その四 犬は食わねど高楊枝
とんがり帽子にローブ(長衣)に黒マント……と、メリーの助言通り 魔女らしい格好をしていたのだ。
その四 犬は食わねど高楊枝
◇
尾根を越え、旅人たちの街道を数キロメートルほど下ったところに宿場町バローズがあった。
バローズは豆果やリネン(麻の一種)の生産で栄えた街だったが、旅人たちからは『踊る白ヤギ亭』のある町、としての方がはるかに有名だった。
踊る白ヤギ亭はこの辺りで最も古い歴史のある宿屋であり、それ故、古今東西さまざまな噂が集まる店として有名だったからである。
ちなみに、ショコラたちが探す『思いがけぬ宝亭』は、それとは比ぶべくもないボロ宿だと、好評・悪評の違いはあれど、ある意味で有名だった。
◇ ◇
「この辺りに……」
町の田園を歩いていた若い農夫にショコラが声をかけた。
「思いがけぬ宝亭、という宿はありますか?」
「……!」
農夫はショコラを見るなり血の気を失った。
そして無言でかぶりを振って足早に去った。
「……これで3人目よ……さすがに腹が立ってきたわ」
ショコラは引きつった笑顔を浮かべてそうつぶやいた。
ショコラは普通の格好をやめ、とんがり帽子にローブ(長衣)に黒マント……と、メリーの助言通り魔女らしい格好をしていたのだ。
「……暴漢どころか人っこ1人近づきゃしない……魔女ってこんなに嫌われてるんだ……?」
一切こちらを振り返る様子もなく、脱兎のごとく逃げていく農夫の後ろ姿を横目に見ながら、もぐり魔女をやっていた頃には気づかなかった。世間一般における『魔女の嫌われ具合』を初めて目の当たりにし、ショコラは深くショックを受けた。
「ワン! ワン! ワン‼」
あきらめて歩を進めるショコラの前にプッチが立ちはだかり、舌を出して尻尾を振って、前足をショコラに向かって何度も何度も差し出していた。
――腹減った! 腹減った! 腹減った‼――
動物会話の魔法を使わなくってもショコラにははっきりそう言っているのだと分かった。よほど腹が減っているのろう……。
だがショコラは歩みを止めず華麗にスルーした。
――空腹なのは プッチだけじゃないのだ‼