再建計画
1週間が経過した。レアの屋敷では相変わらず騎士達が強化訓練を行なっている。クリストフがレアと極秘会議を行うために訪れると、丁度ノルマを終えた皇帝と王女がぐったりとしていた。
「はぁ……はぁ……きっつ……」
「さ、流石に、200周は……!」
「ははは!さしもの御二方でも厳しかった様だな!」
「龍人族との、体力差を、感じるわ〜……」
「この後、討伐訓練だろ?ハハ……俺、死ぬかも……」
ケンは言うに及ばず、水の中ならいざ知らず陸上では龍人族には到底及ばないアンリ。だからこそ2人にとっては訓練になるのだが、側から見たら『また師匠が無理難題を突きつけてる……』という感想をもってしまうのは仕方がない事だろう。
「ん?おお!クリストフ殿下ではないか!主人様はまだお戻りではないぞ?」
「うむ。もうそろそろ戻るだろう?それまで皇帝と女帝のご機嫌を伺おうと思ったのだが……」
「元気にへばってるわ〜……」
「元気の定義が揺らぐな……」
「今更よ〜……さあ、一度お風呂に入って、それから戦闘訓練よ〜」
「はぁ……今日の訓練って何だろうな」
「私との模擬戦よ」
いつの間にか戻ってきたレアが言う。
「ご機嫌よう、殿下」
「元気そうだな、賢者殿」
「ち、ちょっと待て!お前と模擬戦!?」
「大丈夫よ。手加減はするわ」
「鬼〜!!」
「何とでも言いなさいな。ほら、殿下との会議が終わったら行くわよ」
「くそぉ!」
2人は慌ててお風呂に向かった。
「モーリス。来ているなら、ついでにケンさんの着替えを手伝ってくれる?」
「承知した」
「アニエスはアンリをお願いね」
「かしこまりました」
レアの側にいると分かっているし、護衛も必要なさそうというのを知っている護衛騎士達は、皇子の護衛に回ったり強化訓練に参加したりしている。だからと言って身の回りの事が何もできない人達ではないから問題ないのだが、一応皇帝と女帝だからモーリスとアニエスに任せる事にした。
一行が去ると、セバスチャンが来た。
「準備ができました」
「ありがとう。では、殿下。参りましょうか」
「そうだな」
会議に向けて会場に歩を進めようとした瞬間、背後の階段から転がり落ちてくる音。振り返ると、小太りの者が床の上で潰れていた。耳の形からエルフだと言う事は分かる。しかしピクリとも動かないその者にいささか心配になるのは当然だろう。
「おい、この者は大丈夫なのか?」
「ええ。お仕置きも兼ねてますから地獄に加速がかかっているだけですよ。死にませんから心配いりません。アニエスの管轄ですし、私以上に鬼教官ですからね」
「そ、そうか」
今日まで毎日一日中強化訓練をしていた甲斐もあってか、『小太り』まで痩せたのだ。それでもエルフの夢は粉々に砕ける体型なのだが。
『死ななければ良い』と言う感情が割と異常なのだが、一緒に訓練をしている騎士達もアルバン達も何も言わないので、これがここの日常なのだとクリストフは察した。『狂犬のアニエス』の手によるものだと聞けば尚の事だろう。
レアの屋敷の敷地内には多くの薔薇が植えてある。四季折々の薔薇の花が植わっている。そして薔薇のポーチを進むと、庭の端には大きなガラス張りの建物があり、そこは気温が一定に保たれ植物園の様になっている。主に花の咲かない緑の植物や果物が生る木を置いている。そして渡り廊下の様なデッキを進むと、ティーセットの置かれたテーブルセットが配置されている。
「手入れが行き届いているな」
「セバスチャンとカミーユが頑張ってくれていますから」
「もったいないお言葉です」
レアが復活するまでの間、ずっと手入れをしていたセバスチャン。そしてセバスチャンから手解きを受けて手入れをしているカミーユ。2人によってこの屋敷は今日も保たれているのだ。
セバスチャンが紅茶を入れていると、パタパタと足音が近づいてくる。
「ママ!」
「ほらほら、王子の前ですよ。ご挨拶をしてちょうだい」
「おや、可愛い子だな。名前は何と言うのだ?」
「ベラはベラ」
「名乗る時はベランジェール、と言うのよ。あと、一人称は『私』ね」
「ベランジェール……そうか。噂の養子か」
『賢者レアが養子を取った』と言う話は王国中を駆け巡った。何処の子を引き受けたのだろうと巷では噂だった。何しろハイエルフのアニエスと奴隷だったパスカルを弟子にし、他の弟子達も世間の逸れ者だ。第一秘書は魔族。舎弟にはギルドマスターであるモーリスがいる。きっと養子にした者も普通ではないと言われている。
