国王の決意
国王はどさりと椅子に体を預ける。この国で生まれ育って、初めてあれ程の殺気を受けた。思い出すだけで体が震える。
向かいの椅子にオクレール辺境伯が座っていた。今日はたまたま非公式に謁見していた。辺境伯という立場上、1ヶ月に一度は謁見を行なっている。オクレール領はバルテレミー帝国との間に国境を持っている。今の所は帝国と事を構える話はないが、そもそも先代の皇帝が傲慢で何かと王国を目の敵にしていた。今の皇帝はそんな事はない様だが、備あれば、というやつである。
だが今回は少々違った。オクレールが城に到着すると何やら騎士達が騒がしい。談話室に通されるとすぐに陛下がいらっしゃった。話によると賢者様の屋敷が王家の許可なく開門されたらしい。400年前に魔王との決戦で相討ちになった賢者様の屋敷は魔族の執事が管理していた。そもそも給料が出ていた訳ではない様で、賢者に仕える事を至上の褒美としている節があるらしく、ずっと屋敷の管理をしながら住んでいた。王家としても賢者様の遺産を管理するのに人員を割かなくて済むという事もありそれを承諾。任せていたのだが、まさか魔族が討伐されたのか!?そんな脅威がこの王都に!?と騒ぎになったと。
出動した騎士団長からの知らせが届いたのは『賢者様、復活』だった。信じられなかったが、どうやら事実らしい。陛下と大興奮で話していると、騎士団長を介して陛下への謁見を申し込まれた。一もニモなく承諾し、すぐに謁見の準備を整えたのだ。
しかし……
「あれが伝説の賢者か……」
幼い頃から憧れた賢者伝説。賢者様を中心に多くの腕利きがいたバルバストル王国の黄金期。何か国がらみの大きなコトが起きる時は賢者様が中心になっていた。モンスターのスタンピードが起きた時も、大規模な盗賊討伐の時も、闇ギルドが暗躍していた時の対策も、その計画の中心には必ず賢者様がいて、その計画は失敗知らずだった。そんな御伽噺を読んで育つこの世界の者は皆、賢者様に憧れを抱くのだ。かくいう陛下もオクレール辺境伯も年甲斐もなく心躍っていた。
しかし、相見えた伝説の賢者はお怒りだった。何しろ謁見の間の扉が閉じているのに分かる程に重たい殺気だった。
しかも、あの『無才』と言われていたアニエス嬢が実は本当に賢者の弟子で、賢者が認める魔導具術師だった。
アニエス嬢が400年前の国王夫人であったことは知っていた。夫であるアルフレッド王は体が弱っていて、国王にはなったものの実権は宰相達が握っていたそうだ。息子は親から引き離され宰相達が育てた。その結果、実の母を『無才』と呼ぶようになったそうだ。
「宰相達は反賢者派だったという事でしょうね」
「うむ。あの時代は基本的に中立を保つ事を求められる王家だが、国王と王太子が賢者派の筆頭だったのは火を見るより明らかじゃ。じゃが、宰相は賢者殿に良い感情は抱いてはおらなんだのじゃろう」
国王の本妻アニエスによって歪められていた真実だとして今まで語り継がれてきた『魔導具術師無才論』は、それこそが宰相によって広められた虚言だったのだ。孤高の天才だからこそ、それ相応の敵もつくる。だからこそ、弟子は1人だったのかもしれない。
まさか賢者様も『魔導具術師』だったとは……。優秀な魔導具師であり、魔王と戦うだけの実力も持ち合わせた魔法使いだったと聞いていたが、これも真実は少し違う様だ。
それにアニエス嬢のあの魔法だ。
「何処が無才だ……騎士団が束になってかかっても敵わないかもしれない実力を持っているぞ」
「我が騎士団を持ってしても敵うかどうか怪しいですな」
術者ではなく魔導媒体である魔導具に問題があったとは思わなかった。あの指輪は恐らく、賢者様がアニエス嬢の手を握った時に装備させたのだろう。
「絶対の避けるべき、と辺境伯として進言致します」
「うむ」
王国指定冒険者を全員人質にされたのは痛手だが、それと引き換えに学びと償いのチャンスを賢者様は与えて下さった。普通なら国ごと滅ぼされても文句は言えなかった。
オクレール辺境伯と認識を共にし、辺境伯の立ち去った部屋で静かに物思いに耽る。謁見の最後、アルバン達に刻んだあの紋は……
「本物の賢者様は懐も慈悲も深いという事か」
このチャンスは絶対にモノにしないといけない。まずは私自身が学び直さなければならない。そしてエドモンも。あの時は賢者殿が仲裁に入ってくださったから良かったが、あのアニエス嬢は本気だった。本気で命を奪おうとしていた。それをしたらアニエス嬢も無事ではいられなかったのかもしれない。だからこそ賢者殿は止めてくださったのかもしれない。
何にせよ、これを好機として王国に蔓延る『無才』を改めなければならない。これが自分の治世で行うべき最大の仕事となるだろう。
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