その五 風よ翼となれ!
満面の笑みでミルフィーユが言った。
アピオスはハーフエルフ(人間とエルフの混血)であり……
その五 風よ翼となれ!
◇
塩パンの上に干し肉を乗せてかぶりつき、それを一気にオニオンシチューで流し込むのが、アピオス にとってとにかく『格別』だった。
「 エルフの味気ない料理とは大違いなんやお!」
アピオスの前に座る女エルフが、塩パンと干し肉をほおばりながら嬉しそうにそう言った。彼女の名はミルフィーユ。終わりの森のエルフであり、アピオスの今の雇い主だ。――というのも、アピオスはハーフエルフ(人間とエルフの混血)であり、エルフからも人間からもつまはじきにされる身の上だった。それゆえ遠縁の森の長老に彼女の護衛(お守り)を命じられて今に至っていた。望むと望まざるとにかかわらず。
軽食屋の隅のテーブルに、エルフとハーフエルフの2人組が腰を落ち着かせガツガツと食事をとる姿は、通行人たちの視線の格好の的となっていた。
急に気恥ずかしくなったアピオスは、顔を伏せ、横目で周りを見渡した。すると店内の反対側の席で自分たちと同じように食事にがっついている、フードをかぶった人間とドワーフの珍しい2人組が目についた。
「塩パンと干し肉のこのジャーキー感が本当にたまらんのやて!」
満面の笑みでミルフィーユが言った。
「……しかし、お嬢様。エルフが『終わり弁』を 話すのってなんだか変じゃないですか……?」
「何い! あんた、うちの終わり弁をバカにしとるんやお⁉」
「 いや、あの……ちょっと変じゃないかなあと……」
――そのとき、突然厨房から金切り音が響いた。
アピオスが声の方に目をやると、先ほど食事を運んできたやや丸ポチャのウエイトレスが両手を頬に当てて慌てふためいていた。そしてその股の間をすり抜けるように、青緑の奇妙な犬が飛び出して来た。その犬は顎が外れんばかりに大量の干し肉とソーセージを咥え、軽食屋の親父の怒号とほうきの連続攻撃をひらりひらりとかわし、脱兎のごとく店外へと消えた。
「待て! 泥棒犬‼」
と、フードの男とドワーフの2人組の客が犬を追って街道へ飛び出した。
「うちらも追うんやお!」
それを追うようにミルフィーユとアピオスも店外へと飛び出す。
「コラ、待て‼ あんたらお代⁉ ――こらああああ‼」
店主の「泥棒!」やら「食い逃げ!」やらの怒鳴り声を尻目に、4人は夕暮れの街道を犬を追ってひた走った。
◇◇
「ややもすればわしらは食い逃げ犯じゃ! 頼んだぞカスター‼」
背の低いドワーフが一番に脱落した。
だがカスターと呼ばれたフードの男は驚くほどの俊足で、青緑の犬が街道を曲がるときの一瞬の減速を狙いすまし、後ろから絶妙のタイミングでタックルした。
アピオスの目からは捕まえた――ように見えた。……が、カスターと犬が交差する瞬間、青緑の閃光が 宙に向かって飛んでいた。
「空を飛べるのか⁉」
カスターの驚愕の声の先に大きな耳で羽ばたく青緑の犬がいた。犬は「グシシシっ」と、いやらしい 笑い声をあげると、どんどんと高度を上げて遠ざかって行った。すぐさまカスターも立ち上がるが、宙を見つめ舌打ちをするだけだった。
「うちも空を飛ぶんやお!」
「……え?」
「――うちも空を飛んで追うんやお‼」
アピオスは雇用主からの有無を言わさぬ圧に負け……おのが境遇の不幸を呪った。
――《ユーエー レーテー ベルエルデ! 風よ天に満ちよ 雲をまといて羽となせ!》
「呪文⁉ 法術士か⁉」
後ろからドワーフが驚きの声を上げた。
――《ピスケーヤ(風翼)‼》
アピオスが詠唱を終えると、ミルフィーユの背中に白い霧の翼が一対現れ、数回馴染ませるように羽ばたかせた後ゆっくりと空へ舞い上がった。
それを見て仰天した青緑の犬は必死に上空へと飛翔するが、その倍以上のスピードで飛ぶ、とんがり耳の天使となったミルフィーユにあっという間に追い付かれ、思いの外あっさり捕まった。
妖精犬プッチの唯一の誤算、それはこの女エルフにも翼があったことだった。