厄介な夜会
屋敷では豪華な夕食の準備がされていた。随分豪華だな。確かに他国の王がいるから納得もできるのだが、本人達もそんなに豪華である必要はない。気を使う必要はない、と言っているから。
「実は、森の魔獣を討伐していた時に元ジョクス家の者が声をかけて来まして」
アドリエンヌによると、声をかけて来たのはまだ若い執事。側には身なりの良い少年がいたそうだ。かなり偉そうに『招かれてやる!ありがたいと思え!』と言っていたそうだ。話を聞くと、ジョクス元公爵家の長男だった。全力で『お断りします』と言いたかったそうだが、なまじ闇ギルドのギルドマスターの息子だ。彼自身も闇ギルドの構成員だった。拘束されて当然なのだが、彼は12歳とまだ成人していない。処罰は成人してから社会貢献という形で行う事になっているそうだ。社会貢献とは良い言い方で、要は犯罪奴隷として期間限定で働けという事だ。成人していなかった故に大した犯罪に関わっていなかった。違法な商売に加担していた程度らしい。現在はその身柄は国預かりになっていた。王家直轄領で暮らし、領地からの外出も制限されていたらしい。だが、元は宰相の息子で公爵である事を考えると、いくら廃された貴族とはいえ立場の弱い使用人達では命令に争えなかったのだろう。それはアドリエンヌ達からしてもそれは同じで、変に断ると話が面倒臭くなる。屋敷にいるカミーユに緊急伝令を送り、招くしかないだろうという結論に達したのだそうだ。
「まあ、そうなるでしょうね。ごめんなさいね、任せちゃって」
「いえ。今は王家の保養所に待機していただいています。ほとんど使われていなかったそうですが、清掃などはされていましたから。芸術品が数点行方不明になっている、という報告があるので、それは現在調査中です」
「そう。パティスト、陛下にお伝えして頂戴」
「承知いたしました」
パティストは急いで執務室に向かった。レアはケンとアンリを振り返った。
「2人はどうする?一緒に食事をする?」
「……どうする?アンリ」
「そうね〜。今夜は遠慮しましょ〜。私達には関係ないし〜」
「それもそうだな。俺達が行くと拗れそうだしな」
「じゃあ、2階のダイニングに持って行かせるわね」
「ありがと〜」
「お前も暴れるなよ」
「貴方じゃあるまいし」
流石に子供相手に喧嘩する気はない。私は苦笑いをして着替えに向かう。
今夜は夜会になるだろう。それもかなり面倒な相手と。これだから貴族は面倒なんだよな、とため息が止まらない。
1時間後、王家の保養所に迎えを出して客人を迎える。元宰相リオネル・フォン・ジョクスの三男、エマニュエル・フォン・ジョクスと、その執事であるエドメだ。エドメは正確に言えば王家直轄領の領主館に控えている見習いの執事だ。本来なら見習いを側付きにする事はないのだろうが、エマニュエルと同じくらいの年齢である所を見ると、それを理由に側付きにしたのだろう事が想像できる。少々顔色も悪く、こちらとしても可哀想に思える。
「ようこそ、エマニュエル殿。レア・フォン・アベラール辺境伯です」
そう言って礼をすると、エマニュエルは眉根を寄せる。元は公爵家の子息。辺境伯家当主の私がエマニュエル相手に敬礼を取らないのは不敬にあたるのだ。しかし彼も分かっている。自分が廃された貴族の子弟である事を。そして闇ギルドの構成員として下働きしていた事を。それによって王家の監視下に置かれている事も、ちゃんと理解していた。だから今は平民と同じであり、そんな自分にそれでも『エマニュエル殿』と読んでいるのは、レアからの温情である。だからこそ自分は『私の事は呼び捨てで結構です』と言うのが正解だ。だが、まだ若いエマニュエルにはそれが理解できても行動に移す事はできない。憮然とした表情になってしまう。
