滅びへの軌跡
「メレゲ=イスニア公爵家令嬢!貴様との婚約を破棄する!」
貴族が多く通う王立魔力考科大学付属学園の卒業パーティー、門出を祝うはずのめでたい場に似つかわしくない言葉を言い放つのは王太子のスレイマン。
そして婚約破棄を言い渡された女性はメレゲ、国内のトップ貴族であるイスニア公爵の娘である。
「殿下、今日がどのような日かお分かりになられての発言ですか?」
「無論である!卒業パーティーを理由に逃げようとしても無駄だ!」
相変わらずの馬鹿王子ぶりに呆れるメレゲ。
ただ婚約破棄だけは洒落では済まされない、この馬鹿との婚約は王命であり王家と公爵家の結びつきを強くするための大切な契りなのだ。
「この婚約は我々の一存だけでどうこう出来る物ではございませんわ、当主に報告し後日王宮にて返答させていただきます」
「言葉は理解できるか?破棄”する„と言ったのだ、貴様の意思など関係ない」
溜め息を吐くしかないメレゲにざわつく会場、王家と公爵家の婚約が直前で破棄されるなど前代未聞だ。
「ハァ···取り敢えず婚約破棄の理由をお教えいただいてもよろしいですか?」
「貴様は聖女であるユフィを虐げた!未来の妃となる者が何とも嘆かわしい···!」
ユフィ···平民の生徒で次期聖女内定者である。当代の聖女が引退するため当学園から次の聖女が選ばれる事となったのだが誰もが公爵家のメレゲだと信じて疑わなかった。
だが選ばれたのはただの平民のユフィだったのである。
「ユフィ!こちらへ」
「ん」
いつの間にかちょこんとスレイマンの隣に立っていたユフィ、この国どころか大陸では滅多に見ない黒髪に小柄で華奢な体つきの少女だ。
「平民が王族に対してそのような口の聞き方を···処刑されてもおかしくは無いですわよ?」
「それは無い、僕は聖女だから」
「発言を許可しておりません平民、公爵家の力を使えば平民など簡単に存在を消せます」
「学園に在籍するものは皆平等、身分に関する事での罰は無いと校則にある」
メレゲは怒りもあるがそれよりも気味が悪かった、平民の生徒は自分の姿を見ただけで頭を垂れ平伏す、それなのにこの平民は一切表情を変える事無く向き合い淡々と喋るばかりだからだ。
「その通り、魔法を深く探究する事が当学園の理念だ。身分で遠慮していては良き議論も出来んからな」
「そんなものは建前です、社交界の縮図たる当学園で平民風情が生意気に人間様に口を開いてよろしい筈がございませんわ」
平民など人ですら無い···これがメレゲの考えである、生まれた場所から離れられず一生を過ごす憐れな豚···それが自分達と同じ学舎にいる事が我慢出来なかった。
「それは魔力持ちが貴族に多かったからそういう風潮が生まれただけ」
「平民が口を開かないでくださる?これで二回目です」
「口を開く」
「···っ!、3回目···死にたいのですか?」
おちょくるようなユフィの言動にカチンとするメレゲ、王族が隣にいなければ即死刑だ。
「その傲慢な思想も余が貴様を受け入れられなかった理由ではあるな」
「貴方の意思は関係ありませんわ、これは貴族としての責務なのです」
会場の生徒達もその通りだと頷く。自分達の親や祖父母もその先祖達もそうであったように自分達も卒業後直ぐに決められた相手と結婚するのだ、政略結婚とは貴族の責務であり好きな相手と自由に番になり繁殖していく平民とは違うのだと心を一つにした。
平民の生徒達は余計な事をした王子と黒髪の女に憎しみの視線を送っていた、この空気では自分達も巻き添えを食らって就職の内定が取り消しになる恐れもあるからだ。
「話を逸らさないで、僕をいじめた事を謝ってほしい」
「平民が口を開くなぁ!4回目よ?殺すわよ?本当に···で?私がそこの平民を虐げたのでしたっけ?私は授業が終わった後に王家の用意した王妃教育を受けていたのです、そのような事をする時間はありませんわ」
「フン!取り巻き共を使っただけの事だろう!今から貴様の罪状を全て読み上げる!」
側近の宰相子息がユフィに対して行われた嫌がらせを読み上げた。
ノートや筆記用具を隠された机に落書きをされた···メレゲはこのあたりまでは令嬢達が行っていた事を周知していたが別に止めなかった、平民に対する嫌がらせなど犬畜生と戯れてる事と変わらないと思っていたからだ。
それから罪状はどんどん過激な物になって行き池に突き落とされた階段から落とされた挙げ句の果てに暴漢に襲われそうになったなど明らかに身に覚えの無い罪状が読み上げられていく。
「その女の妄想ではありませんこと?私はそのような事件が起こった事など記憶にございません」
「確かにそんな事件あったら騒ぎになってるはずだよな?」
「あの平民が濡れたり怪我をしてた所なんて見た事無いわよ?」
生徒達も不自然さに気付き声を上げ始める。
「ユフィがそう言っているのが何よりの証拠だぁ!」
「ならば私はそこの平民の男子生徒に襲われそうになりましたと言えばまかり通りますが?」
「ひぃ!」
突然火の粉が降りかかり驚く男子生徒、ただそう言う事にはなるのだ。
「貴様ぁ!冗談でも許さんぞ!」
「貴方がおっしゃった事を忠実に再現したまでですのに···そう平民の命など簡単に消せる事もわかりましたね?」
平民が貴族に冤罪を着せたなら一族郎党根絶やしでは済まず集落ごと地図から消えるがその逆は何の罪にも問われない、むしろ当たり前の事なのだ。
これが貴族社会のルール、平民はただの数でありそれらの命など平等に無価値なのだとメレゲは信じて疑わなかった。
「本当に粗末な物だね、幼年の貴族の方がもっとマトモなシナリオを書けるだろう」
「デラクゥ様!」
「待たせたねメレゲ、くだらない茶番を終わらせよう」
帝国の皇子のデラクゥだ、見識を広げる名目で留学しているようだが···
「これはこれはデラクゥ殿!申し訳ないがこれは我が国の問題故、口出しは···」
「まだ続けるのかい?そこの平民が言っていたと言うだけではこの世界は冤罪だらけになってしまうよ?」
「···くっ!」
完全に言葉に詰まり焦燥にかられるスレイマンとは対照的に愚か者からヒロインを救いに来たヒーローの構図となるデラクゥとメレゲ。
「スレイマン”殿下„、婚約破棄承りましたわ」
「では私が婚約させて貰おう。メレゲ、私と共に生涯を歩んでいただけますか?」
「はい!勿論ですわ!生涯一緒です!」
パチパチパチ!