確かにベランジェールは普通ではない。何しろファントムピンキーだ。現代においても、その存在は伝説か御伽噺の存在。ポーションの素材としても、武具の素材としても狙われる事は必死だ。しかもベラはまだ子供だ。そして400年眠っていたのだ。その上、見た目も可愛らしい。これが育てば美しくなるだろう。
「なるほどな……これは毒の花だな」
「……?ベラはピンキー。花人族ではない」
「ああ、そう言う意味ではないのだ。ベラ嬢はまだこの時代の事をよく知らないだろう?」
「うん。セバスチャンやモーリス、ママに教えてもらってる」
「ファントムピンキーの珍しさは分かっているか?」
ベラはコクッと頷く。ピンキーの中でもその価値は計り知れなかった。その辺は400年前から変わっていない。
「加えてこの容姿だ。上手くいけば今年のお披露目会に、と思ったのだがな」
「自衛ができる様になるまでは厳しいですね」
「うむ。父上には言っておこう。早目に婚約者を決めておいた方が良いぞ?」
「まあ、候補はいない事はないです」
「そうなのか?」
「失礼します」
パスカルが来た。手には紙の束が抱えられている。最近は少しづつ自覚が芽生えてきた様で、レアの仕事を見て覚えるようにしているし、セバスチャンを家庭教師とした勉学にも励んでいる。ヤンから貴族のマナーも教えてもらい、お披露目会に参加出来る程になっている。……セバスチャンを参考にしているせいもあり、身のこなしがスマートなせいか、女性陣のハートを鷲掴みにしている感もある。
「師匠。設計図をお持ちしました」
「ありがとう」
「殿下と共に最終確認をしていただいて、殿下の許可を頂けたら複写を行います。そして複写を皇帝陛下と女帝陛下にお渡しします」
「分かったわ」
「パスカル!」
ベラは目を輝かせてパスカルに抱きついた。
「ベラ。僕は今お仕事中なんだよ」
「やだ!ベラと遊ぶ!」
「やだと言われても……」
「……なるほど」
クリストフは納得した。王妃になったアニエスはレアの跡を継ぐ事はできない。となると、現在レアを継ぐ可能性が高いのはパスカルかヤンだ。実力や軍師として頭一つ分、パスカルが抜きん出ている現状で、ヤンを参謀兼代官として配置しパスカルに継がせるのが濃厚だろう。となると問題になってくるのがパスカルの結婚相手だ。元は男爵家の生まれとはいえ、いくら賢者の弟子とはいえ、一度は奴隷に落ちた者だ。相手選びは悩ましい問題だったのだ。もちろん『賢者レアと親戚関係』と言う肩書きを考えれば、貴族達にとっては些細な問題だろうが。だからこそ、見境のない貴族達を牽制するのに必死だったのだ。特に下級貴族は成り上がるチャンス故に色々と過激だ。
そんな中で賢者レアの継承者筆頭のパスカルと養女であるベランジェールというのは正に渡りに船なのだ。しかもベラはパスカルに懐いている。これが恋愛感情になるかはともかくとして、良い牽制にはなる。
「遊ぶ!」
「イテッ!叩かないで。痛いよ」
「遊ぶの!」
……これが牽制になるまでにはもう少し時間が掛かりそうだが。何しろ目覚めてすぐは問題なかったが、一度は失った命だ。魂は棺の中でレアが保護していたとはいえ、ダメージがない訳ではない。それをレアの魔力と魔法で回復させたのだ。
この世界において『魂』は魔力の塊であり、魔素の塊なのだ。死者を蘇生させる秘薬とは、肉体から抜けた魔素を補填して魂と馴染ませる事でなし得るものだ。この秘薬が使えるのは一生に一度だけ。文字にする以上に難しい事象だ。ベランジェールの場合はそれに加えて、彼女の魔素と魂のダメージを回復するために使ったレアの魔素を時間を掛けて馴染ませた。そうしたら、どうも幼児退行した様で完全に子供のそれなのだ。
「それではベラお嬢様。あの木の上のバナーヌを幾つか採っていただけませんか?」
「セバスチャン、採れるよ?」
「お嬢様がお採りになったバナーヌで、美味しいケーキを焼きましょう」
「……!採る!」
ベラは翼を出して木の上に生えたバナーヌを採りに行く。バナーヌとは地球で言うバナナの事。この屋敷に来てチョコベースのバナーヌケーキを食べて以来、ベラは事あるごとにセバスチャンに強請っているのだ。口を開けば『バナーヌのケーキ!』と言うから、百戦練磨のセバスチャンも苦笑いだ。チョコとバナナの吸引力は次元を超えても変わらない。
「ありがとう、セバスチャン」
「いえ。この手が通じるのはいつまででしょうね。それまでには落ち着くと良いのですが」
「セバスチャンの料理もケーキも美味しいもんね」
「ありがとうございます」
