帝国の夜会と人魚族の女王
夕方になり、オクレール公爵とブリアックが迎えに来てくれた。
「準備は出来たか?」
「はい。パスカル、ヤン。お留守番、お願いね。カミーユ。2人を頼むわ」
「はい」
「師匠、お気を付けて」
「こちらはお任せ下さい」
パスカルとヤンはまだ子供のため夜会は欠席。その代わり、皇子とのお食事会に行く事になっている。カミーユが付いているから滅多な事は起きないだろうが、一応警戒用の魔導具は持たせた。
今夜のレアは深紅のドレス。ちなみに生地は最高級の魔蜘蛛の糸と多くの魔力を含んだ蚕の糸で作った過剰防衛状態だ。ドレスに仕立てるには勿体ないと400年前でも言われる程の生地だが、そうでもしないと敵モブがイチャモンを付けて襲ってくるから危険だったのだ。今ではそれすらないかもしれない。まあ、皇帝の命令に背いてレアを襲撃した罪で貴族達や騎士達が処分されたので逆恨みはされているかもしれないが、そんなものはレアに届く前に今のブリアックとオクレール公爵の騎士達なら討伐できるとは思うが。
「バルバストル王国より賢者辺境伯レア・フォン・アベラール様!公爵エクトル・フォン・オクレール様!ブリアック様!ご入場です!」
大きな扉が開かれ、大広間に入る。両側から多くの貴族の拍手を浴びる。小柄ではあるが、その纏う雰囲気は言葉では表せない。帝国貴族達は恐れ慄いている。それがイマイチ分からない子息子女達は『賢者』という肩書きに浮つき半分、胡散臭さ半分といった感じ。
すると、皇帝が玉座から降りてきた。そしてレアの前に立つと、手を取って甲に唇を落とした。会場は騒然とする。王の口付けは大きな意味を持つ。自分の母や妃、妃候補の中で特に気に入った者に行うのが一般的だ。つまり、夜会で未婚の女性に皇帝自ら甲に口付けをするという事は『貴女を気に入った』という意思表示でもある。公式の場であるため平静を装ってはいるが、レア自身とても驚いている。ブリアックは『アハハハハ……』と苦笑いをしているし、隣でエスコートしているオクレール公爵も動揺しているのがわかる。一方の皇帝は悪戯っぽい笑顔を向けて玉座に戻った。隣に座っている皇妃はニコニコと微笑んでいる。……オーラがドス黒いが。
「……あの男……後ではっ倒す……」
「ま、まあまあ、賢者殿……」
レアの少々本気の声にオクレール公爵は苦笑いをする。あれは恐らく帝国貴族に対する警告だ。『皇帝である余が狙っている女故、手を出してくれるなよ?』という無言の意思表示である。そうする事で、帝国貴族からの迷惑窮まる勧誘を防げるのだ。分かる。理屈はわかるのだが、もう少し方法がなかったのか。昔から彼はそういう所があった。キザというか、女たらしというか……。そういう扱いに弱い女性陣を虜にはしていたが、レアはそれで靡くタイプではなかった。逆にそれが彼の心に火を付けていたのか、事ある度にアプローチをして来ていた。だから当時の王太子であったアレクサンドル王子が嫉妬して暴走気味だったというのもある。
「まあ、これで五月蝿い虫は寄ってこないでしょう。良いではないでしょうか?」
「はぁ……」
ブリアックはこの美しい師匠なら皇妃も夢ではないだろうなと思っていたりはする。レアがそれに大人しく収まっているとは思わないが。
すると皇帝が一つ咳をする。会場が静まった。
「今宵はバルバストル王国と水の国アルエより来賓がある。交流を楽しんでもらいたい。では、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
乾杯の音頭とともに会場は一気に賑やかになった。ブリアックは早速、帝国貴族と話をしている。帝国との貿易をするにあたって販路を確保するのは当然だが、帝国民が何を求めているのかを聞いておきたいのだろう。オクレール公爵も帝国の公爵と話をしている。オクレール公爵は見た目もイケオジスタイルの華やかな人だ。帝国の子女達の視線を一手に引き受けている状態。王国でもそのイケメン振りは評判で、まだ1人しか妻がいないと言う事もあり、第2夫人にという子女達によく囲まれている。
レアも見た目は美しいため、貴族の子弟達にアプローチを受けまくりである。しかし皇帝の牽制もあり、困ってしまうほどではないが。
「レア~!!」
「アンリ!」
一人の少女がレアに抱きついて来た。水色の薄いドレスで、肌が透けて見えている。まあ、隠れる所はちゃんと隠れているのだが、男性陣のロマンは十分に感じるドレスではある。しかも膨らむ所はちゃんと膨らんでいるため、抱きつかれると色々と当たるのだ。
