一方通行1
大公ミシェルは魔考大を中退し世界中を旅して回っていた時期がある、そんな折に発見したのが極東の皇国である。宗教上のトップである皇と政治上のトップである将軍が治める世界でも珍しい体制の国だ。
そして王国の聖女ユフィの生まれ故郷でもあるが···
「ユフィがいないってどういう事だよ!」
「ユフィは故郷に嫌な思い出があるからワープした後直ぐに帰ったよ~ん」
ユフィがおらず憤慨するジンセントに飄々と答えるミシェル。4馬鹿がここに来た9割方の動機はユフィとイチャイチャする事、何が悲しくて野郎共と見知らぬ土地で修行せねばならぬのだと思っていても不思議では無い。
「兄さん!それは無いだろう!?詐欺だ!」
「ユフィがいないなら帰っても良いですか?」
スレイマンとダレットも愚痴を言い始める、リオンも不満そうな顔だ···。
「あのさ~?国に戻っても君ら針の筵よ?ゴシップ好きのウチの国民舐めんなよ?」
公の場での婚約破棄と冤罪を被せるだけでもクズ野郎共認定である、さらにそのせいで国の滅亡の危機···。比較的安全な立地の代わりに大した娯楽の無い大公国民にとっては王都のお貴族様のスキャンダルが最大の娯楽なのだ、その渦中にいた連中が街に出たとなったらどうなるかは想像に難しくないだろう。
「確かに使用人の皆さんの小生達を見る目の冷たさ···」
「わかっていただけたなら修行に行くよ~」
後戻りは出来ない···自らの過ちの尻を拭うために帝国を滅ぼさねばならぬのだ、そのためにも強くならねば···そう覚悟を決めた漢達の前に一人の男が現れる。
「お待ちしておりました、某は将府警護部隊隊長の赤門清十郎でございます。」
「清ちゃ~ん!おひさ~!」
赤門は凍るような視線でミシェルを睨む。前から思ってたけどこの人嫌われすぎじゃね?と心配になる一行であった。
「上様からの命によりスレイマン様ご一行を修練の森へご案内致します」
連れてこられたのは何の変哲も無いただの森であった、赤門は森に入り真っ直ぐ進んだ先にある出口から出る···ただそれだけの事を試練として言い渡す。舐めているのか?兵士達は子供の頃から森を家の庭のように遊んできたのだ、4馬鹿もどんな苦行が待っているかと思えば森に入るだけと聞き拍子抜けする。
「舐めてんのかよ!楽勝だわ!」
「ドベが今日の酒奢りなー!」
兵士達は完全に楽勝ムードで森に入って行く。異国の地、それも修行中の身で酒など買えるかは分からぬが···
スレイマン達も真実の愛を叫びながら突入して行く。
「さて···何人生き残れるかな?」
ミシェルが意味深に囁くが直後に赤門の蹴りを食らい森にぶちこまれるのであった···
森を進んでいた一行は道中で小さい女の子が立っている事に気付く、ほとんどの兵士が不信に思ったが心優しい兵士はこんな危ない場所に小さい女の子を放っては置けないと声をかける。
「君、大丈夫?」
「ひもじいよぉ···」
お腹を空かせているようだ、兵士は自らの携帯食を分け与えようと手を伸ばす。
「ありがとうおじちゃん!」
「俺はまだ20だ···えっ?」
兵士の手にガブリと噛みつく女の子、悲鳴を上げた兵士が振りほどこうとするが岩の様に固くビクともしない···やっと離れられたと思った瞬間に兵士の腕からは大量の血飛沫が飛び出し手と呼べる部位は失われていた。
「俺の手がああああ!」
絶叫する兵士···だが完全なる異形の怪物となった女の子は待ってくれるはずは無かった、巨大な大蛇となり幼かった顔は耳まで口が裂けている。
「イッタダッキマース!」
死を悟る兵士、他の兵士達は恐怖で動けない
「うらぁ!大丈夫か?」
ジンセントが得物である大剣を大蛇に振り当て吹き飛ばす、大蛇の巨体で無数の木がへし折れる。
「早く下がりなさい!」
リオンが水属性の魔法ウルラで兵士の止血をして下がらせる、普段は詠唱にうるさい神殿関係者たる彼が無詠唱で魔法を発動する程に危機的状況と言う事だ。
「民を護らずして何が王族だぁ~!」
スレイマンがダウンしている大蛇に片手剣を両手持ちし突っ込む、ジンセントも加わり一斉攻撃をかけるが···
「硬ぇーなオイ!」
「退きなさい!サーラド!」
二人がかりでの連撃にビクともしない鱗を持つ大蛇に魔法の詠唱を終えたリオンが雷魔法のサーラ···その最上位であるド級魔法サーラドを打ち込む、黒焦げになる大蛇だがやはり鱗が硬く致命的なダメージは受けていない。
「外から駄目なら内からってね」
ダレットが大蛇の口に侵入し身体を回転させ双剣で口を切り刻む。痛みのあまりのたうち回る大蛇、すかさずジンセントが大剣を顎に突き刺し足で上顎を蹴り口を大きく開ける。
「かの者に葬いの水を···ウルラド!」
長ったらしい詠唱を終え水の最上位魔法を発動するリオン。創造された水の球体は大蛇の口に入り込む、リオンの指パッチンと同時に何かが弾ける音と同時に膨らみ出した大蛇は最終的に破裂しその命を終えた。大量の血と水が混ざりあった液体が雨のように降り注ぐ、砂漠を彷徨ってる者でも飲まないであろうグロテスクな色だ。
「大勝ー利!」
スレイマンが叫ぶ、初戦にしては上出来な勝利だ。だが···
「悪ぃな···俺がもっと早く気付いてりゃあ···」
「ユフィほどの治癒の力が小生にあれば···」
兵士が手を失ってしまった···あれだけの化け物を相手に死者を出さずに済んだだけでも奇跡であるが民を護る義務を持つ貴族である彼らは己の無力さを責める。
「何を大袈裟な」
「おい!ダレット!不謹慎だぞ!」
空気を読まない発言をするダレットに突っかかるスレイマン。
「国に戻してユフィに治療して貰えば良い」
「ああー!そうか!頭良いなダレット!」
「あぁ···我らの女神ユフィ、力及ばぬ小生をお許しください···」
「よーし!んじゃそいつ送り返してくれよミシェルさん」
そんなに時間が経って無ければ身体の欠損だってユフィの治癒の力で何とかなるのだ。
「冗談じゃねーよ···やってられっかこんなん」
「帝国との戦争なんか聖女と馬鹿共で勝手にやってくれよ」
何人かの兵士達は完全に心が折れていた···怪我をした兵士の治癒と共に自分達も帰ろうと考えていたが···
「帰れまてんっ!」
「はっ?」
魔法→魔力の有る者が神殿で神からの洗礼を受け火水土風の4つのエレメントと契約する事で発動できる。
火→ファラ→ファラル→ファラド
水→ウルラ→ウルラル→ウルラド
土→アーラ→アール→アーラド
風→エーラ→エーラル→エーラド
4つ全部使えるリオンは属性を組み合わせて
雷→サーラ→サーラル→サーラド
も使用可能。
将府→将軍がトップにいる皇国の政府
何で中退しとんねん→世界が俺を呼んでいたからだよ~ん