暗殺未遂
大広間で大人達が酒宴を楽しんでいる中、パスカルとヤンは皇子の待つ食堂に向かった。
「こちらにどうぞ」
メイドは2人を馬鹿にしている様で『面倒臭い』を顔に貼り付けていた。カミーユは少し眉根を寄せたが、パスカルが目で制した。パスカルもヤンもこういった扱いにはもう慣れっこだった。この国では未だに魔導具術師が『無才』と言われているらしい。少し前の王国もこんな感じだった。この扱いに対しては腹立たしさより懐かしさの方が上回っている。
「王国よりお客様がお見えです」
「どうぞ」
中から穏やかな声が聞こえる。扉が開くと、そこには一部屋を占領する大きなテーブルと、沢山の椅子が並べられていた。そして上座に一人の青年が座っていた。
「遠い所からようこそいらっしゃいました」
「お初にお目にかかります。レア・フォン・アベラール辺境伯の弟子、パスカルです」
「お初にお目にかかります。レア・フォン・アベラール辺境伯の弟子でアテニャン伯爵家の次男、ヤン・フォン・アテニャンです」
「パスカル様の執事を任されております。レア・フォン・アベラール辺境伯の弟子、カミーユです」
「ありがとう。バルテレミー帝国第1皇子のドナシアン・フォン・バルテレミーです。左にいるのが第2皇子のエミリアン・フォン・バルテレミー、右にいるのが第1皇女のアナイス・フォン・バルテレミーです。どうぞお座りください」
ドナシアン皇子は笑顔で紹介する。パスカルとヤンはカミーユが引いた椅子に座る。各席には豪華な絵付けが施された大皿と銀のカトラリー、そしてガラスのグラスが置かれている。席に着くと、グラスに水が注がれる。そしてもう一つ白ブドウのジュースの入ったグラスが置かれた。この国では葡萄の生産が盛んで、同時にワインも多く作られている。子供用のノンアルコールワインも当然の様に作られているのだ。
生まれてすぐに奴隷になりスラムで過ごしていたパスカルは何も感じていなかったが、一応伯爵家で育っているヤンはここで少し違和感を覚えた。普通ワインもジュースも席で注がれるものだ。最初から注いで配膳されるなんてない。国が違えば配膳の方法も違うのか……?そう考えていると、ピンっという音、そしてぽちゃんと何かが水に落ちる音がした。音の方を見ると、ドナシアン皇子のグラスにコインが沈んでいた。
「やはりそうでしたか」
「カミーユ?どうして……」
「第1皇子のジュースに毒が盛られています」
使用人達は騒然としている。ジュースの中のコインは細かな気泡を纏い、徐々に変色していく。
「……コインが錆びてきてる……」
「はい。即効性の毒ですね。しかもかなり強い毒です」
「あ、そうか。ジュースが注がれた状態で配膳されたのって……」
「毒が入っていたからでしょうね。そしてこれは憶測ですが……」
カミーユは第1王子の後ろに控えている執事とメイドに視線を移す。2人とも顔色が悪くなっている。
「我々を貶めるためにやったのでしょうね」
「そ、そんな事は……」
「では、どうして第1皇子に毒を盛ったのですか?」
「チッ!大人しくしてれば生きて帰れたのになぁ!」
執事がそう叫んで炎魔法を放つ。
「危ない!」
ドナシアンが叫んだ。しかしその攻撃はヤンが発動した結界で防がれた。執事は驚いている。魔導具ではない。この子供が、『無才』のガキが魔法を行使した。その信じられない光景に動きが止まる。カミーユは指を鳴らす。執事とメイドは一瞬で拘束される。
「他国とはいえ、皇子暗殺未遂に国賓への攻撃。それを目の前にして拘束しない訳にはいきませんよね」
「うん。師匠を呼んだ方が良さそうだね」
パスカルは両手を器の様にして魔力をそこに溜めた。ふっとその魔力が消える。
「すぐに師匠が来ると思います」
食堂の中は空気が張り詰めていた。部屋の四隅には騎士もいるのだが、誰一人としてぴくりとも動けない。当然だ。カミーユが魔力で威圧しているのだから。別に攻撃しようとしている訳ではない。誰一人としてこの部屋から出て行けない様にするためだ。他の使用人達が下手人を解放させるために攻撃する事だってあり得る。それを防ぐためでもある。
皇子達は驚き、皇女は怖がっている。
