同じ鐵は二度踏まない
時は少し遡る。城では国王が執務室の窓から “ 賢者の森 ” の方を見つめていた。“ 賢者の森 ” の奥には樹海が広がり、通称 “ 迷いの森 ” とも呼ばれている。その樹海の一帯に霧が立ち込めている。あそこの真ん中に『原初の魔王』がいるのか……
「失礼します。定時報告です」
「うむ」
執事の言葉で陛下は椅子に座る。
「賢者様は現在屋敷で魔王対策の兵器を準備しているそうです」
「魔王対策の兵器、か」
「はい。400年前に設計図はあったものの、必要な魔石が手に入っていなかったため制作に入れなかったそうです」
「…… “ 魔王の塊 ” を使ったという事か?」
「そうだと思います。賢者様の屋敷には巨大な飛行船の設計図があると噂でしたから、もしかしたらそれかもしれません」
外で地響きの様な轟音がする。窓を振り返ると、賢者の屋敷上空に巨大な飛行船が浮かんでいた。
「し、失礼します!巨大な飛行船が!」
「うむ。余の目にも見える」
走り込んできた騎士の言葉に陛下は肯いて答える。魔導飛行船は王国も所有している。しかし、ある日突然動かなくなってしまい400年近く経っている。多くの魔導具師が修理に携わったが、結局動く事はなかった。
「今度、賢者殿に魔導飛行船の修理を頼むかのぉ」
「それは妙案ですな。400年ぶりに王家の魔導飛行船が動くとなれば、帝国への牽制にもなります。時に陛下。もう一つ報告が……」
執事はそう言って目にも止まらぬ速さで陛下に襲い掛かった。しかし陛下の周囲に突然結界がはられた。
「なっ!」
「同じ轍を二度も踏むかよぉ!」
巨大なハンマーが執事を殴り飛ばし、執事は壁際の本棚に叩き付けられた。
「ガハッ!」
「ロドリグ、殺すでないぞ?此奴には色々と吐いてもらわないといけない事がある」
「ああ、分かっている」
陛下を襲った執事を見下ろしながらロドリグは答える。
「いやはや、ロドリグ殿は強いな。私の出番がありませんでした」
「王子の手を汚す訳にはいかねぇからな」
クリストフが護衛の騎士と共に物陰から出てくる。
「やはり、帝国から刺客がきているというのは事実だったのですね」
「うむ。油断も隙もあったものではないな」
「帝国も昔は良い皇帝だったんだけどなー」
ロドリグはそう言って刺客の髪を掴んで顔を向き合わせる。
「シプリアン陛下の時はヘマしちまったが、今度はそうはいかねぇ。イヴォン陛下を、俺の忠誠を誓った方を二度も殺させてたまるかよ」
そう言って顔を床に叩き付ける。文字通り顔が床にめり込んでいる。
「おう、お前は帝国の刺客で間違いないんだな?」
「うぐぅ……」
「いくら互いにスパイを送り合ってるって言っても、こんな大胆に城に侵入してくるなんて手引きがないと出来ねぇよなぁ?誰の手引きだ?」
「ぐぅ……」
「執事として潜り込むなんて平民や騎士の手引きじゃあ出来ねぇ。貴族の力がないと無理だよなぁ?おい!何とか言いやがれ!」
冷めやらぬ怒りでロドリグは若干力加減を間違えている。間違って殺してしまいそうな勢いだ。
「ロドリグ殿。それじゃあお話し出来ませんよ?」
「賢者殿!」
いつの間にかレア達が来ていた。
「陛下に戦果の報告をと思ったのですが、その前にこっちの処理が必要ですね」
レアはそう言ってロドリグの所に向かう。
「ロドリグ殿。気持ちは分かりますが、そのくらいにしておいて下さい。彼は人間です。これでは殺してしまいますよ」
「……そうか」
ロドリグは手を離した。床は血まみれになっている。レアは刺客を仰向けにして回復魔法をかける。傷は一瞬にして治った。
「尋問は地下牢で行いましょう。陛下の執務室を汚す訳にもいきませんし、陛下のお目汚しをするのも、ね」
レアはそう言って刺客に向かって穏やかな笑顔を向ける。
「ただ、私の尋問はロドリグ殿よりも刺激的だから覚悟しなさい。私だって陛下に危害を加えられて冷静で居られる様な出来の良い伯爵じゃないから」
そう言って陛下に『地下牢、お借りいたします』と言って刺客と共に姿を消した。ロドリグはため息を吐いて頭をガシガシと掻く。
「……賢者殿の尋問は怖いからなぁ」
「ロドリグ殿が怖いというと説得力が凄いな……」