この幼児退行は時間が解決するだろう。完全に馴染んだ魔力をベラのものとして使いこなせる様になった時に、恐らくベラは覚醒する。ファントムピンキーは、実は『覚醒』という事象が確認されている。ファントムピンキーそのものが珍しいため伝承でしかないが、レアもありうるとは思っている。確かにベラの魔力もその量も異質かもしれないが、上位種にしては大したことがないと思っていた。きっと幼い身体では柔然に能力を扱えないから『覚醒』という方法になっているのだろうと予想している。覚醒すれば年相応の反応になるだろう。そうは言ってもセバスチャンの料理には一定の吸引力は生まれるだろうが。
パスカルも年相応の食欲を持つ様になった。ひとえに、セバスチャンの食育の賜物だ。最初の頃は本当に食が細く、かと言って無理に食べさせるとお腹を壊す可能性がある。そこで消化に優しい食事を少量づつ回数を増やして食べさせる作戦に出たのだ。朝は麦粥、間食として果物、昼食はサラダ、おやつには軽目のケーキを作り、夜は鳥の肉かオーク肉を湯掻くか蒸すか。食欲がありそうなら夜食に麺類を少量。そんな生活を数ヶ月続けて、今ではレア達と同じメニューで食べられる様になった。セバスチャン曰く『無理に身体が受け付けないものを食べて体調を崩すと修行にも影響してきますからね』との事。出来る執事は絶好調だ。
「採った!」
「良いバナーヌを選べていますね。これならとても美味しいケーキが作れますよ」
「ケーキ!ケーキ!」
「かしこまりました。すぐにお作りしますね。カミーユ。ここはお願いします」
「はい」
いつの間にか来ていたカミーユは優雅に頭を下げる。
「完全に子供だな」
「まあ、400年前には地下牢に閉じ込められていましたから。年齢の割に精神年齢が子供なのは仕方がないかと。治療の影響もありますが」
「そうだな」
ピンキーの里で閉じ込められていた頃には人間で言うと10歳ほどだろうか。生まれてからずっと迫害されて100年。そこから400年眠り続け今に至ると言う事を考えると、世情に疎いなんてものではないだろう。自分のこと以外は何も知らないと言う方が正しい。幼児退行以前の問題である。
「でも、普段は落ち着いた子でもあります。目の奥が暗くなる事もありますし、要観察と言った所でしょうか」
「光魔法と聖魔法はダークピンキー対策に必要なのだけど、まだ連れて行ける実力じゃないのよね~……」
「彼女がもう少し強くなってからでしょうか」
「どの道、王国の開発と神殿の建設が優先だからね。……で、クリストフ殿下」
レアは紅茶を一口飲み、話を切り出す。パスカルはカミーユが脇に出した大きなテーブルに大きな紙を広げた。王都の地図に改装設計図が書かれていた。
「魔石を干渉させずに効率よく配置するのに随分と時間を要しましたが、何とかなりました。ロドリグ殿と相談した結果の最終案です」
「美しいな。まるで芸術だ」
「魔法というものはそういうものですよ」
魔法とは神が生み出した芸術のひとつ。そしてそれを活かして効率的に最適化され構築される魔術はこの世で最も美しい芸術作品なのだ。貴族達がこぞって大金を出して集めるどんな宝飾品よりも、レアの屋敷で構築されている魔術は美しい。そんな自負がある。
「この王国には城の建っている丘の下に龍脈があります。そこに私達が打ち込んだ龍脈柱があります」
「龍脈柱?」
「まあ、龍脈の力を制御する魔石だと思ってくだされば宜しいかと」
「そんな魔石があるのか」
「当時の技術の髄を集めて作られたもので、ロドリグ殿の手で作られました」
「なるほど」
「で、王国中に設置した魔石を龍脈柱に干渉させて、それで結界を張ります。以前よりも強固なものにしますので、それこそ余程の事がない限りは解除されないと思います」
「ふむ。その制御は龍脈柱で行うのか?」
「そうなりますね。殿下の懸念は分かります。その龍脈柱に何かあったら、という事ですよね?」
「ああ。警備をしないとダメか?」
「いえ。そこで活躍するのが龍脈鉱です」
龍脈鉱はそれだけで魔力は無限。龍脈柱や魔導具に異常が起きたとしても龍脈鉱の方で制御・コントロールができる。龍脈鉱にもしもの事が起きたら龍脈鉱との接続を切って龍脈柱から直接龍脈の魔力を吸い上げるか、龍脈柱の魔力を利用して結界を維持する事になっている。龍脈柱の魔力で維持できる期間は約1年。その位あれば何とかなるだろう。
そしてそれは他2カ国のも同じだ。地形が全く違うから当然設計も別々に行っている。
