帝国へ
数日後、魔導飛行船の周囲には多くの人たちが集まっていた。
「では、行って参ります」
オクレール公爵は陛下に頭を下げる。レアも側で頭を下げる。そしてレアの側にはブリアックとヤン、パスカル、カミーユが控えている。ブリアックは旅商人としての勉強も兼ねて、ヤンは庶子とはいえ貴族の子息であるため貴族としての見聞も兼ねて同行する事になった。パスカルも認知はされていないが男爵の子息。レアの愛弟子という事で、カミーユはパスカルの執事として同行することになった。決して可愛い弟子を自慢したいだけではない。
「うむ。気を付けてな」
「もったいないお言葉です」
魔導飛行船の中に入り甲板に出る。そこからは見送りに来た騎士や貴族、陛下夫妻が小さく見える。飛行船はゆっくりと浮かび上がった。同行する騎士達は初めて乗る魔導飛行船に浮き足立っている。まあ、足元は実際に浮き始めているけどね。地上からも歓声が上がる。人の姿が米粒の様になっていく。
「……本当に浮くのだな」
「まあ、飛行船ですからね」
この時代には既に廃れてしまった技術が詰め込まれた魔導飛行船だ。公爵も興味津々の様だ。
少しするとパスカルが服の裾を引っ張って来た。
「ん?」
「これも師匠が作ったの……?」
「そうよ。まあ、私一人ではないけどね。当時の帝国の第1皇子とか、水の国の第1皇女とかもいたし」
「僕にも作れる……!?」
「ん〜……小さい模型サイズなら勉強がてら今でも作れるかな?パスカルは魔力操作が上手だからね」
パスカルの目が輝いている。やっぱり乗り物系は子供の心をくすぐるのかな?
「今度、魔導具作りの練習も兼ねてヤンと一緒に作ってみましょうか」
「「はい!」」
元気な返事に、皆微笑ましいものを見る目をしている。パスカルもすっかりその辺の少年と同じ様な雰囲気になって来て、アルバン達やオクレール家の騎士達に可愛がられているおかげもあってか、力の正しい使い方を学んでいる様にも感じる。育った環境もあるし、もう少し時間がかかるかと思ってはいたが、思いの外早く軌道修正ができた様だ。ありがたい話である。
「さて。魔導飛行船内にある施設は自由に使っていただいて構いません。陛下から支援をいただいてますし、食事も王城の料理人が入っています。食堂は24時間開いてはいますが、食事は朝の6時から10時、11時から13時、17時から21時の3回に分かれて開いています。その間であればいつでも食事は取れますから」
吹き抜けになった船内の最下層には植物園の様な場所になっており、天窓は甲板からは木の板だが中からは透けて空が見える状態になっている。広場になっている植物園はゆったりとティータイムを過ごせる。そしてその周囲には映画館やカフェ、ショップが並んでいる。武器などの手入れをしてくれる鍛冶屋もあり、そこにはロドリグの弟子が入ってくれている。武器屋や薬屋、素材の売買をしてくれる商会もブリアックが開いてくれる。空飛ぶギルドの様な感じだ。今後貿易で有効に使われる予定の魔導飛行船。冒険者も他国に行きやすくなるだろう。
「一応交代で警備することにはなってはいますが、とりあえず空賊が出るエリアでもありませんし、そもそもこの時代に空賊はいませんので騎士の皆さんはゆったりと過ごしてください」
「「はい!」」
400年前には魔獣に乗って移動する商人や冒険者を狙った空賊というのがいた。今頻繁に現れるのは、地上の盗賊と海上の海賊だ。海の上であれば証拠も残りずらいためよく現れる。それでもモンスターや魔獣が現れる事はありうる。警戒はしておくに越したことはない。
レアは運転室に向かった。運転は城仕えの魔導具師が行っている。数名のクルーをレア自ら教育し、冒険者ギルドに在籍していた魔道具術士にメンテナンスの方法を教えて魔石の周辺を管理してもらっている。
今回、船長室はレアが使う事になった。執務室の脇に寝室が作られ、そこで食事も取れるのだが、レアは食堂で食べようと思っている。別にどちらでも構わないが、船長室に引き篭っている必要もない。
「ふぅ……」
執務室で椅子に座って一息つく。これからが大変だ。帝国で新皇帝と皇子に謁見して、公爵とも面会。そこから飛行船に乗っていただいて特級の部屋にご案内。皇子はまだ成人もしていない。年齢の近いパスカルとヤンに相手してもらうとはいえ、1週間の移動時間は長い。退屈しない様にお相手もしないといけない。きっと仕事も手につかないだろう。この1週間のうちに執務は終わらせておこう。
「今の所、国境付近に異常はなし。エルフの里も異常はなし、か」
