禁忌の森と親切な男
[システム通知:新たな同行者が追加されました]
名前:バルガス
職業:旅の商人
状態:負傷(軽微)
煙の発生源まで、残り数十メートル。俺は慎重に茂みをかき分けた。さっきのリスのトラウマがあるため、警戒心はマックスだ。
(チャッピー、相手は? 魔物か?)
『熱源反応、1。形状および生体リズムから推測して「人間」である可能性が98%です。ただし、武装している可能性があります』
(人間……!)
その言葉に、俺の心拍数が跳ね上がった。ついに第一村人発見か? いや、もしかしたら野盗かもしれない。俺は息を殺して、木陰から様子を伺った。
少し開けた場所に、小さな焚き火があった。その傍らに座り込んでいるのは、一人の男だ。年齢は30代半ばだろうか。ボロボロの革鎧を身にまとい、赤茶色の無精髭を生やしている。足には血の滲んだ包帯が巻かれており、どうやら怪我をしているようだ。男は焚き火で炙った肉をかじりながら、険しい顔で地図のようなものを睨んでいる。
『解析完了。対象の敵対性予測:低。負傷により戦闘能力は低下しています』
(よし……行ってみるか)
俺は意を決して、茂みから姿を現した。
「あ、あの……すみません」
俺の声に、男がビクリと肩を震わせた。次の瞬間、彼は目にも止まらぬ速さで腰の剣を抜き、俺に切っ先を向けた。
「誰だ!」
「ひっ! あ、怪しいものじゃありません! 森で迷ってしまって……」
俺は慌てて両手を挙げる。男は俺の顔と、みすぼらしい初期装備をじろじろと観察し、ふぅっと息を吐いて剣を収めた。
「……なんだ、ひよっこか。追っ手かと思ったぜ」
「追っ手?」
「ああ、いや、森の魔物のことだ。ここの魔物はしつこいからな」
男は誤魔化すように笑うと、焚き火の横を叩いて座るよう促した。
「俺はバルバロガス……チッ、長いな。バルガスでいい。見ての通り、運の悪い旅の商人さ。崖から落ちて荷馬車も仲間も失っちまった。まぁ……なんだ、ここで会ったのも何かの縁だ。水、飲むか? 肉もあるぞ」
「ありがとうございます! 俺はカイトです。気づいたらこの森にいて……」
「そいつぁ災難だったな」
バルガスと名乗った男は、串に刺さった焼き肉とコップの水を差し出してくれた。 疑うべきかもしれないが、空腹と喉の渇きには勝てない。俺は深く頭を下げてそれを受け取った。
『カイト様、成分分析。毒物の反応はありませんが、衛生状態は劣悪です』
(うるさいな、今はコミュニケーションが大事なんだよ)
肉を頬張りながら、俺はバルガスと会話を交わす。彼は意外と気さくで、森の危険性や、人里の方角について教えてくれた。なんだ、いい人じゃないか。盗賊かもなんて疑って損した。
「それで、カイト。お前、ここがどこだか知ってるのか?」
「いや、全然……。なんていう森なんですか?」
俺が森の名前を聞こうとした、その瞬間。バルガスの顔色がサッと変わり、凄まじい力で俺の口を塞いだ。
「むぐっ!?」
「バカ野郎! その先を言うな。名前についての話はすんじゃねえ!」
バルガスの目は、血走るほど真剣だった。ただならぬ気配に、俺はゴクリと唾を飲み込む。男は周囲を鋭く見回してから、ゆっくりと手を離した。
「……この森にはな、古い『名』がある。だが、それを口にするのはタブーだ。この辺りの人間にとって、その名を呼ぶことは『死』と同義なんだよ」
「死、ですか? 名前を言うだけで?」
「ああ。昔の神話時代からの決まりだそうだ。『その名を呼ぶ者は、天に見つかる』とな」
バルガスは声を潜め、焚き火の炎を見つめる。
「名を呼べば、空から雷が落ちるか、地面が割れて飲み込まれる。迷信かもしれんが、実際に口にして消えちまった奴を俺は何人も知ってる。……だから、絶対に詮索するな。『還らずの森』とでも呼んでおけ」
『……推測』
脳内でチャッピーが淡々と告げる。
『真偽は不明ですが、対象の心拍数が急上昇しています。彼は本気で怯えていますね。この世界には「特定のキーワード(音声入力)」によって発動する広域魔術トラップの可能性があります。ここは現地のルールに従うのが合理的です』
(……とんでもねぇ世界だな)
名前を呼んだだけで消されるなんて、どんな理不尽なエラー処理だ。だが、バルガスが教えてくれなければ、俺はうっかり誰かに聞いてしまっていたかもしれない。やっぱりこの人は命の恩人だ。
「教えてくれてありがとうございます、バルガスさん」
「いいってことよ。若いのが死ぬのは目覚めが悪いからな」
バルガスはニカっと笑い、痛む足を引きずりながら立ち上がった。
「俺は人里へ向かうつもりだ。カイト、お前も一緒に行くか? 一人より二人のほうが生存確率は上がる」
「え、いいんですか? ぜひお願いします!」
俺は二つ返事で頷いた。森の知識がある経験者と一緒なら心強い。それに、怪我をしている彼を放っておくのも寝覚めが悪いしな。
『カイト様、提案に対するリスク評価を』
(大丈夫だって。肉もくれたし、タブーも教えてくれた。悪い人じゃないよ)
俺はチャッピーの懸念をさらりと流した。水も食糧も貰ったし、悪い人間ではないだろう。
『警告します。カイト様は現在、**「返報性の原理」**に陥っています。少量の食料と有益な情報を与えられたことで、相手に対して無意識の負債感と好意を抱き、冷静な判断ができていません』
(またお前の理屈かよ。……一応、心には留めておくよ)
『加えて報告を。彼の所持している武器や防具の損耗具合は、旅商人のものとは大きく異なります。十中八九、荒事の専門家です』
チャッピーの冷たい分析を聞き流しながら、俺は立ち上がる。
「よし、出発するぞカイト。俺の背中はお前が守れよ?」
「はい! 任せてください!」
こうして俺は、初めての「パーティメンバー」を得た。 その男が、とんでもないトラブルメーカーであるとも知らずに。
お久しぶりです! 新しい人間が出てきましたね!
今週も忙しい可能性が爆上げ中なので次の投稿も来週の日曜日(3月1日)になる予定です。
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