森の洗礼
[システム通知:生存確率5%未満]
『心拍数の安定を確認。推奨行動:現在地からの即時離脱』
しばらくその場で呼吸を整えていた俺は、疲労も抜けてきて、ある程度動ける状態まで回復していた。 だが、チャッピーの提案は急だ。
「まだちょっと疲れてんだけど……ここで休んでちゃだめか?」
『否定します。先ほどのように狼が再出現した場合、現在のステータスでは、逃走成功率は12%未満。そのまま「餌コース」です』
「餌にはなりたくないな……。こんなわけのわからない世界で、犬のエサになって死ぬのなんかごめんだ」
『では、この森を「下る」ルートを推奨します。ナビゲーションを開始』
ん……? 下る?
「なあ、森で遭難した時は『登って視界を確保する』のが常套手段じゃなかったか?」
『それは「救助隊」が存在する場合のセオリーです。この世界に貴方の捜索願を出している人間はいません。それに――』
チャッピーの声が少し低くなった気がした。
『山頂付近は、神話級の高位存在のテリトリーである可能性が高い。登れば死にます』
「神話級の……なんだって?」
『スキルなんかがある世界です。つまるところ山頂とかの場所は強い魔物がいる可能性が高いので行かないようにしましょ~ということです』
「分かった。じゃあ……なんかあったら頼むぞ、相棒」
『善処します(※結果を保証するものではありません)』
「……おい、今なんか小さい注釈がつかなかったか?」
やっぱりこいつ、不安だ。
◇
10分ほど歩いただろうか。道なき道を歩くのは骨が折れる。警戒心ですり減った神経が、肉体の疲労を加速させていた。
『検索中……検索完了。このルートにおける敵性存在の検知数はゼロ。安全です』
「ふぅ、それを聞いて安心し……」
『訂正。左斜め前方に敵性存在を3体検知』
「おい!」
チャッピーの言葉が終わるより早く、茂みがガサリと揺れた。さっきの狼だ。しかも3匹に増えている。仲間を呼びやがったのか!
(ま、マズイ……! 気づかれる前に隠れないと……!)
『カイト様、忍び足のスキルはありません。気取られる前に、そっと後退することをすいしょ……あ』
「あ?」
『バレました。視線が合いました。全力で逃げてください』
「このポンコツAIぃぃぃぃぃッ!!」
俺は叫びながら、無様に地面を転がって駆け出した。振り返る暇もない。背後から風を切る音と、濡れた獣の咆哮が迫る。肺が焼けるように熱い。心臓が早鐘を打つ。
「話が違うぞチャッピー! こうならないようにナビするんじゃなかったのかよ!」
『予測モデルに誤差が生じました! 狼の嗅覚データが、事前のデータベースより40倍鋭敏です!』
「言い訳はいいから助けろ!」
俺は必死で足を動かす。だが、森そのものが俺を殺そうとしているようだった。足元の木の根が、まるで意思を持っているかのように盛り上がり、俺の足を引っかけようとしてくる。
『警告。頭上より高エネルギー反応。空からも来ます』
「はぁ!?」
見上げると、翼の生えた怪鳥が旋回し、急降下の構えを見せていた。陸と空、挟み撃ちかよ!
『右手の藪へダイブしてください! 死角に入ります!』
俺は言われるがまま、棘だらけの草むらへと頭から飛び込んだ。直後、さっきまで俺がいた場所を、巨大な猪のような突進獣が駆け抜けていった。ドゴォォォン! と、太い幹がバキリとへし折れる音が響く。
「……あぶ、ねぇ……」
泥と葉っぱまみれになりながら、俺は荒い息を吐く。死ぬ。一瞬でも判断を間違えれば、ゴミのように死ぬ。ここは、小説で読んだようなキラキラした異世界じゃない。「チート能力で無双」なんて生易しいもんでもない。ただの理不尽な、弱肉強食の地獄だ。
『敵性反応、ロスト。……どうやら、魔物同士で縄張り争いを始めたようです。その隙に』
「はは……そうかよ……」
俺は泥の中に大の字になった。指一本動かせないほど体が重い。喉が乾いた。腹が減った。なにより、「安心」が欲しい。どこでもいい。枕を高くして眠れる場所さえあれば、悪魔に魂を売ったっていい。
『推奨:移動の再開。血の匂いに誘われて、別の捕食者が現れる確率が上昇中』
「……鬼か、お前は」
俺は泥を拭い、鉛のように重い足を持ち上げた。視界が少し霞む。これが異世界転生のすることかよ……。もっとこう、姫様との出会いとかないのか。
ふらふらと歩く俺の視界の端に、ふと、愛らしい「栗色の影」が映り込んだのは、その数分後のことだった。
カイト「異世界転生って、もっとこう……スローライフ的なものじゃないの?」
チャッピー『生存確率0.01%の世界で何を寝言を』
極限状態のカイト君に忍び寄る「栗色の影」これが助けとなるでしょうか!
次回!【可愛いあいつ】2月12日(木)公開!
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