クリスマスSP
メリークリスマス
「……なんで鎖下げてるの?」
「せっかくのクリスマスだし、飾りをと思って」
「いやなんで鎖なの」
「ヴィルヘルムさんが使ってもいいって。これで色紙切って丸めなくともいいしね。トロッポもやる?」
「やらない……」
ジャラジャラと何かの鳴る音で目を覚ますと、カーテンの閉め切られた暗い中で、家主のキリハが鎖を壁に下げていた。部屋を見回してみれば、他にも壁に無駄に多くの鎖が半円状になって連なっている。
丸いテーブルでは燭台とキャンドルが灯りをともしており、何かの儀式と言われてもおかしくないくらいには、部屋全体が異様な雰囲気を漂わせていた。
言われてみれば例の飾りに見えなくもないが、その発想はどこから来たのか。
などと寝起きの頭で考えていると、背後からぬっと鎖の悪魔ことヴィルヘルムが姿を現す。
「ふはははは。そうだ、人間の世界ではクリスマスという祝いの日らしいな。飾り付けがあった方が気分も上がるものだ」
「そ、そうかもしれませんねー」
こちらに振ってきたので、適当に相槌を打っておく。「いや鎖飾ったら陰鬱にすらなるだろ」って言えたなら、どこまで気が楽だろうか……。
このキリハと仲良くしている悪魔だが、大悪魔の名は嘘偽りないのだろう、その芯に見えるオーラが恐ろしいどころのレベルじゃない。世界が滅ぶ、これを封印した奴らは頭がおかしいんじゃないのか、危ないから封印するっても怒りを買うことを考えてないのか、幸いキリハの元にいるこれはそんな様子は見せていないが。
恐らく騒動になっている魔王でも、足元にも及ばないだろう。
キリハは何も感知できていないようだが、見えてしまっているこちらとしては、いつ敵に回りかねないかと、出てくるたびに肝を冷やしている。
あーもう一気に目が覚めたよ……。
「ハッピバースデー。じゃないけどケーキは買ってきてあるよ。ほらトロッポも座って」
「あ、はい」
言われるがままにさっと起き上がって、キリハの引いた椅子に静かに座る。
この悪魔の気分を害してはいけない、そしてこの悪魔はキリハと親しくしている。ならばこの悪魔の前では、私には借りてきた猫になる以外の選択肢はなかった。
私に続いて、箱に入ったケーキが鎮座するテーブルの三角形の位置に、キリハとヴィルヘルムが。それはもう満面の笑みでついている。「なんでキリハお前そんなニコニコしてられるんだよ! お前も人ならこっち側だろ!」
という本音は押し込んで、自然な作り笑いを形成することに。怒鳴ってもツッコこんでもいけない。
そんな私の内心などつゆ知らず、キリハがケーキの箱を開く。
「まあ定番のイチゴよね。ベリーもりもりのやつです」
「お、おいしそうですね」
「なるほど、イチゴが定番か」
キリハがケーキを切り分けるのを、悪魔が少し楽しそうに見てるし。
そしてなんか悪魔一瞬こっち見たし? クリスマスだからキリハのために楽しそうにしろってか?
ならやってやろうじゃん、控えめでありつつそこはかとなくワクワクしている風にしようじゃん!
呼吸を少し乱して、肩を微妙に上げて腿をゆっくり、そして静かに叩き始める。
そうして二人が眺める中で、切り分けられたケーキが皿に行き渡った。
悪魔が口にしたので、それを追うようにして私も一口食べる。
「ヴィルヘルムさん、どう?」
「おお、おー。すごく甘いな、果たしていつ以来か……」
「普段のご飯は、こういうお菓子とかは作らないですから。生クリームも嫌いではないですが、どうにも飽きが来てしまうので、対策にベリーも散りばめられたケーキに……。トロッポはどう?」
「おいしいですよ」
「それはよかった」
いや、味なんかわかるかああああ!!
えー? こんな状況で味なんか気にしてられないが!?
なに? 私が悪いの!? 世界すら敵に回せる悪魔が隣にいて歓談しろと?
いや初対面以外は、いつもは少し距離空けてたり、頑張ってたよ……。
悪魔が隣にいて味わかんないんだけど!!
手汗でフォークぐしょぐしょなんだけど!!
悪魔は満足そうに、片や私は味のしない軟らかな物体を口に運ぶ。
そんな私らを傍らに、ごそごそと包みを用意するキリハ。
「そしてクリスマスといえばプレゼント。こちら二人のために用意してきました」
悪魔と私に、それぞれ手渡される何がしか。
悪魔が開けた包みの中からは、カトラリーが出てきた。
ううん、どういうことだ。
悪魔も疑問符を浮かべている。
「ナイフ、フォーク、スプーンだな」
「普段使いする日用品、もらっても困らないものにしました。ご飯をたまに提供する関係としてもちょうどいいかと」
「なるほど、言われてみれば悪くないな」
キリハがしっかり考えてのことらしい、悪魔もご満悦の様子。
では私のからは一体何が……。
「細長い棒……?」
「孫の手にしてみた。基本的にごろごろしてるし、何かと便利かなって」
「ああ、はい。ありがとうございます」
私のことも、なんだかんだよく見ているらしい。
良い感じだ、80点といったところか。ありがたく使わせてもらおう。
「ということで、これからも仲良くしてもらえると嬉しいです」
キリハから私と悪魔の双方に手が伸びてきたので、そっと握る。悪魔の方もまんざらでもなさそうだ。
平和が一番、ラブアンドピース。
それはそれとして、いつかこの悪魔に安心できる日は来るのだろうか……。




