアは冷たく言い放った。
「死は救済よ。あなたたちにそんな安らかな眠りは与えない」
彼女は二人の足元に、一枚の金貨を投げ捨てた。
「生きて、堕ちていきなさい。かつて自分たちが足蹴にした民衆が、どれほど苦しんでいたのか。泥水をすすり、這いつくばって生きる苦しみを、その身をもって味わうがいいわ」
セシリアは踵を返し、背を向けた。
ノワールが、満腹そうに唇を舐めながら主に続く。
「美味しい『希望』でございました、お嬢様。少し腐りかけでしたが、それもまた乙な味で」
「悪食ね、ノワール」
セシリアの合図と共に、元騎士たちが一斉に勝鬨を上げた。
歓声が空を揺るがす中、ギルバートとマリアは荒野の真ん中で、ただ震えながら蹲ることしかできなかった。
聖戦と呼ばれた戦いは、一方的な蹂躙によって幕を閉じた。
そしてここから、セシリア・オルコットの真の「国作り」が、そして愚か者たちへの永遠の罰が始まるのである。
第5章へ続く




