閑話休題 アルノー・フォン・バルテレミー
バルテレミー帝国はバルバストル王国との平和条約を締結し、新皇帝アルノー・フォン・バルテレミーの治世で飛躍的に成長していった。ずっと国交が断絶していた水の国アルエ帝国との国交を復活させ貿易を再開。またバルバストル王国との国交も見直し、外交担当である賢者辺境伯レア・フォン・アベラールとの交渉を成功させ貿易をするための魔導飛行船の運行を再開させた。
それだけではなく、300年前に封じられた邪神の復活も阻止し、世界を守護する大結界の構築にも一役買った。400年前に志半ばで崩御した第一皇子ケン・フォン・バルテレミーの再来だと言われている。
……まあ、実際そうなのだが。それを知っているのは、第一皇子のドナシアンだけだ。皇后すら知らないし、腹心である宰相にすら言っていない。全く、皇帝として成果を挙げるまでは『魔導具術師=無才』と言ってバカにしていたくせに。俺の嫁候補として今まで年頃の娘を紹介すらしなかった貴族達も今や側室に、と言って押し付けようとしてくる。その内に手首が捻り切れる奴が現れそうだな。
現在、ケンは執務室で痛む頭を抱えて書類とにらめっこをしている。決してどちらも笑わない。何しろ帝国の再開発工事に当たってレアから派遣された龍種の開発作業員ルノーとレノーからの『賄賂』に関する資料なのだから。
「はぁ……皆、金が好きだなぁ」
「あって困るものではありませんからね。現在の帝国の国庫も決して潤っているとは言えませんし」
ケンのぼやきに宰相は苦笑いを浮かべる。彼はケンが心を許している数少ない帝国貴族だ。彼と騎士団長ブリュノ・フォン・オードラン以外は信用していない。皇后にさえ一線を引いている状態なのだ。
宰相もそれは理解している。先代皇帝の治世において誰が敵で誰が味方なのかを見極める事は必要不可欠であり、幼少の頃から『神童』とも『無才』とも言われて育った彼が人間不信になるのも理解できた。だからこそ宰相は何があっても皇帝の味方で理解者であろうと努めた。皇后も決して悪い人ではない。もちろん『皇后』という肩書き欲しさに第一皇子であった皇帝に取り入ったのだから。当然、その背後には先代皇帝への賄賂がある。実家が払っていたものとはいえ、皇后の座を一体いくらで買ったのやら。皇帝は自身の皇子達や皇女の配偶者の座は決して『売らない』と明言している。暗に『賄賂は無意味だ』と言っているのだ。それでもそれを建前として受け止めて賄賂を持ってくる愚か者はいるのだが。そういう者達は適切な処罰を行っている。現在では『皇帝への』賄賂はなくなっている、のだが……
「工事の下請けを巡っての賄賂が横行している、か。バカな奴らだ。レアが派遣した人材がそれに靡く訳もねーのにな」
「『賢者』という肩書きさえ賄賂で買ったのだろうと思い込んでいる者は多いですからね」
「そんな甘い国じゃねーよ、バルバストル王国は。ウチじゃあるまいし」
資料から目を離して、近くで警備をしていた騎士団長に目をやる。
「ブリュノ。騎士を送ってやってくれ。賄賂を払ったアホ共を拘束しろ」
「はっ」
ブリュノは急いで部屋を出た。
ケンはため息を吐いて資料を整理すると、椅子を回して窓に向いた。宰相は紅茶を入れながらその横顔を見る。
『窶れたな』
最近の皇帝は忙しさを極めていた。毎日暇さえあれば皇子・皇女達の相手をしていたのだが、こうも忙しくてはそんな暇すらない。それでも食事の時間だけは一緒に過ごしているのだが、それは一種のワガママだ。先代皇帝は生まれた時以外に皇子と顔を合わせた事がないない方だった。影武者どころか似ても似つかない子供を『皇子です』と言っても騙されてしまうかもしれない程だ。妃が決まり結婚した時でさえ、式は最低限にさせて翌週に控えていた己の生誕祭に湯水のように予算をかけた。孫が生まれたと報告しても会にすら来ない。孫の名前すら把握していない有り様だった。
当代皇帝は違う。第1皇子が生まれた時は涙を流して喜び、ドナシアンと名付けて毎日の様に顔を見に足を運んだ。第2皇子、第1皇女に対しても同じで、会に行く度に玩具や人形を持っていく。ドナシアン皇子が『父上、僕達に甘すぎです』と苦言を呈する程に、皇子・皇女に甘かった。自分の誕生日にはそこまで頓着ないが、皇子・皇女の誕生日には気合いが違う。帝都を巻き込んでの祭りを開催する勢いだ。まあそれは自身や皇后の誕生日にもやっているのだが。
最初は皆が驚いた。自分の誕生日に合わせて帝都で祭りを開くなど、先代皇帝すらやらなかった。皇帝の狙いは市井においての消費活動だ。経済を回さなければ国庫も潤わない。消費を促すためには財布のヒモを緩める起爆剤が必要だろう。そのためなら自分を含めた皇族を人柱にする。それが皇帝の意思であった。私財を擲ってまで祭りを慣行し、深夜まで屋台を出展させ、平民でも気軽に見られる舞台なども行わせた。祭りは1週間行われるが、誕生日当日は本人が祭りを巡り、使用人達に屋台や舞台などで楽しませてやった。費用は何と皇帝持ち。賢者でさえ『その発想はなかったわね』と驚いていた程だった。『需要があれば供給される。皇帝がケチ臭かったら民だって財布のヒモが固くなるだろう?』と笑って言う皇帝に、民の心は動かされた。何しろお忍びで市井をまわっている事もある皇帝だ。今や見慣れた民達が『試作品です!』と言って新商品を見せてくる事もある。それを喜んで試行・試食・試飲するのだから胆が座っている。暗殺を疑わぬ皇帝ではないが、『毒など効かんし、魔導具なども暴走して腕が吹き飛んだって再生できる。そんな柔な結界を張ってないから心配ないさ』と笑っているが、こちらとしてはヒヤヒヤする。
「……陛下。再開発は長い目で見て行くのが吉と思いますよ。ドナシアン殿下もいらっしゃいますし、帝国の再開発が終わらなくとも、殿下は引き継いでくださいると愚考します」
「……そうだな。ドナは優秀な子だ。エミルもいるし、例え開発が終わらなくても任せられるだろう。だがな」
皇帝は真っ直ぐに窓から見える帝都を見やる。
「俺は、父の負の遺産をそのままにして終えるわけには行かぬのだ。何としてでもバルテレミー帝国を復活させたい。400年前の状態に戻して、あの美しい帝国を我が息子達に見せてやりたいのだ」
その笑顔には生気が戻り、皇帝の威風堂々とした風格が見える。
「陛下」
「ドナに引き継ぐのは、開発が終わってからだ。どのみち、賢者辺境伯も女帝殿もそれまでは引退しないだろう。俺一人が先に引退したら笑われてしまうさ」
まるで400年前の帝国を知っているかの様な皇帝の言葉に、宰相は黙って頭を下げる。皇帝は必要ならば話してくださる。話さないという事は、そこには皇帝の意思があるからだ。ならば自分は黙っていよう。例え薄々感づいていたとしても、それは気がついていない振りとする。それも腹心である宰相の仕事だから。
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