エルフの里はアニエスの故郷でもある、王国と国境を接している森の民だ。アニエスの扱いが悪くなってから王国との関係が険悪になっているらしい。当然ではあるが、あまりこの2国の仲が悪いのは宜しくない。何しろエルフは長命種。アニエスの様なハイエルフはエルフの中でも更に長命だ。『孫子の代まで呪ってやる!』が本当にできてしまうのだ。もちろん王国が全面的に悪いので肩を持つつもりはないが、アニエスの存在がある以上はあまり事を荒立てたくはない。
「里長が何も言ってこないのも気になるんだよな……」
現在のエルフの里長はアニエスの父親だ。レアも何度かお会いしているが、アニエスが大事。本当は自分の側に置いておきたかったのに、アルフレッド王子に求婚されて嫁いでしまった。あの時は説得が大変だった。レアが死んだ後も一度屋敷に顔を出していたとセバスチャンに聞いている。その時にアニエスをどうするかなどを話し合って、セバスチャンが引き取ろうと奔走していたそうだ。結局引き取る事もできず、里長はご立腹で貿易も中止している。そんな里長がレアが復活しても連絡が来ず大人しいのが気になるのだ。
「探りを入れてみようかな……」
セバスチャンならどうにかしてくれそうだし。
帝国は今回の交流次第だな。まあ今度の皇帝は良い人らしいし、期待は出来るかもしれない。海沿いの国である故に、海の魔獣などの素材も手に入る。クラーケンやシーラなどの強いモンスターや魔獣の素材も欲しい所だ。
「今回の魔王の魔石も結構な大きさだから、魔導飛行船はできるのよね……」
レアが持っている魔導飛行船は個人で使うための内装にしているため、自分が使い易い様に設計している。しかも空中から攻撃できる様にもしているから、貿易に使うと国際問題になりそうだ。まあ、個人で使っても問題にはなるかもしれないが、魔王対策に作ったと言えば誰も文句は言わない、はず。
「魔道飛行船をもう1機作って貿易に使って頂こうかな。もう1機の設計図って確か帝国にあるんだよね」
レアが死ぬ前に皇子と協力して設計した魔導飛行船。帝国から新鮮な魚を輸入するために巨大な水槽を組み込んでいたはずだ。皇帝に進言してみるか?あ、だったら帝国で作れば良いか。話によると、向こうも魔導具術師は『無才』の認識らしいし。これも相談してみよう。
「失礼するぞ」
オクレール公爵が入ってくる。
「お疲れ様です」
「うむ。報告書はどうだった?」
「まあ、予想通りと言いますか、帝国に関しては行ってからの会談次第というのが正直なところですね」
「そうか。しかし、この報告書の多さは何だ?私のものより多いぞ?」
「オクレール公爵の所の騎士や私の弟子達の修行に関する報告もありますし、エルフの里の話もありますから」
「エルフの里か……。アニエス殿の一件以来、不仲だからな」
エルフは好戦的ではないものの、全く連絡が取れないというのもそろそろ問題なのだ。
「陛下が連絡を取ろうとしている様だが、全く返事が来ないらしい」
「そうなんですか。……行ってみる必要がありそうですかね?」
「うむ。帝国との交流が終わったら頼めるか?」
「そうですね。陛下と相談します」
道中、特に問題は起きずに帝都の港に到着した。そこまでは良かった。帝都の港に降りた所で、帝国騎士達がレア達に刃を向けたこと以外は。
「あらあら、素晴らしいお出迎えをどうも」
「主人様、どうしますか?」
カミーユは倒れた騎士を踏みつけながら言う。ブリアックとパスカル、ヤンはオクレール公爵の護衛をしている。辺りは騒然としている。
「まあ、帝国との良い交渉材料になると思っておきましょうか。ね、オクレール公爵?」
「そうだな。しかし、まさか最強の賢者辺境伯にこの程度の騎士で対抗しようとは……帝国も愚かだな」
「まず、話し合いを持ちかけてきたのは帝国からなんですけどね」
皇帝の差し金ではないと思う。内部分裂かな?クーデターが起きたわけだし、処分を受けた貴族は多いからね。
「お迎えは……仕方がないでしょう」
帝国側の馬車はあるが、それを運転する騎士がいなくなってしまった。まあこちらの騎士に運転させれば良いのだが、この状況で帝国の馬車に乗るのは不安だ。レアはカミーユに指示して馬車を出させた。人数に対して大きさも台数も合わない馬車に帝国民は首を傾げる。
「とりあえず城まで行きましょうか」
「かしこまりました」
捕縛された騎士達は帝国の用意した馬車に乗せられて最後尾に。レアとパスカル、ヤン、ブリアック、オクレール公爵はレアの用意した魔導馬車に乗り、先頭を走る事になった。馬車の中は屋敷の人部屋をそのまま持ちこんだ様な内装になっている。