「お、お招き、ありがとうございます!アベラール辺境伯におかれましては、急な要望にもかかわらず時間を割いていただき感謝の念に絶えません!」
代わりにエドメが挨拶をする。王家に仕える執事は貴族出身である。挨拶などはお手の物であり、上級貴族であったプライドが邪魔をして礼を欠いた態度を取る主人に慌てるのも無理はない。主人の尻拭いをするのも執事の仕事だ。
「気にしないでください。それではどうぞ」
食堂はレアの趣味に合わせたシンプルでありながら高価な素材を使った、見る者が見たらその技術に感嘆のため息を吐く事だろう。エドメは執事として専門的な教育を受けているため、その技術にビックリしているのだが、エマニュエルはよくわかっていないらしい。
「ふん。貧相な装飾だな。これだから平民上がりは……」
「エ、エマニュエル様!」
「事実だろう?」
「この彫金は全てかの有名なロドリグ様の手によるもの!王家お抱えの魔導具師による作品ですよ!」
「はぁ?こんな平民貴族が王家お抱えの職人に作って貰えるわけがないだろう!」
「お忘れですか?!賢者レア様と魔導具師ロドリグ様は400年前からの仲!お二人共同で作られた魔導具は国の宝として宝物庫に貯蔵されているのですよ!」
まあロドリグも私もあまり華美なものが好きではないからねぇ。見た目は非常に地味なものが多い。そんな所に手を掛けるなら機能にこだわりたいというのが共通認識だったからね。それにしても、この子は一目見ただけでロドリグ殿の作品だと分かったのだから、とても見る目のある子だ。
「流石に王家の保養所で執事見習いをしているだけはあるわね。確かにこの屋敷に運び込んだ魔導具は全てロドリグ殿と私で作ったものばかりよ」
「保養所にもいくつか置かれていますので、何となく分かりました」
「それでもパッと見ただけで分かるのは大したものよ」
エマニュエルは不機嫌そうな顔をしている。これはいくら社会福祉に従事させても意味がなさそうだな。
パティストの案内で全員席に着く。エマニュエルとパティストの視線が一瞬合ったが、パティストは一礼してキッチンに向かった。そして入れ違う様にカミーユが飲み物を持って入ってくる。私にはワインを、エマニュエルにはジュースだ。
「それでは、乾杯」
「……」
エマニュエルは黙ってジュースを飲む。エドメは困った顔をしているが、まあ想定の範囲内だ。
ちなみにワインは領主館の地下にあるワインセラーに残っていたものだ。ワインは宝としての価値もある。貴族の嗜みとしてワインをコレクションするというものがある。大概の男性貴族は屋敷の地下にワインセラーを持っている。私はワインよりも紅茶の方が興味があるからワインセラーはなかった。その代わり、紅茶とティーセットのコレクションが沢山ある。紅茶の種類が多いのはもちろんの事、その日の気分に合わせてティーセットを使い変える。まあ、それはそれで淑女の嗜みなのだ。お茶会を開くに当たって香りの良い紅茶と美しいティーセット、そして美味しいお菓子を用意するのは貴族の子女の仕事だから。私の場合はお酒も好きなため、ストレートの紅茶にブランデーを入れるという事もしている。淑女はあまりお酒を好むのは『はしたない』と言われてしまう。そのためこんな回りくどい嗜みになるのだ。
「本日の料理は王都の屋敷で料理を任せている弟子であり執事のカミーユが担当しました」
「カミーユと申します」
「……ふん」
エマニュエルは鼻で笑う。執事に料理を任せるというのは色々と理由はあるが、辺境伯ともなれば安心・安全を考慮するわけだ。しかし中には懐事情の問題もあるわけで。エマニュエルは後者だと思っているのだろう。
しかしエドメは正確に理解していた。エマニュエルをフォローするように口を開く。
