アニエス
城の中は大騒ぎとなっていた。400年前に死んだ伝説の賢者が戻って来た。誰もが一度はお目にかかりたいと、使用人達は浮き足立っている。
「……あら。無才がどうしてこんな所に?」
シンプルなドレスに身を包んでいるハイエルフにメイドはゴミを見る様な目を向ける。400年前の国王妃アニエスだ。今は后の爵位を賜っているが、その扱いは国王の妾よりもひどい状態だ。王族の一員であるという認識はされておらず、后とは名ばかりの生活を送っていた。その表情は暗く、常に俯いているのがその陰気な空気に拍車をかけていた。使用人は誰もアニエスを気遣う様子を見せず、むしろ邪魔者扱いをしていた。
「何でも賢者様のご希望だそうよ?」
「こんな無才で、しかも賢者様の弟子だなんてホラを吹いた女を?」
「分からないけど……」
城の正面玄関に魔獣に引かせた馬車が到着する。王国指定冒険者アルバンが降り、馬車に向かって手を差し出す。その手にエスコートされて降りて来たのは、立派な赤に黒のレースで作られたコサージュをあしらったドレスを着た小柄な女性。賢者レア様だ。出迎えの使用人達から感嘆のため息が漏れた。可愛らしい子供の様な姿。にも関わらず醸し出す雰囲気は賢者の風格そのもの。ドレスも今では手に入らないであろう最高級の絹だ。刺繍はクイーンスパイダーの糸に金を最大量混ぜ込んだ糸で縫い込んでいる。アクセサリーも華美ではないが、お金のかかったものである事が分かる。
「ありがとう、アルバン」
「もったいないお言葉です」
大きなドアをくぐり中に入ると、そこにはメイドと執事が並び出迎えていた。そしてその奥にいるハイエルフの姿を見るとレアは破顔した。
「アニエス!」
「師匠!」
2人は抱き合う。とはいえエルフは平均的に背が高い。レアは人間の平均としても低い方。必然的にアニエスは膝を突いて抱きつくことになっているのだが。
使用人達は唖然としている。あの賢者様が無才の女と抱き合っている。どういう事なのか誰も理解できていない。
「ああ師匠……!よかった!本当によかった!」
「アニエス……。この首輪は?」
膝をつきレアを見上げるアニエスの首には魔石が組み込まれた奴隷の首輪がかけられていた。奴隷が指定された場所以外にいられない様にするために付けられるものだ。少なくとも400年前とはいえ、国王の妻に付けられるものではないはずだ。しかも彼女が着ているドレスは正妻が着るドレスではない。最下級の妾が着るドレスだ。
「仕方がなかったんです……。アルが国王になった後、アレクサンドル様の敷いた法律は破棄され、師匠の魔導具はまた作れる様になりました。しかし、アレクサンドル様は師匠の魔導具を作ることが出来る魔導具師達を皆殺しにしていたため、技術が継承されなかったのです」
「貴女作れるじゃない!下手したら私よりも魔導具作りの才能はあるわ!」
「その頃には私達『魔導具術師』は『無才』と呼ばれる様になっていました。魔法の杖がなければ魔法を行使できない。杖が壊れてしまえば役に立たない、と」
「そんな簡単に壊れる杖なんて、どれだけ下手な魔導具師だったのよ……。しかも杖を媒体にするなんて、見習い魔法使いが使うものじゃない」
「師匠の技術が継承できなかった事はあまりにも大きかったのです。今は誰もが杖を使うのが主流です。それも補助のみで使われます。普通の魔法使いなら杖なしでも魔法は使えますから。
私一人ではどうすることもできず、毎日一つの部屋に隔離される生活を送っています。至らない弟子で申し訳ありませんでした……」
「アニエスが謝る事ないわ。私は国を信用して貴女を嫁がせた。……まさかこんな形で裏切られるとは思わなかったわね」
レアはアニエスの首輪に触れる。すると首輪が音を立てて壊れた。周囲はザワつく。そんな簡単に壊れるものではないはずなのだ。理屈としては魔石に膨大な魔力を注ぎ込む事で魔石を暴走させて壊してしまうというもの。そもそも魔石で制御している魔導具だから簡単に壊せる、というのがレアの言い分なのだが、現在では誰もできない。
