神獣龍王
都は前世で言う古い京の都の様な感じだ。大きな道の真ん中を牛車が進み、それを民が頭を下げて通り過ぎるのを待つ。牛車は馬車と比べて遅いが、それでも日本の牛車の1.5倍以上の速度は出ている。通り過ぎるのを待っていても困らないだろう。
『美しい都じゃな』
「はい。この都は3000年を越える歴史を持っております。この世界にまだ国が存在していない頃から、この都は存在していたのです」
「そもそも創造神様がこの世界に龍脈を作り魔素を生み出す措置を施している間に、神龍が自分の系譜である龍種を地上に生み出したのよ。そして龍種の中に特別に強い龍が現れた。それが初代の龍王。今から4000年前の事ね。1000年かけていくつかの部族に分かれていた龍種を少しずつ龍種を取りまとめ、都を築いていったのよ」
「詳しいのじゃな」
「龍王から話をうかがい、本にまとめて出版したのは、他でもない我が主人ですからね」
そう。龍王テオファヌと仲良くなってから、龍の谷の歴史を聞き取り本にしたのはレアだった。本来は攻略本の様な感じで様々な種族の性質や歴史を書き記して公表していた。
「アンジェリーヌは読んだ事はないの?」
『書庫にはなかったのぉ。母上から聞いた程度じゃ』
「主人が消滅してから、例の愚かな王太子の政策で、主人の魔導具と共に書物も出版停止になっていましたからね。残っている本も少ないでしょうし、王都の図書館にはあるかもしれません」
『失われた技術や知識は計り知れぬな』
王城の宝物庫には全て残っているのだけどね。そんな話をしていると、牛車は城に到着した。遠くからでも見える五重塔。美しく積み上がった石垣の上にいっそ荘厳さを感じる城が建っている。その周囲を堅牢な城壁が囲んでおり、白い壁面は日の光を受けて輝いている。
あれは熊本城か?防衛対策をこれでもかと施した通称『やり過ぎ城』ともっぱら評判の城だ。ゲームの中ではこんな城はなかったと思うのだが……
「もしかして400年の間に建て直しした?」
「はい。龍王が魔王と相討ちになる直前の賢者様と少々お話しした時にその場でささっと描いた城を気に入って再現させたのです」
「そういえばそんな話したかも……」
確か直前に熊本で大地震があって熊本城の石垣が崩れたとかいう話を一緒にいたケンと世間話程度にして、龍王が興味を示したから熊本城をラフスケッチしたんだっけ。そんなに気に入ったとは思わなかった。あの時は確か興味もあって自分が提供できるだけの情報を出したんだっけね。『ゲーム内のキャラクターにリアルの情報を惜しげもなく提供したらどうなるのだろうか』という実験だった。ゲーム内でどうなるかは分からないが、ここはリアル世界だ。恐らくレア達転生者・転移者の最後のデータから400年経過させている。その情報から龍王が熊本城を再現させていてもおかしくはない。
「城壁の芯は魔鋼とヒヒイロカネかしら?そこに白金を被せたのね。色を見るとロジウムかしら」
『ろじうむ?』
「白金の中でも最も白い金属を総称してロジウムって言うのよ。現在では全て白金になってるけど」
アンジェリーヌは知らなくて当然だ。正直言って魔導具には向かない。魔素はこもっているものの、頑丈さで言えば魔金の方が上だし、見た目だけは良いからアクセサリーには使うかもしれないけどそれだけだ。高いだけ高いから貴族の見栄には使えるけどね。
それにしても、これだけのロジウムを手に入れるのは大変だっただろうな。龍の谷は確かに鉱脈はあるが、これだけ質の良いものを揃えるとなったら一仕事だ。
「こちらには技術者も多いですからね。あと、王国の圧政を逃れた技術者も抱えておりましたから」
「ロドリグ殿のお弟子さんとか?」
「そうですね。ロドリグ様に王国の圧政について伝える様に言われた魔導具師のドワーフ、ヤニクを龍王が保護しました。そこで同胞達に技術を教えていったのです」
名前に覚えがある。ロドリグの弟子の中でもかなりの腕を持つドワーフで、主にアクセサリーに彫金を施すのが役割だった。彫金の腕に関して言えばロドリグより上だったのを覚えている。
「ちなみにその魔導具師は?」
「……病に伏しております。あまり容態は良くありません」
「そう……」