「相変わらずの賢者辺境伯様だな」
「このくらいでないと示しがつきませんから」
魔導具術師としてこの位の技術を見せておかないと弟子達の見本にならない。パスカルとヤンは馬車の中を見回す。
「パスカル!凄いよ!ここまで広くできるんだね!」
「空間を広げる方法は知ってるけど、魔力が必要だからね……。ここまで広げるのにどのくらいの魔力が必要なんだろう……」
特定の空間を広げるのはそれほど難しくはない。ただ、魔力量によって広さが変わる。レアの魔力だと貴族の屋敷の部屋ほどには広げられるのだ。……いや、自重しなければ屋敷丸ごと馬車の中に作れる。面倒だし必要もないからしないが。
オクレール公爵の騎士が運転する馬車を先頭に帝都の城へ向かう。カミーユはレア達と同じ馬車に乗り紅茶を入れる。元から貴族の執事として仕事をしていたから紅茶の入れ方は手馴れている。
「どうぞ」
「ありがとう。……さて。帝国との交渉はこちらがかなり有利に進めるだろう」
「そうですね。とはいえ、今回はあまり貿易交渉がメインではありません。あくまで “ 交流 ” です」
「その “ 交流 ” のために国賓で招いた割には刃を向けてきた理由が気になるな」
「あれが皇帝の指示だったのか、それとも独断なのかが気になりますね」
『賢者に会いたい』と言っていると陛下から聞いていたから、皇帝の指示ではないと思う。という事は騎士か帝国貴族の独断かもしれない。帝国内では親王国派と反王国派に分かれているらしい。、まあ、停戦状態だったわけで、仕方のないことだろうけど。
「帝国にいる反王国派はどうして王国を良く思っていないのですか?」
ヤンは首を傾げる。歴史的にも王国が帝国に戦争を仕掛けたという事実はない。妃の一件だけで敵対するには理由が弱い気もする。とはいえ、パスカルやヤンからしたら、王国を恨む理由は思い当たらない。
「強いて言えば、王国は文化の発展が著しいというのはありますね」
カミーユは言う。帝国は海に囲まれているのもあり他国との貿易が盛んに行われている。本来であれば文化の発展に関しては王国よりも進んでいて然るべきなのだ。
「しかし昔の帝国には保守派が多く、貿易で流入してきた他国の文化を受け入れるという事を規制していました。そんな中、王国は他国の文化に寛容でなおかつ自国の文化との融合を図り発展してきました。しかも全盛期にはご主人様を始めとした多くの実力者もいらっしゃいました。そのため帝国より王国の方が文化的発展は上なのです」
「帝国の技術者は王国で流行っている最新の技術を身に付けようとして王国に留学したり、王国に移り住んだりもしていたの。一時は帝国の人口が減って皇帝が困っていたりしたものよ」
もちろん古くからの技術を守っていく事も大切だが、新しい文化を取り入れる事も必要だ。帝国は鎖国こそしなかったが、その辺が寛容ではなかった。
「そういう歴史があるため、反王国派の帝国貴族は嫉妬しているのではないかと思います。古い話によると、王国の魔導飛行船を制作した魔導具師の中に皇子がいたという話もありますので、当時の皇帝は王国に対して反感は抱いてはいなかったのではないかと思います」
「そうなんですか?師匠」
「いたわね。実力はあったし、技術の輸出という意味で当時の皇帝から頼まれてね」
「皇子が賢者の弟子になっていたという話は本当だったのか?」
「弟子ではなかったですけど、互いに持っている技術の情報交換をしていたという事ではありますね。『魔導具術師』でしたし、実力は同じくらいでしたし」
保守的ではあったものの、王国にはない技術が帝国にはあったのも事実。情報交換は必要な事だった。
「皇子も困ってたんですよね。帝国は保守派が多いから文化の発展が上手くいかない。だから皇子である自分が王国と直接情報交換して帝国を発展させたいと言っていましたよ」
「その皇子は結局どうしたのですか?皇帝に?」
「彼が皇帝になる前に私が魔王戦で死にましたからね。セバスチャンの報告によると、私が死んだ時に王国と帝国の実力者が数名命を落としていて、そのうちの一人が皇子だったそうです」
「そういえば、そんな話もありましたね」
報告書によると、当時は王太子の乱心もあったから『魔王の呪い』と言われていたらしい。創造神の話によると、あの時のレアは魔王に道連れにされてしまったそうだから、その影響を受けた人達が死んだのだろう。
……うん?という事はケンケンさん、転生してきてるのか?もしかして現在の皇帝ってまさか……
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