会場からは絶え間ない拍手と祝福の声が上がる、婚約破棄からの大逆転···まさに最近流行している悪役令嬢ものの展開そのものだった。
「政略結婚は貴族の義務とか言ってる癖に自分は簡単に他の男に靡くんだね」
「あぁっ?···!」
この場の最大の悪役···泥棒猫たるユフィが言葉を発する、会場中が汚物を見る視線で睨む。
メレゲに至っては令嬢にあるましき声を上げる。
「黙れ平民、貴様に発言を許可していない。薄汚い口でメレゲを侮辱するな、斬り殺されたいか?」
「怒るって事は図星って事」
「スレイマン殿?どうなっているのだ?貴国の聖女の教育は!?」
「都合の良い時だけ聖女扱いするんだ」
「黙りなさい平民!殺されてもおかしくない貴様をデラクゥ殿下の温情で生かしてあげてるだけと言う事を忘れないでくださる!?」
まさかのユフィの反撃に顔が赤く染まるヒーローとヒロイン。
意外にもスレイマンと側近達は冷静そのもので静観していたのだ。
すると衛兵が突然叫び出す···
「大公陛下、御入来ぃ~!」
「久しぶりに母校に来てみれば···何の騒ぎだぁ?」
「ミシェル兄さん!」
「スレイマン久しぶり~」
スレイマンの叔父であり現国王の年の離れた弟のミシェル大公が唐突に現れた、スレイマンにとっては兄のような存在である。
20代半ばくらいであるが10代の学生達と代わらないほどの童顔である。
隣国のヒーローが現れハッピーエンドかと思われたこの騒動まだ終わりそうに無い···
「ミシェル久しぶり」
「おう!ユフィ!元気してた?」
どうやらユフィとも知り合いのようだ、終始無表情を崩さなかった彼女だがほんの少しだけ笑顔が垣間見れる。
「これはこれはミシェル大公殿ではないか、貴殿の甥は公衆の面前で婚約破棄を宣言したのだが一体兄君はどんな教育をしているのかな?」
デラクゥが皮肉をたっぷり込めてミシェルに語りかける。
「スレイマンに婚約破棄されるとか逆に何やらかしたの?そこのお嬢さん?」
「!」
予想外の返しに面食らうメレゲに怒りで顔を紅潮させるデラクゥ、一瞬で顔が青ざめる生徒達。
「我が妻をそこまでコケにされては黙ってられん!よかろう、この程度の小国など地図から消して見せよう!」
「それでは皆さん、卒業パーティーをお楽しみくださいませ。終末の時まで残された時間を有意義にお過ごしくださいね?」
「戦場で会おう!」
淑女たる完璧なカーテシーを披露しこの国の滅びを宣言したデラクゥと共に会場を後にするメレゲ。
その後、従者達と共に馬車に乗り王国を出たのであった。
「まさか王妃教育を施した人間をあっさり国外に出すとはな···よほど滅びたいのか無能なのか···」
王妃教育···すなわち国の機密を教えられた令嬢を敵国に取られてしまったのだ、もはやスレイマンは王太子ではいられないだろう。
いや···それだけならまだ優しいと言える程の失態だ···。
「馬鹿王子は最悪毒杯で平民の売女は処刑でしょうね···この手で八つ裂きにしてやりたかったけど、まぁ良いでしょう。大公もただでは済まないでしょうね···」
「あの国を滅ぼした暁には俺の皇位継承権は揺るがぬ物となる、イスニア家にも公爵の地位を与えられるだろう」
「父も喜びますわ、あの国には心底愛想を尽かしていたもの···」
既にイスニア公爵家は帝国に亡命していたのだ、無能な王家には辟易としておりデラクゥと手を組んだのだ。
「さようなら愚か者達、真実の愛とやらでどうぞお幸せに」
後日数万の帝国の大軍が王国の辺境に到達する···
「あ」
あーあ馬鹿王子のせいで