「さて、私の可愛い一番弟子をこんな目に合わせた国王に謁見しようじゃないの。私、売られた喧嘩は全力で買う主義なの」
殺気を隠す事なく、レアはアニエスとアルバン達を連れて謁見の間に向かった。
謁見の間の扉を守る騎士は開けるのを拒む。というより、殺気の重さを恐れて動けなくなっている。レアは手をサッと振る。扉は独りでに開いた。
謁見の間の両脇には騎士達が、そして奥には国王が座っていた。茶色の髪に優しそうな目。黒い髭を生やし、威厳たっぷりの雰囲気だ。
騎士達はあまりの殺気に怯え、足をガクガクさせている。漏らさないだけ褒めてやりたい様な怯えっぷりだった。
「伝説の賢者レア・フォン・アベラール。よくぞ戻られた。現在の国王を任されているイヴォンという」
「レアよ。さて国王様。貴方は私に喧嘩を売っているのかしら?」
「とんでもない。貴女に喧嘩を売れば国が滅んでしまう」
「ではどうして私の一番弟子アニエスに奴隷の首輪を装着していらっしゃったのですか?そして、私よりも魔導具作りに才を持っているアニエスが『無才』と呼ばれているのは何故ですか?」
謁見の間は静まり返った。レアの言っている意味が理解できず困惑しているというのもあるのだろうが、それ以上にレアの放つ殺気を含んだ空気があまりにも重たく恐ろしいのも原因だろう。流石に国王の御前であることを考慮してか殺気を押さえてはいるが、謁見の間に入って来た時のレアを見ているから気圧されたままなのだ。訓練された王国騎士団がそんな状態なのだから、レアの殺気の凄まじさがわかるというものだ。
「……彼女が賢者様以上の魔導具師?失礼だが、彼女は『魔導具術師』だが?」
「魔導具術師は魔導具を作れますよ。当たり前ではないですか。しかも普通の魔法使いは特定の属性魔法しか使えない中、魔導具を使えば全属性魔法を行使できる。戦闘もでき、生産職もこなせる。学べばウェポンマスターになれる。私の時代は誰もが憧れる職業だったんですが?」
「この『無才』がか?」
国王は眉根を寄せる。皆信じ難いようだ。
「……ちなみに、私も『魔導具術師』ですよ?私を『無才』と罵っているのと同じですが、それでも喧嘩を売っていないと言うのですか?」
「え?」
「私は杖は持っていません。この指輪と剣によって魔法を行使しています」
「指輪……」
「練度の高い魔法使いが使えば壊れる可能性も有り得ますが、それは所謂経年劣化のうちに入る事象です。十年単位で使って起きる事ですし。多少の戦闘で折れる杖なんてどんな下手な魔導具師でもありえません。第一、魔法に杖を使うなんて魔法に慣れていない見習いのする事です」
「……」
国王は何も言わない。自分の信じてきた『常識』が覆され、困っているのかもしれない。
「私は王国を信用して王家に一番弟子を嫁がせました。私の技術を国で保護して、未来に継いでいくために。……まさかこんな形で裏切られるとは思ってもいませんでした」
アニエスの手を握る。国王を睨むレアの目には怒りが滲んでいた。いや、正確には私はゲームの運営に協力していたのだが、この世界では王国に協力していたという事になっている。アニエスにも愛着があり、そんな彼女を粗末に扱われていると知って気分のいいものではない。
「……どうやら、我々は大きな過ちを犯していたようだ。そなたの大切な弟子を貰い受けたにもかかわらずこのような仕打ち。謝って許される事ではない。
我々は学び直さねばならない。国王として、どんな償いでもしよう」
「……では、2つほど。1つ目。アニエスを返していただきます。仮にも元国王の正妻に妾の着るドレスを着させる様な城の使用人も、奴隷の首輪を装着させる王家も信用出来ません」
「うむ」
反論は出来ないだろう。アニエスに対して何かをしていた訳ではないが、使用人の態度が悪かったのを分かっていて何もしなかった自覚はある。時として何もしない事が罪になる時もある。国王は頷くしかない。
「2つ目。アルバン達、王国指定冒険者をいただきます。アニエスにしたのと同じ様に、私の奴隷として」
「いくら何でも横暴だ!」