病も風邪や感染症程度ならいざ知らず、疾患系の病気だと回復魔法もポーションも気休めにしかならないからな……。生きている者なら等しく訪れる寿命、というやつであろう。こればかりはどうすることも出来ない。
「もしよろしければ、一度お会いになっていただけますか?彼は今でも城内での生活を許されている身。本人も喜ぶでしょう」
「そうね。顔を見せましょう」
こうして一行は龍王の元へと向かった。
龍王の間は荘厳という言葉が良く合う場所だった。畳敷きの大広間に何人もの臣下が集まり、レア達もその真ん中に正座で座っていた。最奥に座するのは龍王、いや神獣龍王テオファヌだ。見ただけで分かる。そのオーラはまさに"神獣"だ。恐ろしいほど美しい容姿、白く輝く髪は見ただけで絹の様な美しさ。そこから伸びる2本の黒光りした長い角が威風堂々とした雰囲気をより引き立たせている。
テオファヌは黙って手を振る。臣下達は一斉に大広間を辞する。残るのはレア達とアダンだけだ。静かな部屋に衣擦れの音だけが響く。
「久しいな、賢者レアよ」
「ご無沙汰致しておりました。神獣龍王覚醒、遅ればせながらお祝い申し上げます」
「うむ。して、我が娘アンジェリーヌを救出してくれた事、感謝する。邪神と共に封じられたと聞いた時には絶望したものだ」
そうだろうな。なにしろ一人娘だ。龍種は一生に一人しか子を産めない。それは男であれ女であれ同じだ。つまり次代龍王を失ったという訳で、龍種としても混乱したであろう事は容易に想像がつく。
「それでも創造神様と神獣たる龍神様の神託があったからこそ、それを信じたのだがな」
「創造神様は既に私達の復活に着手しておりましたから」
「そうだな。今にして思えばそうだったのだろう。しかしこの300年、本当に長かった。何千年の命にしてみたら300年なぞ一瞬なのだがな」
可愛い娘、しかも自国の未来がかかっている300年というのは長く感じたのだろう。気持ちは理解できる。
アンジェリーヌに向き直るテオファヌの目は優しく穏やかだ。
「アンジェリーヌ。美しくなったな」
『父上。お初にお目にかかります』
「そうか。産まれた時に一度は顔を会わせているのだが、覚えてはいないか」
『産まれた事さえ記憶できぬ赤子ゆえに』
「そうだな。母によく似ておる。復活したてとは思えぬ強さを秘めているな」
『邪神のエネルギーを取り込んだ故でしょう。寿命もあってない様なものになっております』
「そうか!では龍王を継いだ途端に神獣龍王になれるかもしれぬな!」
『気が早いですよ、父上。まだ私めなど経験の足りぬ赤子の様なもの。まだまだ民を導いていって貰わねば』
訳『もう少し自由の身でいさせてください』である。しかしテオファヌの感動は一入の様なので黙っておく。
「して、レア嬢が来たのであれば、一つ頼まれて欲しい事がある」
「ドワーフの魔導具師ヤニク、ですか?」
「その通りだ。彼は我が国の発展に大きく寄与してくれた。失うのは惜しい人材なのだ」
「……聞いた限りでは年齢による病気だと思われます。その場合、訪れる死は寿命であり、天寿を全うする者の運命を変える事は許されてはおりません」
「それは分かっておる。しかし一縷の望みを掛けたいのだ。それで駄目でも、責任を問う事はないと約束しよう」
そういう事ならばとレアはの案内で別棟の一室に向かった。障子が開けられると、中には数人の龍種がおり、大きなベッドを囲んでいる。ベッドには小柄なドワーフ。一目みて察する。『ああ、これは寿命だ』と。しかももう間もなく、その人生を終えようとしている。間に合った事が奇跡だ。
「ヤニク!賢者殿が来てくださったぞ!」
「テオファヌ様。病人相手に騒々しいが過ぎますよ」
レアが苦言を呈するが、テオファヌは平気な顔をしてベッドに駆け寄り声を掛ける。
「ぉ、ぉお……け、ん、じゃ、殿……!」
「久しぶりね。聞いたわよ、貴方の活躍を」
「む、りょく、を、恥じる、ば、かり……」
「そんなことないわよ。この城だって、貴方が建てたのでしょう?素晴らしい出来よ。誇って良いわ」
「おぉ……あり、が、たき、幸せ……」
「……もう、喋るのも苦しいのでしょう。少しの間だけ緩和してあげるわ」
