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「さてと、もうそろそろかな」
ちらりと時計を確認する。本来休みの日だが、給料と引き換えのデート日である。プラチナさんと懇意にすること、それ自体はメリットであるため、踏み込まれすぎずコントロールするのが重要である。と、少し駆け足で彼も来た、はてさて。
「おまたせー、待った?」
「いえ、今来たところです」
実際には10分前には来てましたけどね、お決まりというやつで。
そしてアリシアさんについては、スカート時を除いて普段は中性的な装備だが、普段は結んでいる髪を下ろし、ゆったりした半袖のトップスに長めのフレアスカートと、メスに振り切っているのが確認できる。
「綺麗ですね、似合っていますよ」
「そ、そう? えへへ、嬉しいなぁ」
それでいて普通に顔も可愛いとなれば、うーん。これただ可愛い人とデート出来て、報酬もあるだけのご褒美なのではと錯覚すらする。
その気は無い、地雷呼ばわりというところで、どうしても負の印象が強かったせいか。
「お誘いしたのはこちらですし、報酬で釣るような真似をした負い目もありますから、デートプランもしっかり練ってきましたよ」
「ほんと? 今までこういうこと無かったから楽しみ」
「おや、見かけによらず初デートでしたか」
「またまた上手いこと言っちゃってー、私なんて全然ですよ。このこのー」
又聞きではあるものの、男性職員を追い込んできた手際から察するに、かなりのやり手と見ていたものの、意外とそうではないらしい。
となれば、いくらでもやりようはある。まずはさりげなく、手を握るところから。
「何はともあれ、行きましょうか」
「えっ、手も繋ぐの!?」
「デートですから」
「いや、いいんだけどね? ま、待って、手汗が、心の準備が……」
「手汗なんて誰でもかきますから。それに私は気にしませんよ」
相手が慣れていないのであれば、ちょっと強引目にエスコートしてあげないと、膠着してしまいそうでもある。ので、手を引いて歩き出す。この際にリード感は出しつつも、相手に合わせて早すぎないようにすることもポイントになる。プラチナ相手に早すぎるもないとか、そんな野暮なことは言わないお約束。
そんなこんなで、アクセサリーショップに到着する。
「ありきたりかなとも思いましたが、今日一日は特別です。既に十分魅力的ではありますが、個人的なプレゼントに好きなものをおひとつ買ってあげます」
「えっ……いいの? 私の方がすごい稼いでるのに」
「この場でそんなこと言わないでください。申し訳ないですがあなたの金銭基準のショップではなく、私の金銭的に問題のないショップを選んでいますから、大丈夫です」
「じ、じゃあお言葉に甘えて」
彼が選んだのは、スカイブルーの石がはめ込まれた指環だった。なるほど、確かに似合っている。
しかしあくまで個人的にだが、何か足りないように思えた。ので、同じくスカイブルーの髪留めもプレゼントしてみる。今のものと置き換えてみれば。
「さらに可愛くなりましたね、まるで妖精のようです」
「うぅ……//」
纏う雰囲気が清楚から可憐になっていくようで、顔を真っ赤にしてしゅんとする姿も中々である。しかしこうも変わるとは、地雷から考えを改める必要がありそうだ。
デートに不慣れであり、環境的に褒められ慣れてないとなれば、随所で褒めることで、基本的には問題ないだろう。
え、デートを舐めてるって? 仕方無いでしょう、今までそんな機会もなかったせいで、こっちも初デートなもので。
「お、クレープの屋台が出ていますね。行きましょうか、これもまたひとつの醍醐味です」
「醍醐味って?」
疑問を抱く彼を引き連れ、屋台まで来れば定番の返しであった。
「あら、いらっしゃい。可愛い彼女さんとデート中?」
「かっ、かの……」
「ええ、まあそんなとこです。チョコバナナとストロベリーチョコ1つずつください」
「がんばんなさいよ、サービスしてあげるわ」
こういう屋台では、大抵カップルいじりが発生するのがお約束であり、おまけされるとこまでワンセットである。目を回す彼とクレープを受け取り、次の目的地へ向かう。
「えと、あの……」
「いちごみたいに真っ赤で可愛いですよ」
「……//」
「クリームついてますよ、とってあげます」
「……//////」
彼女呼びが効いたのだろうか、真っ赤になってチラチラとこちらを見てはクレープをもそもそしている。なんかもう、普通に悪くないと思えてしまうのも不思議である。むさい男だったらこうはならないだろう。
口角のクリームをとってあげれば、今にも爆発せんほどに挙動不審になっていた。そんなこんなでつつきながら、次の目的地に到着する。青空の下の広大な草原である。
「さて、ここは何も無い草原。強いてあるとすれば木くらいのものですが、だからこそお互いの存在が際立つと思いませんか? 例えばひとつひとつの仕草とかも」
そうして普通に繋いでいた手を、恋人がするように指を絡めてみれば、真っ赤な顔をこれでもかと赤くし、正気を疑うような目でこちらを見てきた。
失敬な、私はいつだって正気であるぞ。と目で訴えるように、ぎゅっぎゅっと握ってあげれば、ついに俯いてしまった。うーん可愛い。
そうして上がった熱を覚ますように、並んで木陰に腰を下ろす。