この設計を生み出すのにどれだけの時間を要したか。王都中に、そして各領地に設置する魔石や魔導具同士が干渉しない様に設計するというのは、言葉にするよりもずっと難しいものなのだ。毎晩、睡眠時間を削って設計した。貴族としての仕事や騎士達の訓練、帝国との交易などもこなしつつ、だ。レアが常日頃『隠居したい』と言っている意味がわかるというものだ。
「これはあくまで推測ですが、邪神を封じた時にあまりにも膨大な魔力を封じたから、結界を再起動できなかったのではないでしょうか。その時には私達もいませんでしたし、ロドリグ殿も一人ではどうすることも出来なかったでしょうし」
「なるほどなぁ」
「その辺の対策もしてありますし、私共の隠居の場としてあそこに神殿を建てますし、問題もないでしょう」
「安心だな、それは」
クリストフは設計図を見ながら言う。設計図の段階で既に美しい。もはや芸術の領域だ。これほど美しい王国が400年前に存在していたとは……今の時代の技術の衰退は著しいな、と思う。レアやロドリグの尽力により少しづつ技術を手に入れつつあるが、まだ足りない。この先自分も知識を得なければいけない。
「さて。それと、噂の神殿の方です」
王国の設計図は回収され、もう一つの設計図が出された。
「これに関してはパスカルとヤン主導で構築しました」
「ほぉ」
「説明させていただきます」
「うむ。頼む」
パスカルは頭を下げる。パスカルによると、邪神を封じる神殿は円形。最も邪神から放出されるエネルギーを分散して受け止める形になっている。そしてその周囲3方向に出入り口を設け、その先に『神降ろしの宝剣』を刺す台座を設置。その魔力を龍脈鉱に流し込み封じる構築だ。そこへの出入口は設けず、レア達の魔力でのみ出入りできる様にしている。一番気にしていた不届者の侵入についてだが、『出入口がなければそもそもたち入れませんよね?師匠達なら出入り口がなくても出入りできますし』と平気な顔で言うパスカルに全員苦笑いした。その理論が通用するのはレア達だけだ。逸材である。
「台座を置く場所は地下です。その上に神殿を建てます」
そう言って完成予想図を出す。思い切り神殿。3方向に分かれて小部屋があり、真ん中に塔がある。恐らく塔に龍脈鉱があるのだろう。3方向の小部屋脇にはレア達の居住スペースとなっている。またそこから各国の屋敷や城に移動できるそうだ。
どうでも良いが、神殿が規格外性能になっている。参考にしたのは精霊王の小屋。あそこは中の空間を歪めて広くしている。それをヒントに、建物そのものは小さな神殿。中はそれぞれの好みに広げるという事になっている。インテリアは本人の好きなようにいじれるというわけだ。パスカル曰く『師匠達ならできますよね?』との事。出来るけどね!
「とりあえずこんな感じです」
「うむ。素晴らしい神殿だ。流石は弟子だな」
「ありがとうございます。中は師匠達のお好きにいじっていただく形にしています。その空間を維持するための魔石や魔導具、魔法陣などは設置予定です」
「転移先はいくつ設定できるのだ?」
「そうですね……各神殿に3つが限度ですかね。それ以上になると互いに干渉してしまう可能性がありますから」
転移場の設置は慎重に行わなければトラブルを起こしかねない。少し遠くに飛ばされるならまだ良い。地中や岩の中とかに飛んでしまったら命の危険がある。レアなら屋敷と小屋と後1箇所が限界だろう。
「ならば、城に転移地点を作ってはどうだ?往来が楽になるぞ?」
「確かに。城に安全な場所を作っておくのは良い考えかもしれません」
「城の中に一部屋、転移部屋を作るとしよう。そこで極秘の会談を行う事もできるかもしれんからな」
「殿下はいずれ国王になりますものね。その頃には私の弟子やベラも育ってきているでしょうし、少しづつ表舞台で活躍させてみようと思います」
「うむ。しかし、隠居はもう少し待ってくれよ?未熟者の俺はいきなり父上と賢者殿の助力がなくなると迷子になるからな」
「承知しています。国王が現役の内にうちの子達に仕事を教えて、殿下が国王になった時には弟子達に主に活動してもらうだけです」
という事で、計画は最終決定となり、王国の計画は殿下に複写を渡しロドリグ殿に本格的な制作に入っていただく事になった。またケンさんとアンリからの許可も降り、複写を渡し、工事に入り始めた。
……ちなみに、レアとの戦闘訓練は地獄だったという事を付け加えておこう。レアは容赦ないのだ。
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