アルバンは苦笑いをする。ロドリグの尋問とて、下手な騎士ならあっという間に喋り出しそうな程だ。そんなロドリグが『怖い』というレアの尋問とはどれほどなのか。
「アイツの回復魔法は規格外だ。普通なら死ぬ様な尋問をしても死なせねぇからな。昔それこそ陛下暗殺を企てた連中の実行犯に『一思いに殺してくれ!』って懇願させるくらいの尋問をしてたっけな。結局、尋問では殺さなかった。極刑だったが、それが救いになっちまうくらいだった」
「それは……」
想像できない恐ろしさだ。陛下は苦笑いをする。
「宰相に言って尋問に同席をさせる様に。騎士も2人くらいは付けよう」
「はい」
クリストフは頭を下げて部屋を出た。
地下牢では尋問が行われていた。尋問のために磔にされているのは陛下を襲った実行犯と警備をしていた騎士が2人、それに宰相リオネルと王太子であるエドモン、そして愛妾の女だった。
「ここまで来ると壮観だな」
クリストフ王子はため息を吐いて言う。執事に扮した帝国のスパイを拷m……尋問した結果、まさかの黒幕が王太子だったと分かった時にはレアも頭を抱えたものだ。
クリストフが地下牢に宰相と騎士を連れて行く途中でエドモンと愛妾に遭遇し、一緒に行くというので不承不承連れて行った、するとレアが『あら、大捕物する手間が省けて助かったわ』と言った。そしてあっという間にクリストフ以外を全員捕らえたのだ。
「私も魔王の出現場所を探していて、魔王の影響を受けている人間が城にいるとは思ってなかったですけどね」
全員轡をはめられて呻く事しかできない。まあ、口を塞いでもエドモンがうるさい。何かを喚こうとしている様だが、有益な情報をしゃべる事はないだろうから、彼の尋問は後回しにする。最も冷静で静かな宰相に歩み寄る。
「貴方は真面なおしゃべり出来そうね」
「お褒めに預かり光栄だな、賢者殿」
轡を外された宰相はニヤッと笑う。
「……冷静なのは良いけど、魔王の影響を一番受けているのは貴方みたいね。しかもただ素直に王太子のいう事を聞いていた訳じゃないみたいだし」
「ふふふ……気がついているか。ではあえて問おう。私の目的は何だと思う?」
ニヤつく宰相を見て、レアは少し黙るとゆっくり口を開いた。
「この世界に魔界を作る事。それが魔王の本来の目的です。魔王に魅入られている貴方の悲願、それは魔界を作るお手伝いをして貴方が魔王の宰相になる事」
その言葉にエドモンは目を丸くする。
魔王の目的は地上に魔界を作る事。スラム出身だった彼女は、『スラムの人間』というだけで理不尽に虐げられる事に深い悲しみと怒りを持っていた。そして奴隷商に誘拐され、貴族に売られ、人体実験に使われた事で、怒りと憎しみが世界に向かって爆発。その結果、負の感情が体内に取り込んだ『賢者の石』の魔力を変質させ魔物化する事となった。
つまり、魔王の怒りや憎しみの矛先は『世界』に向いている。その野望はこの世界を滅ぼし自分の理想とする世界を、『魔界』を作る事なのだ。リオネル宰相は、魔王の野望を手伝う事で、魔王の宰相になる事が野望だったのだ。滅ぼされた世界の唯一の生き残りとして。
「エドモン様の愛妾さんは闇ギルドに依頼をして、龍脈に干渉する方法で1箇所に魔王のエネルギーを溜めていた。王国各地にあった魔王の遺物からエネルギーを持ってきて、1箇所に集める事で『原初の魔王』が出来る。これは貴方の部下の研究成果ですよね?宰相、いや、闇ギルドマスター、リオネル」
「さ、宰相が闇ギルドのギルドマスターだったのか!?」
クリストフは驚いている。当然だろう。宰相が闇ギルドのギルドマスターになっていたなんて前代未聞だ。
「彼の実家であるジョクス公爵家、400年前当時のジョクス伯爵家は当主が闇ギルドの前進だった裏社会の重鎮なんです。証拠がなかったので、監視はしていたものの静観していました。しかし今回、私が捕らえた闇ギルドの構成員を尋問した結果、彼がギルドマスターであると言う証言がとれました。彼自身が魔王とのつながりが出来たことでようやく家宅捜索が出来ました。オクレール辺境伯から借りた騎士達にやってもらいましたが、証拠がわんさか出てきたので間違いありません」