「ねえ、なんでここまでしてくれるの? おにーさんにそこまでの義理はないでしょうに」
「いや、ありますとも。個人的にというよりかは、いちギルド職員としてにはなりますが、ある程度の間やってきてわかりました。メイズ支部は、アリシアさんによって成り立っています。貴方が抜けるようなことがあれば、あそこは瞬く間に瓦解するでしょう」
「えー? 急に何言ってるの、大袈裟だなあ」
「それが大袈裟でもないんですよ、私の元に回されるイレギュラーな依頼は、基本的にアリシアさんにしかこなせないものがほとんどです。しかし内容をよく見れば、どれも負担のかかるものばかり。よくこんな体制を維持できているなと、驚いたものです」
もちろん、わかった時点でヘレーナさんに打診はしてみたが、やはり上の方向としては現状維持のつもりのようで。
「だからこそ、そんな負い目を感じていたからこそ、普通は追放されていてもおかしくないような、あなたの行動をギルドは容認していたのでしょう」
「……」
「恐らく、追い詰めてしまったギルド側に原因があります。私どもはあなたに返していかなければいけないのです、あなたから削ってしまったものをね」
左遷されたメイズ支部が平和なのは、八割方彼によるものである。であれば、上がどうあれ、何とかしてあげたいとも思うもので。
追加で、そっと耳元で囁いてみたりもする。
「つまるところ、あなたに幸せになってほしいんですよ」
「!?!?」
耳元で囁いた途端、目を回しながら頭から煙を噴いて停止してしまった。彼が起きるまでまで待つとしよう。
そうして待っていれば夕方になってしまったが、たまにはこうして大自然の中ゆっくりするのも、風を受けてうつらうつらするのも快適だった。
悪戯心が湧いてきたので、つい膝枕をしてみれば普通に悪くない。やっぱりあれだ。相手をどう見るかは性別ではなく、それがかわいいかかわいくないか、というところだ。
「ん……。あれ、寝てて……」
「おや、目覚めましたか。寝顔も素敵でしたよ」
「っ//////」
膝枕されていることに気づいた彼は、大層慌てて起き上がり、服の乱れなどを気にしていたが、すぐにあははと笑っていた。ふむ、これは。
「さて、他にもお連れしたいところはあったのですが、途中でダウンしてしまいましたから、今回はここまでです」
「えっ、今回って。もしかして次があるとか……?」
「あなた次第です、あと私の気分もですけどね。さあ、帰りましょう」
そうして並んで帰路に着く。他愛もないことを喋りながら進むその途中、突然アリシアさんがビクッとする。視線の先を追えば、複数の男性の集まり。予想が当たればまだ何かありそうだ。
「どうかしましたか」
「い、いえ、なんでもない……ですよ?」
「わかりました、この機会に過去の清算もしてしまいましょうか」
「なんでもないですから!」
「私の予想が正しければ、あれらはあなたの被害者の集いですね? 幸いこちらには気づいていないようですが」
彼に幸せかつ、後腐れなく過ごしてもらうためにも、彼らの許しを得る必要はあるだろう。
「大丈夫、私もついてます。あなたはプラチナですから、最悪札束ではたけば解決です。今までの行いを振り返ってみて、お金に頼らずに終えれそうですか?」
「だ、ダメそうです……」
「ではお金を準備してきてください、私はここで彼らを見張っています」
「お願いします……」
お金を用意するのに、一旦どこかへと消えるアリシアさん。そのままトンズラということもなく、無事に戻ってきた。その間被害者の会も動くことはなく、好都合である。
「示談金はあなたの裁量で決めてください、私は当事者ではありませんから。そう不安がることはありません、怯えていると付け込まれますよ」
「は、はい……」
分けてお金を包んでから、争いを軟着陸させるべくいざ出陣。
「あ、あのー」
「げっ、お前は」
「うわあ、出た!!」
「噂をすれば影とはよく言ったもんだ……」
「お、俺じゃねぇ! こいつが言ってたんだよ!」
などなど、完全に化け物のような扱いではあるが、してきた事を考えれば仕方なし。これだと話どころではない、少し出るべきか。
「被害者の会の皆さん落ち着いてください、今回は彼も反省しているということで、謝罪に来ただけです」
「……新たな被害者?」
「いいや、俺らに代わる生贄だ。丁重にもてなせ!」
「こちらお飲み物です」
「あ、どうも」
ってそうではない! 仕方ない、アリシアさんに異常に怯えてて話にならないので、こちらで済ませることにしよう。でないともう無理だこれ。
「先程も言った通り一応謝罪には来ましたが、彼を見たくもないレベルみたいてすから、私から代わりに謝罪とこちら示談金です。あなた方を深く傷つけてしまい、申し訳ございませんでした」
深く頭を下げてから、怯えている彼らにお金を配っていく。
「も、もう用は済んだか? 済んだなら行ってくれ……」
「わかりました、私らはこれで失礼します。あなた方の今後に幸あらんことを」
あれ以上はお互い何も良いことはない、許されたなら退散するに限る。そして気になったことを聞いてみる。
「ひどい怯えようでしたが、あなた何をしたんですか……」
(フイッ……)
顔を背けるのみで、これには返答がなかった。何があったかは、当人のみぞ知るといったとこか。拒むのならわざわざ深堀りすることもあるまい。