国王の側にいた若い男が叫ぶ。国王とよく似た目だが、性格の悪s……聞顔をした青年。王太子エドモンだ。確かレアの殺気で怯えて尻餅を突いて震えていたな。王族の矜持は薄い様だ。
「さっきから聞いていれば勝手な事を!第一!貴様が本当に賢者レア様かどうかも分からんというのに!」
「慎みなさい!」
アニエスは叫び、エドモンに向かって手を翳す。するとエドモンは宙に浮いた。
「ぐあああああああああ!!」
「殿下!!」
エドモンは苦悶の声を上げる。周囲の護衛は彼を下ろそうとするが、手が届かない。
「師匠を侮辱するとは……。恥を知りなさい!」
アニエスの指にはいつの間にか魔導媒体となる指輪がはめられていた。
「横暴?!それを王族である貴方が言えたセリフですか!?師匠が亡くなって悲しんだのは皆同じ!なのに王族たる人間が師匠の魔導具を独占して!魔導具師を殺し!技術を潰えさせた!しかも!私が作れると知れば!奴隷の首輪を装備させ!魔導具を作らせないばかりか、師匠の職業でもある『魔導具術師』を無才とのたまう!貴方達王族の行いの方が余程横暴です!」
今まで溜まっていた不満がここにきて爆発している様だ。アニエスは穏やかな子だが、決して弱い子ではない。戦わせれば私と並ぶ実力者だ。
アニエスの手がぎゅうっと何かを握るように動く。エドモンは声にならない声を上げる。魔力の手で直接心臓を握りつぶしているのだろう。あれは苦しい。
「アニエス嬢!申し訳なかった!許してくれ!」
「いいえ!許さないわ!」
エドモンが殺されては困ると思ったか、国王が叫ぶがアニエスは聞く耳を持たない。
アニエスは泣いていた。……アルフレッドと本当に愛し合ってたもんなぁ。そういえば、アルフレッドってどうなったんだろう。
「……アニエス。落ち着きなさい」
アニエスの手に触れる。そろそろ止めてやらないと、アニエスが倒れてしまう。奴隷の首輪は装着している者の魔力を魔法が行使できない位まで吸い取る。400年もの間魔、力を吸い取られていたから体にもダメージがあるのだ。
私の魔力を通して魔法を相殺する。エドモンは地面に落ちた近衛兵達が駆け寄るが、命に別状はない様だ。
「だって……!師匠が……!アルが……!」
「うん、分かってるわ。貴女はアルフレッドを愛してたものね。あの首輪だって、アルフレッドのために付けたのよね」
レアに縋って泣きながら頷くアニエス。頭を撫でてなだめる。そんな簡単に奴隷の首輪を装着する事を受け入れるとは思えない。きっとアルフレッドを人質にとられてたのだろう。
「……アニエスにここまで言わせたんです。私としても、先程の条件以上は譲歩できませんよ?」
有無も言わさないその様子に国王も頷くしかない。弟子でこれなのだ。師匠であるレアがどれ程強いのかは想像する必要もない。
「……分かった。アルバン達を渡そう。その代わり、王国に何かあれば手を貸してほしい」
「王族の皆様が『魔導具術師』について学び直し、国の責任で『無才』という誤解を解く事。そして国の責任で魔導具師を育成する事を条件に追加して良いなら、ですね」
「約束しよう」
その答えを聞くと、レアはアルバン達を振り返った。
「全員手を出して」
アルバン達は黙って手を出す。その手に黒い煙がまとわりつく。煙が消えると手の甲に紋が刻まれた。
「私の支配下にある印です。貴方達に危害を加えさせたいためと同時に、貴方達が私に危害を加えさせないものでもあります。……奴隷の首輪よりも強力な呪いです」
呪縛紋。呪霊師が使う呪いで、奴隷の首輪を魔導具を使わずに紋のみで行うものだ。奴隷の首輪は違反行為をしたらペナルティとして電気ショックを与えられしばらく動けなくなる程度だが、呪縛紋は問答無用で『死』あるのみ。故に誰もやらない方法だった。
「賢者レア様に永遠の忠誠を」
アルバンはそう言って最敬礼をした。こうして英雄たる賢者レアを本気で怒らせた王国は、王国指定冒険者を賢者の奴隷とすると言う大きな代償と共に滅亡を免れたのであった。
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