「あ〜ん!久しぶり〜!会いたかったよ~!」
「はいはい。相変わらず元気そうね、アンリ」
「元気だよ〜!レア補給~!」
「補給はいいけど、そんなに魔力吸い取っていかないでよ。倒れるから」
「レアの魔力で倒れるなんてありえないでしょ~!」
「すり減っちゃうわよ」
「すり減らない!」
「あのね……」
水の国アルエの女帝サラ・フォン・アルエはレア達と同じ復活者だ。ハンドルネームはアンリ。レアが大好きで、よくこうやって抱き着いてくる。それは良いのだが、気分が高揚すると相手の魔力を吸ってしまう癖がある。それを分かっているからあまり感情を表に出さないようにはしているのだが、事レアにいたっては例外なのだ。
「ん〜!こんなに魔力吸い取ったの久しぶり〜!しかもレアの魔力って美味しいのよね~!」
「色々と誤解を招くから……」
美しい女性が抱き合っている姿は眼福の極みではあるが、『美味しい』発言は誤解も招きやすい。アンリは魔力に味を感じる質で、レアの魔力は『レモンの香りが付いた甘い蜜の味』だそうだ。しかし、そんな趣味もなく魔力に味を感じる性質も持たないレアにはいらない情報である。
「はっはっは!相変わらずだな!」
「あら、ケンさん~。お招き、ありがとうございます~」
「楽しんで貰えている様だな」
「もちろん~!」
「陛下には後でお話があります」
「いやいや!ファインプレイだろう!?」
「やり方をもう少し考えてください」
「ケンさんは学ばないな~」
「おまいう」
こうして仲間と会話するのも久しぶりだ。こっちに来てから素で話すのも初めてだ。自ずと笑顔も溢れる。
「で~?レアは~『海卵』の他にいるものはある~?」
「そうね。人魚の鱗が欲しい所だけど、帝国とはどういう交渉になってるの?」
「脱皮を待たないと取れないからね〜。でも~、昔よりも人口が増えてるから~、そこそこの量はあるかな~?」
「山分けにするか?」
「そうしましょうか。あとは珊瑚かな」
「ああ、それがあったね~。赤珊瑚でしょ~?帝国ではいらないらしいから~、王国に輸出するね~」
「あれ、帝国はいらないの?」
「需要がなくてな。宝石としての魅力もないらしいし、洪水避けは在庫も確保してあるからな。大体にして技術者が少ないからな。必要になったら魔導具として王国から輸入した方が良いんだ」
「そっか」
『海卵』とは海底でごく稀に採取される希少性の高い光源の1つで、見た目の美しさもありコレクターもいる。その上、赤珊瑚と合わせると洪水避けの魔導具にもなり需要が高いのだ。王国にも一部海に面した領地はあり、今は魔導具で津波を防げているが、在庫がもうないと聞いている。作っておいて損はないだろう。
人魚の鱗は水をよく弾き、これを使って水中呼吸の魔導具や防具を作っている。その他アクセサリーなどにもなり、貴族のご婦人方にも人気が高いのだ。
「『人魚の涙』は~?」
「欲しいわね。それこそ採取が大変だろうけど」
「死んだ人魚の泡だからな……」
人魚は死ぬと泡となって海とひとつになる。その泡は『人魚の涙』といわれポーションの素材となるのだ。老齢であればあるだけ魔力は多く、女性であれば特に質が良い。それで作られたポーションは万病に効くと言われ、回復魔法では治らない病気などに使われる。需要は高いがその採取方法故になかなか手に入らない素材でもある。
ちなみに陸上で死ねば泡にはならず骸として残るが、その肉を食べれば不老不死となるというのは御伽噺で、実際はそんな事は起きない。
「先代女帝の『人魚の涙』があるわ~。それを少しづつ輸出するつもりよ~」
「悪いわね」
「良いのよ~。母様との思い出が私にある限り~、母様は死なないわ~」
「そっか」
先代女帝の『人魚の涙』がある。それはアンリの母が死んでいるという事でもある。手放しに喜べる話ではないが、本人が気にしていないのだからあまり深刻に考えないでおこう。
「……アンリ?」
「ギクッ!」
「ギクッじゃない!どさくさに紛れて魔力吸わない!」
「いやぁん!ケンさん~!助けてぇ!」
「それはアンリが悪いだろ」
「酷い~!」
「酷くない!コラ!」
「いやぁん!」
アンリの頬を両側からビロ〜ンと伸ばすレア。皇帝は笑いながらワインを煽る。
「……レアは相変わらずだな」
誰にも聞こえない声でボソッと呟いた皇帝。本当は本気でレアに想いを寄せている事も、それが伝わらないという事も、恐らく墓場まで持っていく秘密になるだろう。
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