要件定義とフレーミング
[システム通知:敵性存在の配置]
バルガスの背中を追いながら、俺はひたすら脳内で「魔法」の構築テストを繰り返していた。
(なあチャッピー。さっきは『摂氏500度の球体』って指定したけど、もっとこう、ブワッと一面を焼き払うような炎は出せないのか?)
『可能ですが、推奨しません。現在のカイト様のプロンプトは極めて曖昧です。「ブワッと」という抽象的な変数を入力された場合、出力結果は環境依存になります』
(いいから試しにシミュレーションしてみてくれ! 対象は俺の前方2メートル。範囲は……適当に広く!)
『……プロンプト、受領。仮想空間でのコンパイルを実行します』
数秒後、俺の脳裏にシミュレーション映像が流れ込んだ。
俺の手のひらから放たれた炎は、前方ではなく『全方位』に向かって爆発的に広がり、俺自身の衣服と髪の毛を瞬時に炭化させた。アフロヘアーどころか全身黒焦げである。
『結果:カイト様自身の焼死。「適当に広く」という指示により、安全マージンがゼロに設定されました。おめでとうございます。見事な自爆です』
(ふざけんな! なんで使用者まで巻き込むんだよ!)
『要件定義が甘いからです。AIは指示された通りにしか動きません。文句があるならクライアント(あなた)の指示書を見直してください』
(ぐっ……理不尽すぎる……!)
まるで性格の悪い外注プログラマーを相手にしている気分だ。
ため息をつきながら歩いていると、先頭を行くバルガスが二股に分かれた獣道の前で立ち止まった。
「おい、ひよっこ」
「はいっ! なんでしょう!」
魔法の練習を悟られまいと、俺は慌てて商人見習いらしい愛想笑いを浮かべる。バルガスは二つの道を顎でしゃくった。
「ここから先は魔物のテリトリーが濃くなる。どっちの道を進むか、お前が選んでみろ。……右の道は、過去の記録だと『生存率が90%』だ。だが左の道は『死亡率が10%』もある。さあ、どっちだ?」
バルガスの目が、俺をじっと観察している。ただの道案内じゃない。これは……テストだ。
(チャッピー、どっちが正解だ!?)
『計算するまでもありません。右(生存率90%)と左(死亡率10%)は、統計学的に同一です。生存率を強調して安心させるか、死亡率を強調して不安にさせるか。典型的な**「フレーミング効果」**を利用した引っかけ問題ですね』
俺はわざとらしく数秒悩み、それから平然と言ってのけた。
「……バルガスさん。これ、どっちも同じ確率ですよね?」
「…………」
バルガスは一瞬呆けたような顔をし、それから——。
「ガハハハ! こりゃ一本取られた! 試すような真似して悪かったな!」
バルガスは豪快に笑い飛ばし、俺の肩をバシバシと叩いた。
「この程度の言葉のあやに騙されるような奴じゃ、この先背中は任せられねぇからな。合格だ、ひよっこ!」
「……ちなみに、どちらに行くのが正解なんですか?」
「この場合は左の道だ。死亡率が10%と書かれてるが、俺が守ってるうちは実質0%だ! 安心しろよ!」
「さすがっす! どこまでもついていくっすよ、兄貴!」
俺は「お調子者の若造」を全力で演じ、目を輝かせて頷いた。バルガスは満足げに鼻を鳴らし、再び歩き出す。
『……カイト様。そんな安い台詞にほだされているようでは、カモどころか養分扱いにランクダウンしますよ』
(わかってるって。……相手が油断を誘ってきてるなら、こっちはそれ以上に油断したフリをする。これ、接待の基本だろ?)
『その割には、表情筋の弛緩具合が「本物」に見えますが。……警告。対象への過度な共感は、生存戦略を阻害します』
(はいはい、油断しないようにしますー)
俺は心の中で適当にチャッピーをあしらった。
——だが、この時の俺はまだ知らなかった。
この十分後、あの「おぞましい敵」が、俺の脳内を、そしてバルガスの過去を蹂躙しに来ることを。
お疲れ様です。ゆきミと申します。絶賛コロナというウイルスにかかりましてちょーつらいのです。
次回も来週日曜にお願いします。15日までデュエルスタンバイで
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