使用人達は信じられなかった。ここにいる王国の使者である3人は、例え賢者の弟子だとしても、彼らは所詮『無才』だ。必需品である杖もない。魔法は使えない『はず』だ。にも関わらず、執事である猫人族の男は魔法を行使した。平民風情の子供も、貴族の子弟である子供も魔法を使っていた。どうして魔法を使えるのか。帝国側は誰も理解ができなかった。
時間にして1分程だったが、体感は何時間も立っている様な時間だった。廊下が騒がしくなり、ドアがバタンと開いて入って来たのは皇帝と数人の騎士だった。皇帝は焦っている様だった。
「ドナ!」
「父上!」
真っ先にドナシアン皇子の元に向かう。ドナシアンを抱き締めた皇帝の手は震えている。
「エミルもアニーも無事か!?」
「は、はい……!」
「父上……!」
エミリアンはただひたすらに驚いている様だが、アナイスは父親を見て泣いて抱きついた。皇帝もそんな皇女を抱きしめる。
集まった騎士達の後ろからレアが現れた。
「よくやったわ、カミーユ。お手柄よ」
「恐れ入ります」
「師匠!」
パスカルは席を立ち、レアに抱きついた。ヤンもレアの側に行く。
「おっと。パスカルもヤンも怪我してない?」
「ご無事です。ヤン様が結界を張られたので」
「そう。よくやったわ、ヤン。パスカルも連絡ありがとう」
ヤンはレアに褒められて嬉しそうだ。パスカルはレアに顔を埋めたまま頷く。なんだかんだいって怖かったのだろう。
皇帝はその様子を見て、自分の子供達を見る。そして物凄い形相で拘束されている執事とメイドを睨み付ける。
「どういう事か、私にも分かる様に説明してくれないか?」
「あ……」
執事とメイドは青ざめている。穏やかな声色だが、明らかに怒りが滲んでいる。物凄い殺気だ。開いた口から声が出てこない。
「誰一人として部屋から出さないために私が放っていた殺気をものともせずに突っ込んでこられた辺りで察してはいましたが、とんでもない殺気ですね……」
「全盛期にはまだ届いてないけど、アルバン達と同じくらいのレベルにはなっているみたいだからね。しかも400年前の記憶がある状態でそのレベルだから、アルバン達と殺気の質が違うわよ」
「なるほど」
さて、このブチ切れ皇帝をどうしましょうかね?そんなことを考えていたレアの後ろからパンパンと手を叩く音が聞こえた。
「はいはい、皇帝陛下~。その物凄い殺気で声すら出なくなってるからストーップ!」
アンリだ。困った様な笑顔で皇帝を見る。
「聴取は場所を改めた方が良いわよ〜。貴方の大切な皇子達と皇女が怖がっちゃうからね〜」
「……そうだな」
皇帝はふぅとため息を吐く。殺気は引っ込んだ。そして連れて来た騎士達を見る。
「連れて行け。本来ならば死刑、即日執行なのだが、王国の来賓にまで手を出したとなれば事情聴取も必要だ。生きていれば何をしても構わない。拷問にかけてしっかり尋問しろ」
「「はっ!」」
騎士達はすぐに執事とメイドを連れて行った。
「……即日執行の死刑の方が幸せだろうね」
「この国の拷問ってえげつないからね〜」
死刑になる前に廃人になっているかもしれない。まあ、それだけのことをしたのだから当然なのだが。
部屋に戻りレアは紅茶を飲みながら今日のことを考えていた。帝国内にいる反王国派。彼らはどうしてそこまで王国に反感を持っているのか。正直言って馬車ではああ言っていたが、帝国が王国に敵意を剥き出しにしている理由がレアとしても釈然としなかった。ただ皇帝が若いから反対のことをしたいのか……?いや、それだけではない気がする。大体、やり方が雑だった。罪を擦りつけるにしてももう少し方法があったはず。まるでレア達を帝国に止めて時間稼ぎをしている様だ。もしそうだとして、反王国派はどうしてそんなことをしているのだろうか。レアが王国にいると不都合があるとしたら帝国と王国の全面戦争だが、帝国貴族の私兵だけでは王国に叶うはずもなく、皇帝が騎士団を挙兵するとも思えない。
すると、目の前に小さな光が現れ一通の封筒が出て来た。レアはそれを手に取ると、開封して中の手紙を読む。
「……はぁ!?」
あまりの衝撃に素っ頓狂な声が出てしまった。
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