「賢者様のお弟子様でしたら安心ですね。賢者様ほどの方になると狙われる危険もありますからね。まあ、武勇に優れた貴女相手にそんな事をする者は恐れを知らない愚か者でしょうが」
「あら、私だって遅れをとる事はあるわよ」
そう言ってふと近くのテーブルを見る。そこには仲良く食事をする子供達の姿があった。ベラとパスカル、ヤンだ。ベラが『ママと一緒に食べる!』と言って聞かなかったから、パスカルとヤンをお目付け役にして夜会に参加させたのだ。
「なるほど。ご息女には甘い、と言う所ですか」
「どうしてもね……あまり甘やかすのはいけないと分かってはいるのだけど……」
「賢者様を困らせるとは、中々の『凄腕』ですね」
エドメは笑う。確かに色んな意味で『凄腕』である。
「私には夫もいませんが、あの子が可愛くてしかたがないのですがね。養子とはいえ辺境伯家の子女ですからね。マナーは王都の執事長がちゃんとしているのですがね」
「あれだけ大人しく座って食べているだけで利口だと思いますよ」
「まあ、長命種ゆえに生きた年数は見た目とは掛け離れているのよ」
「人族ではないのですか……。妖精の様に美しいご令嬢ですが」
ここでエマニュエルは興味が沸いたのか、ベラに視線をやる。
「ピンキーよ。もう500歳は越えてるわね」
「ごッ……!?」
「私が魔王と一騎打ちになった400年前にピンキーの里から引き取っていたのよ。不幸な事故で命を落とした彼女を私が引き取って保護していたのを最近になって蘇生したの。昔は弟子として育てようと思って引き取ったんだけどね」
「……流石は賢者様ですね」
賞賛半分呆れ半分といった感じだ。するとエマニュエルはニヤニヤと笑う。
「面白い!ならば俺が嫁に貰ってやろう!」
「え、エマニュエル様!?」
やはりそう来たか。分かっていたよ。そもそもこの男は私を嫁にして貴族に返り咲こうとしていたのだ。私の夫になれば辺境伯家の貴族になれる。公爵だった事を考えると辺境伯は一つ下同等の立ち位置。名誉は維持できる。この夜会を要請したのはそれが理由だった。そう言う意味では私と夫婦になってもベラと夫婦になっても同じだ。こんな子供なら御しやすいだろう。エマニュエルは自身の顔面偏差値をちゃんと理解していた。黄金色に輝く髪をオールバックにし、まだ幼さの残る容姿は凛々しくも可愛らしい。透き通るような青色の瞳に見つめられれば、蝶よ花よと育てられた箱入りご令嬢達はイチコロだった。しかし、ここにいるのは見t目は子供だが、既に500歳を越えているピンキーとその母だ。
「ベラ、こんなガキと結婚したくない。ベラはパスカルと結婚する!」
「あはは。公開プロポーズだね、パスカル」
「ヤン……他人事だと思ってない?」
「他人事だよ、実際。ほら、お返事しないと。ベラが泣いちゃうよ?」
「パスカル……」
「泣かないでよ、ベラ。僕もベラも子供だよ?まあ、年齢的には婚約者がいてもおかしくない年齢だけど……」
「じゃあコンヤクシャになる!」
「意味、理解してないよね……」
暴走するベラに戸惑うパスカル。そしてニヤニヤと面白そうに傍観しているヤン。蚊帳の外になっているエマニュエルは顔を真っ赤にしている。
「で、では、レアでもよいぞ!」
「こんなおばさんと結婚なんてしたくないでしょ。私、もうすぐ26よ?」
「……は?」
貴族世界では結婚適齢期は15~19歳。20を越えたら行き遅れと言われる。つまり25歳で独身貴族を決め込んでいるのは婚期を逃したババアという事だ。元々童顔で若くは見られていたが、諸外国の人にとって日本人は幼く見えるのと同じで、この世界でも私が10代に見えるらしい。ギルド登録の時でも子供に見られていたっけ。
つまりどう見積もっても20は越えていないと思っていた相手が実は25歳の行き遅れババアだったという……じゃかましい!誰がババアじゃ!