「何という事だ……」
クリストフが頭を抱えるのも無理はない。何しろジョクス公爵家の長女がエドモンの愛妾であり、次女はクリストフの正妻なのだ。
「愛妾になっている長女さんは魔王の影響も受けていますが、クリストフ王子の正妻様は何も知らなかったみたいですから、縁切りをする必要はないかと。何しろクリストフ王子もろとも暗殺しようとしていた様ですから」
「なんだと!?」
「まあ、控え目に言っても闇ギルドで構成員できる性格はしていませんしね。王太子の愛妾になれる気質ではありませんし、王家に嫁いだと言っても第2王子の正妻です。ジョクス家としてはいてもいなくても変わらない存在であり、第二王子を暗殺するならついでに消しておけば手間も省けます」
レアの話を聞くうちにクリストフの顔が真っ赤になっていく。第2王子夫妻はとても仲が良く、クリストフ王子の愛妻っぷりは有名なのだ。
「まあ、結果としてエドモン様も長女も殺すので同じなんですけどね。魔界を作るのに王国の王族は邪魔ですから」
魔族が世界を支配し、人間は皆殺しにするつもりだったのだろう。恐らくリオネルも含まれる。自分は魔界を作る立役者として魔王の宰相になるつもりだったのだろうが、魔王にとって彼は魔界を作るのに必要な『道具』に過ぎない。魔界が出来上がった後は捨てただろう。
「そんなはずはない!私は!魔王様の手となり足となり!魔王様が実現する魔界を統治するのだ!魔王様と共に!魔界を統べる!初めての人間になるのだ!」
リオネルは絶叫した。
「そんな訳がない!魔王様は!私をお側に置いてくださる!私を!一番信用してくださっているのだ!……違う!魔王様は!私をお見捨てになどならない!今に見てろ!魔王様がこんな人間のガキに滅ぼされるなんてあり得ぬのだ!魔王様は滅びない!お前達など一捻りに滅ぼしてくださる!そして私をお救いくださる!魔王様は!私は!あははははははははは!」
「……狂ったか」
「まあ、一介の人間如きが操れる力ではありませんからね、魔王の力は」
誕生したばかりの魔王はともかくとして、最初に現れた『原初の魔王』以降の魔王には既に目的意識は残っていなかったように感じる。ただ破壊衝動に駆られ、破壊の限りを尽くす破壊神のような存在だったのだろう。ただ、リオネル宰相の様子から考えて、目的意識の片鱗の様な物は残っていたのかもしれない。これは要調査だな。今後、また復活しないという保証もないから。
別の意味でエドモンより煩くまともに会話ができない人間になってしまった。リオネルに轡を付けると、エドモンと愛妾の方に行く。2人とも唖然としている。
「まあ、そういう事よ。貴方達は利用されてたのね。ご愁傷様だけど、同情はできないわ。陛下の暗殺に関しては貴方達が主導でやっていた事なんでしょ?」
「……俺が……国王になるんだ……!俺が!国王に!」
エドモンが叫ぶ。
「国王になって!あんな男を産めない正妻を始末して!こんな馬鹿なクソ女も捨てて!俺は!母様と結婚するんだ!」
「「は?」」
ちょっと何を言っているのか分からない、と言った様子でレア以外はぽかんとする。
要するに、この男はマザコンなのだ。陛下を殺し、正妻を追い出し、愛妾も捨てて自分の母親を正妻にしようとしていたのだ。
「いやぁ、アレクも大概だったけどね。アンタも相当だね。まあ、アレクと違って実の母に向けたマザコンだからまだマシなんだけど、迷惑極まるっていう辺りは同じよね。『三つ子の魂百まで』とはよく言ったものね」
レアはそう言って愛妾の方を見る。
「ご愁傷様。同情はしないけど」
そういうと、彼女は呆然として何も言わなくなった。これは尋問するまでもない。
「残りはお任せします。尋問するまでもないでしょうけど、形式的には必要でしょう?」
「まあ、な」
クリストフは苦笑いをする。黒幕も捕らえたのに、騎士達に尋問する方がまともな情報が入って来そうなのが恐ろしい話だ。
「帝国についてはお任せします。私は国同士の争いには極力手を出しませんから」
そう言ってレアは地下牢を出て行った。
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