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ちょうど休みの日に散歩していたところ、それは汚れに塗れて道の隅で行き倒れていた。
冒険者が倒れていることは自体は珍しくないが、冒険者でない普通の住民が無償で助けない、領分を逸脱せずお互いに必要な仕事の際のみ関わるのは、冒険者と冒険者でない者の暗黙の了解となっており、ちょうどそれが今回は冒険者の住んでいない区画であったことが問題だった。
「大丈夫ですかー」
一応ギルド職員は冒険者サイドでもあるので、ギルドにでも運んでおけばいいかと、倒れ伏したそれに声をかけてつついてみる。するとピクリと反応して、蚊の鳴くような声で一言。
「おなかすいた……」
動けなさそうなのでひとまず仰向けにしてみれば、20代後半か30代あたりの女性だろうか、頬はこけているが整った顔立ちに、よく見ればかなり上等なアクセサリを身に着けている。
……なんか嫌な予感がする、せっかくドラゴンは平和になったし面倒を持ち込むくらいなら、ギルド職員として対応するべきではない。ここはメイズ住民のキリハ(職員)として行くとしよう。
冒険者を放置しておくわけにもいかないため、少し臭うその人に肩を貸して立ち上がらせる。
「ひとまず私の家に来てください。歩けますか?」
「むりぃ。おぶってぇ……」
動けないと言う冒険者でも大抵少しは動けるものだが、本当に動けないのは初めてだ。これもある種貴重な経験かもしれない。
幸い細くて薄い体で装備も重くはなく、引きずっていくのも憚られたので、背負って家まで戻ってきた。
「ご飯の前に、まずその汚れ切った全身をどうにかしましょう。一人で体洗えますか?」
「むりぃ。あらってぇ……」
ここまでくれば、動けなかった人も大抵動けるようにはなるのだが、やはり動けないというか指一本すら動かないらしい。
仕方ないのでタオルと替えの服を用意してから、装備から衣類から全てを脱がせて椅子に座らせ、頭からお湯をかける。すると頭から足まで伝って流れるお湯は茶色に濁っていた。なんだこれは……。
それと若干くすんでいた色が、人間の色を取り戻している。
「前に体を洗ったのはいつですか?」
「知らなぃ……」
全身使える石鹸を泡立てて、頭から始まり肩と腕、胴、足と精気を失った体を順に洗っていく。
恐らくいいところのお姫様だが、冒険者になりたいと出てきたはいいものの、長続きせず行き倒れたみたいなところか。
しかし、なぜメイズにいたのかという疑問が残る。ドラゴンが消え去り平和になったのは、割と最近のことだ。お姫様だとある程度の情報収集ができるかも怪しそうで、行き倒れるには不向きなはず。
そんなことを考えつつ、足先まで洗い終えて泡を流せば、全身一段と明るくなっていた。
「洗い終わりましたよ。体くらい自分で拭いてください」
「むりぃ。拭いてぇ……。服も着せてぇ……」
「わがまま極まれりですね」
知ってはいたが、やはり無理か。
適当に拭いてから自分の替えの服を着せて、近くの食事処まで運んで適当に注文する。
対面のお姫様は死んだように明後日の方向を見ていたが、料理が運ばれてきた途端に反応し、貪るように食べ始めた。
服が汚れるので落ち着いて食べてほしいという言葉は聞き流され、食べ終わるころにはそこそこ汚されていた。
「さて、何があったか聞いても?」
「いやあ助かったよ。倒れてから20日も放置されてて、もう数日経ってたら危なかったんだ。ところでここってどこかな?」
「どこかも知らずにたどり着いたんですね、運がいい……。ここはメイズというドがつく田舎です。あなたが倒れていたのは、冒険者が普段使わない区画のため、誰も干渉しなかったんです」
地図を持たず地理も把握していないとなれば、メイズにいたのは偶然だろう。
それと迷っていたことからお姫様という読みは当たっていたか。ならば次に来るであろう発言も検討がつく。
「ふうん? まあいいや。助けてくれてありがとうね。それと悪いんだけど」
「お断りします」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「次に来る言葉は泊めてください、ですよね」
「うぐっ……。そうだけど、なんでわかるの……?」
「土地勘なし、未開の地で行き倒れとなれば、予想するのは容易いです。しばらく食べてない以上、手持ちのお金もないんでしょう?」
「……そうだね? だからこれはツケといてね? いずれ返しますので……」
「はい。ここの支払いはツケで構いません」
こちらとしても、払えないことを承知の上で助けているのだ。すぐに徴収するつもりもない。
「しかし泊めるとなれば対価をいただきます。お金以外に何か支払えますか?」
「こう見えて私強いよ。ボディーガードとして住み込みで雇わない?」
予想外の返事が来た。てっきりお姫様だから何も出せないと思っていたが……。
いや、20日も飲まず食わずで耐えられているあたり、普通の鍛え方はしていないのだろう。にしても筋肉とか普通に落ちてそうなものだが。
「腕に自信ありですか」
「結構あるよ」
「どのくらいありますか」
「そりゃもうたくさんあるよ!」
……要領を得ない返答だが、こっそり依頼を回して強さを測るのはありかもしれない。もしかすれば、アリシアさんに次ぐ強力な手札になり得る可能性もある。
一方で期待していたほど強くなければ、それまでの仕事分の報酬を渡して出て行ってもらおう。
こちらは一部依頼を消化でき、彼女は一文無しでなくなり、これもまたwin-winだろう。
「わかりました。ボディーガードは不要ですが、手が必要です。私から仕事を回すので、それをこなしてもらえれば泊まっても構いません」
「ほんと!? ありがとう!! 断られたらどうしようかと……」
「ある程度の期間仕事の様子を見て、求める水準にない場合は出て行ってもらいますよ。頑張ってくださいね」
こうして謎のお姫様との共同生活が始まった。
「そういえばまだ、あなたの名前を聞いていませんでしたね。私はキリハです」
「私はトロッポ、よろしくね!」




