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十二灯 夢子の見た夢

――灯町の夜は、どこか夢みたいに静かだ。


 遠くで祭り太鼓の余韻が聞こえ、風鈴の音が路地裏を転がっていく。

 澪の探偵事務所では、夜更けまで帳簿の音がしていた。春太が慣れぬ筆を握って、顔を真っ赤にしている。


「ううっ、字が踊ってます……先生、これで妖って読めます?」


「さぁね。たぶん猫に見えるけど」


「えええぇ!?」


 紅はそのやり取りを見ながら、うっとりとお茶を啜っている。扇子で口元を隠して、くすりと笑う。


「春太は、まこと愛嬌がありんすねぇ」


「愛嬌で飯は食えませんよ、姐さん!」


「金平糖はいりんすか?」


「そ、それは……食べたいですけど!」


 紅が扇子で春太の頭を軽くはたいた。

 澪は肩を揺らして笑う。


 ――いつも通りの夜。

 そう思っていた、その時だった。


 襖がすうっと開いて、小さな影が顔を出した。

 黒髪のおかっぱ、真っ白な着物の少女。

 座敷童子の夢子だった。


「夢子か。もう寝る時間じゃないの?」


「……眠れなくて」


 夢子は静かに入ってきて、澪の膝の横に座った。その仕草はまるで、子が親に甘えるようだった。


「……夢を見たの」


「どんな夢?」


「灯が……全部、消えちゃうの」


 部屋の空気が、ふっと沈む。

 紅の扇子の音も止まり、春太が息を飲んだ。


「灯って、提灯のことですか?」


 夢子は首を振る。


「違うの。町の、みんなの灯。猫又の沙叉も、藍之介さんも、灯助も……紅ちゃんも、いなくなっちゃうの」


 その声は小さく、震えていた。

 澪は筆を置き、夢子の髪をそっと撫でた。


「大丈夫。夢は夢さ。それに、灯町の連中はしぶとい。消えたって、きっと笑いながら戻ってくるよ」


「……本当に?」


「ああ。僕が保証する」


 紅が静かに頷いた。


「夢子、夢は“未来の形”ではありんせん。ただ、“心の影”が映る鏡でありんす」


「心の影……」


「誰かが不安を抱いているのかもしれんせんね。その声を夢子どのが拾うたんでありんしょう」


 夢子はうつむいた。

 その小さな手を、澪がそっと包む。


「怖い夢を見たら、話せばいい。話した時点で、もう半分はほどけるから」


「……うん」


 春太が笑顔を見せた。


「大丈夫ですよ、夢子ちゃん。ぼく、見張ってますから! 誰もいなくなりません!」


「春太は頼もしいでありんすねぇ。もっとも、夜更かししすぎて朝寝坊しなければの話でありんすが」


「うっ……姐さん、それは言わないでください!」


 みんなが笑った。

 灯町の夜が、また少しだけ明るくなったようだった。


   ◇


 その夜――澪はひとり、夢を見た。


 濃い霧の中に立つ灯町。

 通りの灯はすべて消え、音も匂いもない。


 霧の向こうに、誰かが立っていた。

 細い影が、こちらを見つめている。


 ――紅。


 声をかけようとした瞬間、影が崩れた。

 手の中で光の粒となり、指の隙間から零れ落ちていく。


「……紅!」


 目を覚ますと、夜明け前の薄明かり。

 紅が傍で眠っていた。

 長い睫毛が頬にかかり、静かな寝息を立てている。


 澪はその髪を見つめながら、そっと呟いた。


「夢子の夢……まさかね」


 外では、夜明けの鳥が鳴いた。

 灯町の朝が、また始まる。


――夢が告げるのは、ただの不安か、それとも予兆か。


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