「そ、そんなババアだったのか!?」
「エマニュエル様!失礼ですよ!」
「まあ、見た目だけは若く見えるどころか幼く見えるみたいだからね。魔王戦で相討ちになった時が25歳だったのよ。結婚に興味がなかったというのもあるのだけど」
いまさら結婚して子供を、なんて面倒くさいからね。王国が心配しているのは私の財産を受け継ぐ子息、子女の存在がいない事だったからね。ベラはああだし、パスカルも満更でもないみたいだから、このまま話を進めても良いだろう。
「貴方の入る隙間はないわよ。残念だったわね」
エマニュエルは口をパクパクさせている。
『運も実力の内』それがアベラール家での家訓だ。パスカルだって『元男爵家の奴隷だったが、王子の目に止まり、賢者レアの弟子になった』という運の良さを発揮した。アニエスだって『復活した師匠に救出されてエルフ騎士団団長に返り咲いた』し、アルバン達だって『『賢者の森』で復活した賢者に助けられて、今ではアベラール辺境伯騎士団元帥に就任』という所まで行った。全て彼らのライフハックがモノを言っているのだ。この運の良さは日頃の行いによって引き寄せられるという側面もあるが、やはりその本質はゲームで言う所のステータスだ。どんなに後天的に鍛えても、そもそもそれに向いている職業を持っている者と比べたら見劣りするのは道理。それが『運』という博打レベルのパラメーターであればなおのことだ。
ちなみにこの辺のパラメーターは鑑定した所で表示されないし、ゲーム内でも分からないものだった。ただその者の行動やそれによって引き起こされる事象を総合的に判断しておおよそのパラメーターは判断できた。公爵家に生まれたまでは良いが、それがよりにもよって代々闇ギルドのギルドマスターを担う家系で、自らも闇ギルドの構成員になっていたために下働きとはいえ犯罪に手を染めて、その結果爵位は返上。陛下の温情を賜ったのは良いが、成人したら社会奉仕活動での贖罪を命じられ、再起を図り取り入ろうとした辺境伯令嬢には袖にされた挙げ句、譲歩した相手は行き遅れババアだった。こんな運の悪い人間は夫どころか弟子としてもいらない。やはり日頃の行いって大事よね。闇ギルドのギルマス家に生まれたまではどうする事もできなかっただろうけど、その後の行動は自分次第だった。パスカルとヤンが良い例だ。貴族の家に生まれながら『無才』だったために奴隷商に売られたが、自分の力で逃げ出したことで冒険者に救出されてスラムに流れ着くも、事情を知った王子に助けられたという強運。『無才』でも父には可愛がられ、状況を察した父に賢者の弟子として救出されるという強運。これは自分の手で運を引っ張り込んだ例だ。だからこそ私はこの2名を後継者とその補佐として選んだ。ベラにしてもそうだ。400年前に命を落とし、それでも賢者が側にいたために時間停止の魔法で棺の中で眠り続け、復活した賢者によって蘇生を果たし、辺境伯令嬢としての人生を手に入れたという強運を持っている。しかも自らの過去を自らの手で断ち切るという強い意思もある彼女だからこそ、パスカルの婚約者でも良いと考えるわけで。どれを取ってもエマニュエルがパスカルに勝てる要素はないのだ。むしろ私は側に控えているエドメの方に興味がある。
帰宅する時に呆然としたエマニュエルに代わって丁寧に頭を下げて謝罪をしてくれた。
「賢者様。大変失礼をいたしました」
「良いのよ、気にしてないから。……≪もし何かあったら私の屋敷にいらっしゃい。王都の方でも、こちらでも良いわよ≫」
私は念話で言う。エドメは少し目を見開くと、穏やかな笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
何を言わんとしているのかを察したのであろうエドメはそう返事をして頭を下げた。
その後、王家の保養所の執事を辞したエドメはアベラール領の執事となり、パティストから習った空間魔法で王国最強の空間魔術師として活躍するのだが、それはまた別のお話である。
予約投稿です。いいね、コメント、誤字脱字報告などありましたらお願いします。いいね・コメントは作者が喜びます。