最期の時を穏やかに過ごせる様にするための対処療法だが、やらないよりはマシだろう。
「ヤニク!もうすぐ桜が咲くぞ!今年も花見をしようではないか!」
「ははは……王には敵いませんな……私も王との花見を毎年楽しみにしておりますれば……今年の桜の頃は無理そうですな……」
「何を言う!私に一人で花見をせよと申すか!」
「テオ。無茶を言わないであげて下さい。もう起きているのもやっとな状態なのですよ?」
『テオ』そう呼ぶのはレアだけだ。テオファヌは不満そうな顔をする。
「無茶ではない!病で動けなくなってからはここで花見をしているのだぞ!ここから見える大桜はそれはそれは美しいのだぞ!」
「……本人の言う通り、ヤニクは桜が咲く頃までは保ちませんよ。正直、今も生きているのが奇跡です」
「そんな事……!」
「ドワーフの寿命から考えると若い方ですが、病を考えるとむしろ若さ故に進行も早いです。回復魔法やポーションで治せる類の病でもありませんし、対処療法・緩和療法しかありません。今は呼吸が楽になる魔法をかけましたが、時間稼ぎにしかなりませんし」
遠慮のないレアの言葉に側にいたヤニクの弟子達や使用人達は唖然としている。誰もこんな遠慮なく王に意見する者はいないのだろう。テオファヌは何も言えず、グゥの音も出ない様だ。ヤニクはクククッと笑う。
「お二人の会話も変わりませぬな……賢者殿の遠慮のなさも、王の我が儘も……」
「どれだけ時が経っても子供の様な人なのですから……ヤニク。ロドリグ殿も王都に戻っています。何か伝えたい事はある?」
「師匠……不肖の弟子が先に逝く事を許してください、とだけ」
「分かったわ。貴方がどれだけ活躍したかを伝えるわ」
「ははは……賢者殿には、敵いませんな……」
ふぅとため息を吐くヤニク。テオファヌは今にも泣きそうな顔をしている。そんな顔をされると絆されてしまう。レアはやはりお人好しなのかもしれない。
「……確か盆栽の桜がありましたよね?」
「ございますが……」
「持ってきて頂けますか?」
使用人は不思議そうにしながらも、鉢に入った小さな桜の盆栽を持ってきた。
「レア?」
「このくらいなら問題ないでしょう」
そう言ったレアの手の中にあった盆栽の桜は満開になった。全員目を見開いた。テオファヌもヤニクも驚いている。
「外の大桜は魔力がいくらあっても足りないですが、このくらいの大きさならどうにかできますからね」
「流石はレアだ!おい、ヤニク!桜だ!花見ができるぞ!おい!酒と肴を持ってこい!」
「テオ……」
「良いではないか!桜と言ったら酒だろう!」
「はぁ……」
使用人達は急いで酒宴の準備をした。ヤニクも苦笑いしている。『妾より子供であるな』『昔から変わりませんね』とアンジェリーヌとモーリスは後ろで話している。
酒宴の準備が終わると、テオファヌはヤニクの背中を抱え起こした。
「ほら!酒だ!レアも飲め!」
「ありがとうございます……」
「やれやれ……仕方がありませんね」
ヤニクは少しだけ酒を口にする。テオファヌはグイッと煽り、レアもベッドの端に座ってクイッと飲む。
「やはり花見酒は美味いな!」
「そうですな……最期に王と賢者殿と花見酒とは……良き思い出となりましたな……」
「ヤニク……」
「賢者殿……一つ、頼んでも?」
「何?」
「我が弟子から数名を……賢者殿の人選でロドリグ師匠の所に連れて行って頂けませんか……?師匠にこの400年の成果を……孫弟子を……報告しなければ……」
「……分かったわ。テオと人選して王都に連れて行くわ」
「うむ。任せよ!」
「ありがとう……ございます……」
目を閉じてゆっくりと数度息をする。そしてその呼吸は、止まった。
「……お疲れ様。ゆっくり休みなさい。創造神様のお導きがあります様に」
そう言うと、テオファヌはギュッとヤニクを抱き締める。顔は見えないが、肩は震えている。そっとテオファヌの肩に手を置く。暫くはそっとしておこう。
レアはアンジェリーヌとモーリスを連れて部屋を出て行った。弟子達も使用人達も静かに部屋を辞した。閉じられた襖の奥から嗚咽が聞こえてきた。
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