龍姫アンジェリーヌ
300年前、侯爵家の女当主だったラクロワ侯爵は龍の谷の龍王であったテオファヌとの間に子を宿した。生まれた子は娘で名をアンジェリーヌと言う。神獣たる龍の末裔であるテオファヌの血を引くアンジェリーヌは特殊な力を持っていた。己の魔力で相手の魔力を圧すると言うものだ。魔力そのものを圧するため、魔法使いではない者でも身体強化などを行える程度には魔力を持っている。それを封じられれば強化系の魔法は使えなくなってしまう。その上で自分は膨大な魔力で行使する魔法に争う術はなく、幼い頃から一騎当千だった。
そんな彼女に目を付けた王家は当時の王太子の婚約者に選んだ。神獣に最も近い血筋であり龍王の姫である彼女を王国に留めておくのが目的だった。しかし当時の王太子オクタヴィアンは幼さの残る容姿をしているアンジェリーヌが気に入らなかった。そして学友で、まだ成人していないとは思えないほどに妖艶で美しい伯爵家のご令嬢であったアレクサンドラがお気に入りで、すっかり入れ込んでいた。もちろんその話は有名であり、重婚が許されている事から2人目の婚約者として内定していた。しかしオクタヴィアンは不満だった。唯一の愛を捧げている令嬢が、爵位が下だというだけで第二夫人にされてしまうという現実が。愛する女性がそんな理不尽な目に遭う事が不便でならなかったのだ。
そんな時に起こったのが邪神騒動だ。オクタヴィアンはこれを利用する事にした。学園で成績上位であった学友3人とアンジェリーヌとアレクサンドラを伴って邪神討伐に向かった。そして作戦通り、アンジェリーヌを騙し、生贄にする事で亡き者としてアレクサンドラを第一夫人に引き上げる事に成功したのだった。
誰もが理解していた。これは王太子と御学友達の謀りであると言うことを。その証拠に、公式発表に不服を申し立てたアンジェリーヌの母ラクロワ侯爵が国家反逆罪として家が取り潰され処刑された。そして邪神討伐の栄誉を理由に同行した学友3人は男爵位を賜り、その上で王太子の護衛として城に住む事を許された上で伯爵家のご令嬢と結婚すると言う破格の待遇を受けたのだ。ただ戦闘には参加しておらず、その場にいたというだけなのは誰もが承知の事実。そこから導き出された答えは一つだった。父である龍の谷の王子も龍王も何も言わない事を良い事に王国内には公表していたものの、龍の谷には報告はしていなかった。
「龍族は5000年以上の寿命を持っています。人間がどれほど短命かを失念している可能性はありますね」
『あり得るの。父上は妾が生まれた時に来訪して以来、来ていなかったのじゃ。100年も生きられぬ母上の死にも立ち会えなかった様じゃし。まあ、長命種にはありがちじゃな』
優雅な所作で紅茶を飲むアンジェリーヌ。300年ぶりの飲食に感慨に浸っていた。龍脈鉱の中では飲食を必要としないが欲はある。久しぶりの美味しい紅茶とお菓子は彼女を満足させたのだ。
「龍の谷、か。特にトラブルも起きておらんが、連絡も取っておらぬな」
「邪神騒動の時も創造神の祝福を受けている龍の谷では気が付かなくても無理はありませんね」
「あそこは神域じゃからな」
「連絡を取ってみましょうか」
『出来るのか?まあ、出来るのかもしれぬな』
「旅をしていたテオファヌと会っていますし、うちにはモーリスもいます。年数から言って、あの実力を考えても神獣龍王になっている可能性はありますからね。様子を見る目的も兼ねて連絡を取ってみましょう」
「神獣龍王?」
クリストフは首を傾げる。
「研鑽を積んだ龍王のごく一つまみが到達出来る境地で、祖である神獣に近しい力を手に入れる事ができるのです。故に神獣龍王と呼ばれるのですが、その力は桁違いも良い所です」
『創造神や邪神には劣るが、そもそも神獣たる龍は創造神の神族じゃ。それに匹敵する力であるからの。妾でも規格外だと言われるのだから、父上が神獣龍王になっておったら国どころか世界が滅びてしまう』
「もはやいつもの事じゃな」
「我々も慣れてしまっていますね。本当はそれではいけないのでしょうが」
「魔導具術師『無才』認定による技術衰退に量産型魔王の暴走と原初の魔王復活に、王太子と第二夫人、宰相による国家反逆罪。極め付けが邪神復活騒動ですもんね。仕方がないかと」
『……聞き捨てならぬ騒動があったぞ?原初の魔王復活?何の冗談じゃ?』
驚くのも当然だ。原初の魔王はアンジェリーヌでも梃子摺っただろう相手だ。魔力での圧力も効かない。アンジェリーヌは近接戦をあまり得意としていない。彼女一人で原初の魔王討伐は不可能だっただろう。
「王太子と宰相の策謀により原初の魔王が復活したのよ。ま、討伐したけど」
『まあ、魔王を単騎討伐した賢者殿にとってはとるに足らぬ相手であろうな』
「結構苦労はしましたよ。今度は死ぬわけにいきませんでしたし」
『龍王の力は魔王クラス。神獣龍王であれば神族の眷属クラスと考えれば、さしもの賢者殿でも持て余すであろうな』
「戦闘は避けたいわね。あの頃でも大概の方だったのだから」
魔王はそうは言っても知性の低い存在だった。これの理由は未だもって不明。ゲームの中では定型文よろしくの挨拶などはむしろ当然。霧が出る、物理以外は効かないなどの特製は同じだし、戦闘方法も変わらない。よってその対策も取りやすく、それ故にレアも単騎討伐が可能だった。よく考えると、あれもおかしな話なんだよね。ゲームならむしろ当然なんだけど、このリアル世界ではどういう扱いなのだろうか。そこまで調べる余裕はなかったからなぁ。今度落ち着いたら調べてみよう。
では、龍王はどういう存在なのか。これはアニエスやセバスチャン達の様な存在、と言ったらわかるだろうか。だからこそとても厄介なのだ。魔王の様にシステマティックな存在ならまだ良かったのだが……
「こちらから出向きましょう。何しろあの方は少々、いえ大分苛烈な方ですから」
『ふむ。王国なんてひとたまりもないであろうな』
「復興途中の王国を破壊されたらたまったものではありません。暴れるなら自国で暴れて頂きましょう」
「よろしく頼む」
「お任せください」
一難去ってまた一難。レアが引退できる日は来るのだろうか、とクリストフは密かに思っていたのだった。
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